「俺は本当に大魔王なのか」
ああ、文量が膨れ上がっていく…。
「大変申し訳ありませんでした大魔王様。このラカン一生の不覚。ですがどうかここは私の命で矛をお納め下さい!」
いきなり叫んだ俺にビビり散らかした四天王の面々は急いで部屋を走り去り、俺に服を用意してくれた。
骸骨マンなんかは急ぐあまり足をもつらせて転んでいた。
その上戻ってきた後は全員揃って土下座である。六腕のラカンは四天王の中でもリーダー格のようで、一番前にでてきて地面に減り込む勢いで頭を床にぶつけている。
何だか悪いことをしたような気がするなぁ。
とりあえず俺も謝っとくか。
「いや、俺もいきなり叫んで悪かった。命なんかとらないから安心してくれ。そこの骸骨も焦らせてごめんな」
すると皆バッ、と顔を上げて目を輝かせ始めた。いや、仲良いなお前ら。シンクロしてたぞ今。
「おお、なんともったいないお言葉!このホロウ、生涯我が身に刻みますぞ!」
「さすが大魔王様!なんという器の広さ!全員の死刑すらありえると覚悟していたのに!」
「伝説ともなると人格からして違うのか…」
「先代の魔王様なんて、食前のワインがいつもより一滴分少ないだけで料理長をクビにするような意地っぱり野郎だったのに…」
なんか知らんが褒められた。
ついでに先代魔王への不満も漏らしているあたり、部下からは嫌われるタイプの上司だったみたいだ。
でも一滴の差が分かるのってすごくないか?結構繊細な人だったのかも。
「あの豚野郎のことはともかく大魔王様、こちらが魔界最高級のお召し物にございます」
ラカンがさらっと暴言を吐きながら用意してきた服を広げた。
おお、先代魔王…。死んだにも関わらずこれほど陰口を叩かれるとは哀れなり。俺だけはお前の味方だからな。
ラカンが下着を履かせようとしてきたので岩の様な手からバシッと奪う。
「大丈夫。全部自分で着るから」
いかついおっさんにパンツ履かされるとか罰ゲームかよ。
もしかして先代も同じ目に…?
俺は密かに先代を偲びながら下着を履いた。
「そちらにはマカグラ迷宮の最奥にのみ住む黒星銀蜘蛛の糸が織り込まれております。最高の魔力耐性を持ち、対刃性にも優れた素材です。」
おう。なんかすごいんだな。
続いてズボンとブラウスを身につける。
「そちらのズボンとブラウスには銀蜘蛛の糸に加えて霊銀を極限まで細く加工したものが混ぜられております。この技術をもつのはドワーフの中でもグランドマスター以上の腕前を持つもののみ。生産には十年を要する、それぞれ魔界に一つしかない逸品でございます。」
ああ、つまりすげえってことな。
最後にジャケットと裾の長い外套を箱から出して着る。
「そちらこそ魔竜王ゲルグの鱗を砕き織り混ぜた至高のコート!十五代に続き魔王家に伝わる由緒正しきものです!アダマンタイトの鎧にも勝る最強の耐久性!挑戦してきた十二もの勇者の血を吸い取り、幾百の呪詛を受け、今では魔王様ですら半端な覚悟で着用すれば全身の毛穴から血を吹き出して死ぬという恐怖の品!私など厳重に封印された箱を運ぶだけで呪いにあてられ、気絶寸前だったというのに…!それを躊躇いもせず着られるとはなんという豪胆でしょう」
おお、やっぱりすげえってこ…。
え?今なんて?
毛穴から血が?
慌てて全身を確認するが異常はない。
言われてみればちょっと禍々しいオーラを放っているような気も…。
やたら説明が長いから話半分に聞いていたが、今から仕えようという相手になんて物着せやがる。
これ一回着たら脱げなくなるとかないよね?
「この『血塗れの黄昏』を着ることができるということこそが大魔王様の証!これで『五将軍』の連中も従わざるをえないでしょう!」
でかい狼が興奮して吠える。
それに呼応して他の四天王も口々に俺を称賛しているが…。
あれ、魔王軍ってもしかして一枚岩じゃないの?
というか今更だけど俺って本当に大魔王なのか。
いや違うよな。
なんか魔法的なものが出せないかと掌に意識を集中してこっそり前に突き出してみたり「ファイアボール」とか小声で言ってみたが案の定なにも起きない。普通に恥ずかしい。
トラックにはねられたり異世界に召喚されたりでパニックだったし、何をしても褒められる変な空間に思考が麻痺してたが、俺はどこにでもいる大学生だ。
長所は初対面の人間とタメ口で話せる度胸。
短所は童貞であること。
特技は息を吐くように嘘がつけること。
苦手分野は真面目に努力すること。
いいとこ詐欺師止まりの小悪党で、決して大魔王にふさわしい人間ではない。
一番有力なのは、
「大魔王と間違って、一般人の俺を召喚しちゃった…?」
魔王軍も何やら派閥争いとかあるみたいだし、これがバレたら俺の身がヤバい。
額をつつー、と冷や汗が流れる。
何やら言い合って喜んでいる四天王の面々をそっと見回してみた。
ラカンとか見るからに筋肉隆々だし、背丈も3mくらいある。
名前は知らないが狼も凶悪な面構えをしてるし、明らかにヒグマよりでかい。
骸骨と女のほうはよくわからんがあの二人と同列というくらいだから見かけ以上に強いんだろう。
というか何でガイコツのくせに声が出せるんだよ。
あ、それは狼も同じか。
まあとにかく逃げねば。
俺はそろーっと扉の方に歩みを寄せていく。なんかよく分からんが盛り上がってるから今ならここから出られるかも…。
「おおムオト様!戦いに出られるのですな!このような地下室にいつまでも閉じ込めて申し訳ありません!私が案内しますぞ!」
「ちっ、目敏いなこの筋肉達磨」
「はい?今何と?」
「ああいや、気にしないでくれ」
小声で呟いただけなのに耳いいなオイ。
もしかして「ファイアボール」も聞かれてたりした?
「お前のような暑苦しい男が近くにいるのがいやなのだよラカン。わかりたまえ。」
「お前にだけはいわれたくないぞホロウ!」
あれこれ言い合った後、俺の案内は骨男ホロウに決まった。
他の面々は先に出て行った。五将軍はじめ、魔王軍幹部に俺の召喚成功を説明しに行くらしい。
しばらくしてホロウと二人きりになったわけだが、こいつもよく見ればすごく怖い。
瞳があるはずの眼窩を覗くと深い闇が渦巻いている。
なんか顎もカタカタいうし、紫色の煙をシューシューと歯の隙間から出している。
絶対に正体を知られないようにしよう。自分の身の安全のために、俺は密かに決意を固めた。