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短編です

ウォーカーを探せ

「あれ、こいつ……」


 徳光和義トクミツ カズヨシは、思わず首を捻る。

 目の前には、一冊の本があった。タイトルは『番想ばんそう高校の歩み』である。彼の通う高校の、これまでの歴史を記したものだ。どこの学校にも、一冊は必ずあるだろう。

 放課後、彼は図書室にて、この本を開いていた。授業をサボっていたのがバレて叱られ、罰として番想高校の歴史に関するレポートを書かされることになったのである。

 その過程で、思わぬ発見をしてしまったのだ。


 こいつ、さっきの写真にも写ってなかったか?


 和義は、もう一度ページを戻してみた。集合写真の端に写っている、坊主頭で制服姿の地味な少年。眼鏡をかけ、小柄で痩せた体つきだ。他に、これといって目立った特徴はない。

 特筆すべき特徴のない、この少年だが……別のページの写真にも写っていたのだ。

 同じ少年が、二枚の写真に偶然写ってしまった……それだけなら、首を捻るほどのことではないだろう。

 しかし、どうしても見逃せない点があった。二枚の写真は、撮られた日が十年近く違うのだ。片方は一九八七年、もう片方は一九九五年である。

 仮に、一九八七年にこの学校の一年生だったとするなら、一九九五年の時点では確実に卒業しているはずだ。

 まさか、留年を繰り返したとでもいうのか? いや、それはありえない。番想高校は、留年を三度繰り返すと自動的に退学である。 


 単に、顔が似ているだけだろうか?


 和義は、じっくりと二枚の写真を見比べてみた。これといって、目立った特徴のない顔ではあるが……和義の目には、同一人物に見える。

 いや、そんなはずはないのだ。この二枚の写真には、十年近くの歳月の隔たりがある。

 どうかしているな……などと思った時、和義の頭にひとつの記憶が蘇る。


 幼い頃、家に奇妙な絵本があった。タイトルは『ウォーカーを探せ』。大勢の人間が集まっている町の絵の中に、ウォーカーというキャラが紛れ込んでいる。そのキャラは、とぼけた見た目の少年であり、囚人のようなしましまの服を着ていた。実在すれば、町の中ではかなり目立つ姿だろう。

 絵本のひとつのページには、必ずウォーカーがひとり紛れている。そのキャラを、全て見つけ出すのが目的……という、パズルゲームのような絵本だった。ウォーカーは比較的目立つ外見ではあるが、絵本の中では実に巧妙に、周囲に溶け込んでいるのだ。和義は絵本に夢中になり、食事の時間も惜しんでウォーカーを探したものだった。

 ページを穴の空くほど見つめ、さんざん苦労した挙げ句、見つけ出せた時の嬉しさは、成長した今も忘れられない。ただし、絵本に隠れているウォーカーを全て見つけ出した時には……嬉しさよりも、祭の後の寂しさのような感覚に襲われたのを覚えている。


「まさか、な」


 和義は、自分の頭に浮かんだ妄想に苦笑していた。いくらなんでも、ありえない。この坊主頭の少年が、他の写真にも隠れているとでもいうのか?

 バカバカしいと思いながらも、気がつくと本を最初から読み直していた。写真の掲載されているページを発見すると、隅から隅までじっくりとチェックする。

 彼が探しているのは、もちろん坊主頭の少年だ。 




 三十分後、和義は呆けた表情で天井を向いていた。


「嘘だろ……ウォーカー氏は妖怪なのか?」


 思わず独り言を呟く。この坊主頭の少年・名無しのウォーカー(和義が少年に勝手に付けたあだ名である)は、ほとんどの写真に写っていたのだ。ばらばらの年に撮影された写真に、学生服姿の坊主頭で写っている。ご丁寧にも、全てカメラ目線だ。

 このウォーカー氏、生きていれば七十近い年齢のはず。にもかかわらず、一年前の写真にも小さく写りこんでいたのだ。

 こんな昭和臭の強い風貌の少年がいたら、確実に目立ちそうなものだが……いや、それ以前に、こんな少年のごとき外見の七十代の老人が存在するはずがない。


 その時だった。

 突然、机の上に影が射した。和義が顔を上げると、無人のはずの図書室に人が立っている。


「は、はあ!?」


 和義は、思わず間の抜けた声を発していた。

 目の前には、学生服を着た少年がいる。和義と、ほぼ同じ年齢だろう。中肉中背で、髪型は坊主だ。いかにも昭和生まれ、といった顔つきである。

 そこにいたのは、写真に写っていた名無しのウォーカーだった──


「あ、あのさ……お前、うちの学校か?」


 気がつくと、目の前の少年に声をかけていた。普段なら、こんな少年を校内で見かけても、なんとも思わなかっただろう。変な奴がいるな、という一瞬の印象で終わっていたはずだ。

 だが和義は、本の中のウォーカー氏を全て探し出していた。そして今、現実の世界にウォーカー氏がいるのを見つけてしまったのだ。放っておけるはずがない。

 当のウォーカー氏は、微笑むだけだった。何も答えようとしない。

 次の瞬間、音も無く歩き出した。滑るような動きで、図書室の外に出る──


「お、おい、ちょっと待てよ!」


 叫ぶと同時に、和義は立ち上がった。慌てて後を追う。

 意外なことに、ウォーカー氏は廊下に立っていた。無言のまま、和義をじっと見つめている。早く来い、とでも言わんばかりに。

 首を捻りながらも、和義はいったん図書室に戻った。カバンを手に、ふたたび廊下に出る。

 予想通り、ウォーカー氏は立っていた。やはり、自分を待っていたのだ。和義は、勢いこんで話しかける。


「あ、あのさ、お前誰だよ!?」


 だが、ウォーカー氏はそれを無視した。向きを変え、歩き出す。

 和義は、どうしようか迷った。だが、彼は好奇心旺盛な少年である。動き始めてしまった好奇心を、今さら止めることなど出来なかった。

 そっと、ウォーカー氏の後を付いて歩いた。


 ウォーカー氏は、学校を出て行った。上履きを履き変えた気配もなく、そのまま出て行く。その後を、和義はどうにか付いて歩いた。




 二十分ほど歩き、ウォーカー氏は一軒家の前で立ち止まる。古い木造の一戸建てであり、周囲は木の塀に囲まれていた。庭は広いが、雑草が伸び放題だ。木も生い茂り、ちょっとした林のようである。

 和義も立ち止まり、じっと彼の様子を見ていた。ここが、彼の家なのだろうか。


「なあ、ちょっといいか?」


 ためらいながらも、和義は声をかけた。しかし、ウォーカー氏は無反応だ。

 いきなり、目の前のドアを開けた。和義には目もくれず、家の中に入って行く──


「だから、ちょっと待てって! 聞いてんのかよ!」


 怒鳴りながら、後を追って家に入って行く。

 その先に何が待つのか、彼は知らなかったし、知るはずもなかった。




 その日、和義は家に帰らなかった。

 次の日も、また次の日も……彼の姿は、この世界から完全に消えていた。

  

 ・・・


「あれ? こいつら、さっきもいなかったか?」


 伊藤孝明イトウ タカアキは、首を傾げ呟いた。

 彼は今、図書室にいる。机に置かれているのは『番想高校の歩み』という本だ。

 大勢の生徒を写した集合写真に、奇妙な二人組が写っている。片方は坊主頭で制服姿の地味な少年だ。眼鏡をかけ、小柄で痩せた体つきだ。他に、これといって目立った特徴はない。

 もう片方は、ヤンチャな雰囲気で好奇心旺盛な感じの顔つきである。どう見ても真逆のタイプだが、仲はいいらしい。両方とも、ニコニコしながらカメラの方を向いている。

 それだけなら、気にも留めないだろう。だが……この二人組は、別のページの写真にも写っていたのだ。見比べてみたが、間違いない。

 

「おいおい、マジかよ」


 苦笑する孝明。その時、彼の頭におかしな考えが浮かぶ。


「もしかして、これって……」


 孝明の頭に、幼い頃の記憶が蘇る。『ウォーカーを探せ』という絵本だ。大勢の人間が描かれた町の風景の中に紛れ込んだ、ウォーカーというキャラを探しだす。小さかった頃、夢中で読みふけったものだ。


「ひょっとして、他の写真にも隠れてたりしてな」


 ひとり呟きながら、孝明は本のページをめくる。

 そんな孝明を、図書室の隅でじっと見つめている者がいた。それも二人……片方は坊主頭で眼鏡の地味な少年、もう片方はヤンチャそうな雰囲気の少年である。

 二人の顔には、不気味な笑みが浮かんでいた。

 



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― 新着の感想 ―
[良い点] いつもの暗黒社会や暴力を期待して(?)読んでいる時に、そっと投げられる今回のようなスローカーブも楽しみです。 [一言] 一読した際には怖いなと思ったものの、写真に閉じこもる相手が美少女なら…
[良い点] 味わいのある、まったりホラー [一言] 読み進めていくうちに『あれ? ホラーかな?』と思いつつ、脅される感は無く、しっかりホラーでしめられていて、読後感が良かったです。焼酎ロックに合いそう…
[良い点] うお…… これは怖いですね…… 無限ウォーカーシステム! 好奇心猫を殺すってやつですか! ネタっぽい名前に反してああ怖い
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