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第1話 あいは名前が欲しい。

 あいは赤い瞳の女の子。小高い丘の上、静かな屋敷で暮らしています。 いつも家の中に居るので、雪のように肌白い子でした。 あいには家族が居ないので、あいには名前がありませんでした。


 とある晴れの日、あいは名前が欲しいと言って家を飛び出しました。屋敷の門を抜け、外に出ると、白い鳥が楽しそうに空を泳いでいるのが見えました。あいは、久しぶりの外の空気になんだか嬉しくなって、その鳥を追うように丘を駆け下りました。


 そうして、鳥の後を着いて行く内に、やがて緑の茂る公園に着きました。穏やかな光が差しこむ公園では、人々が思い思いの時間を過ごしています。好奇心旺盛な年頃のあいは、見たことのない景色に目を輝かせました。 あいが公園の並木道を歩いていると、ふと、ピクニック中の家族すれ違いました。



「ママ、今日のお弁当は何?」



「アナタの大好きなミートボールとサンドウィッチよ、A」



「わぁ!やった!」



「A。お弁当食べたら、キャッチボールでもするか?」



「えぇ~……今日はサッカーがいいな、パパ」



 すれ違いざま、あいの耳に彼らの何気ない会話が入り、彼女は足を止めて、彼らを振り返ります。 しかし、幸せそうな家族はそんなあいに気づくこともなく、丘の上へと登って行きました。あいは、自分が鳥を見失っていることに、気付いていませんでした。




        ◇




 あいが公園の並木道をとぼとぼと歩いていると、散歩中の青年が話しかけてきました。



「こんにちは。お嬢さん」



「こんにちは!」



 あいは、元気よく挨拶をしました。



 "挨拶を返す時は元気よく"。家庭教師の先生や、屋敷の家政婦さんが、あいにそう教えていました。 しかし、どれだけ元気なふりをしても、顔が暗ければ、そうでない事はひと目で分かります。



「こんな晴れ晴れとした日に、なんだか元気がないようだけど?」



「いいえ!そんなことは……すこし、考え事をしていただけよ」



 そこまで言って口をもごつかせるあいに、青年は"何か悩み事でもあるのだろうか"と思い、一つ提案しました。



「それは、どういった事だい?もしかしたら、僕が解決できるかもしれない」



 すると、あいは少し上ずった声で「ほんとう?」と聞き返しました。青年は「勿論」と頷きました。



「僕はBと言ってね、警察官なんだ。今日はお休みだけど、警察官は困っている人を助けることが役目だからね」



「あのね、私は名前が欲しいのだけど、何処に行けば貰えるかしら?」



 あいの言葉にBは仰天。名前を欲しがる人になど、彼は会ったことがありませんでしたから。勿論、そんな願いをBが解決できるはずも有りません。



「……君のお父さんやお母さんは、名前をくれなかったのかい?」



 あいはコクリと頷きました。



「でも、普通、名前なんて子どもを生む前には決めているはずだよ」



「見たこともない自分の子どもに、名前を付けるの?」



「見たことがなくても、『こうなってほしい』と願いを込めるのが親ってものさ」



「変な話。『甘く美味しくなぁれ』と願っても、ケーキは生まれないわ」



「いいや。人の場合は、名前を付ければそうなるさ」



「それって魔法みたいね」



「そうかもしれない」



「じゃあ、アナタが名前をくれるの?」



「申し訳ないけど、僕は魔法使いじゃないんだ。ごめんね」





        ◇





 結局、Bはあいの願い事は解決できそうにないと、散歩に戻りました。彼は去り際に、何度も謝りましたが、あいは気にしていませんでした。むしろ、見知らぬ自分を気にかけてくれたことを、Bに深く感謝しました。



 Bと別れた後、あいが再び並木道を歩いていると、突然、足元から白い犬に吠えられました。



「ああ!ごめんなさいね!」



 飼い主の女の子が慌ててリードを引っ張って、あいから犬を離しました。



「平気!動物はとっても好きよ」



 あいはしゃがむと、犬の頭を優しく撫でました。あいは犬種には詳しくありませんでしたが、足が短いからコーギーじゃないかと思いました。多分コーギーであろう犬は吠えることもなく静かに、ただ気持ちよさそうに撫でられています。



「いい子ね!なんて名前?」



 Bは飼い犬を褒められて、少し嬉しそうに言いました。



「C。最近、風邪を引いてずっと家に居たから、久しぶりの散歩ではしゃいでいるのよ」



 女の子はしゃがんでコーギーの身体を撫でると、その尻尾を指差しました。



 彼のしっぽは、ブンブンと元気よく振れていました。



「C!いい名前ね。アナタはどう思う?」



 あいはCに訊ねました。Cの尻尾は相変わらず勢いよく振られています。



「喜んでいるみたい」



 犬の背中を撫でながら、女の子はそう言いました。あいは、Cの毛むくじゃらのほっぺをブニブニと引張って、呟きました。



「羨ましいわ。好きな名前を呼んでくれる人が居て」





        ◇





 女の子とCは再び散歩に戻り、あいもまた、名前探しに戻りました。



 やがてあいは並木道の終点まで来てしまいました。そこは、公園の入口でもあり、外には住宅街が広がっていました。あいが、これからどうしようか迷っていると、黒いタキシードを着た女性が話かけてきました。彼女の後ろには、色んな物が置かれた風呂敷が広げられており、一目で露天商だと分かりました。



「こんにちは。雪のようなお嬢さん。ワタクシ、宝石商のDと申します」



 彼女は微笑を浮かべてそう挨拶すると、懐から名刺を取り出し、あいに渡しました。



「少し商品を見ていきませんか。なに、押し売りなんて美しくないコトは致しませんよ?」



「でも私、お金なんて持っていないわ」



「構いません!お客様が一人も居ないと、お客様は来てくれないのです!お嬢さんが居てくれると、それだけで他の人が寄ってくれるのです!」



「ふぅん。よく分からないけど。いいわよ」



 あいが承諾すると、Dはお礼を言って、懐からビー玉ほどの大きさの丸い宝石を取り出しました。彼女は太陽の光を受けて輝くその宝石を掌に乗せ、大きな声で商品の紹介を始めました。



「見て下さい、この凛と紅に光る『白硝子(しろがらす)』。最近ではめったに見られない本物!お嬢さんの可憐な瞳にとってもお似合いです!」



「紅いのに『"(しろ)"硝子(がらす)』?変な名前」



「この宝石の原材料は真っ白なのです!強い力を加えることで、このような美しい赤光を放つ宝石に変わるらしいのです!」



 Dは自信満々に鼻を高くして言いました。



「ホント?」



「……まぁ、実はワタクシも詳しくは知らないのですが……」



「知らないの?」



 無邪気な目で見つめられたDは、思いついたように指を立てると、焦ったように言いました!



「でもしかし!この宝石の輝きは本物です!目に見える美しさの前に、名前の意味など不要なのです!」



 Dは胸を張り、懐からマジシャンのように次から次に宝石を取り出していきました。



「さぁ!ワタクシ、他にも様々な美しい物を取り揃えております!『水溶性金属』各種、『虹の欠片』、『妖精の下翅』に、『融けたプラスチック』、それから『香甘草』……」



 Dが取り出す、キラキラと輝く宝石をぼんやりと眺めながら、あいは訊ねました。



「名前は、美しくないの?」



 あいの質問に、Dは言葉を詰まらせました。"名前の美しさ"など、考えたことも無かったのです。



「……どうでしょうか?私は名前そのものを見たことがありませんので」



「でも、知っているんでしょう?」



「もちろんですとも。職業柄、沢山の人の名前をお聞きします。ですが、ワタクシは目に見える美しさにしか興味がないもので……あ!そうだ」



 Dはまたも思いついたように懐から何かを取り出すと、あいに差し出しました。



 それは赤い髪留めでした。



「お客様は美しいというよりも、やはり可愛らしいと言ったところですね」



「あの。さっきも言ったけれど……私、お金も持っていないの」



 あいはそう言って、髪留めをDに返そうとしましたが、彼女は手を振ってそれを断りました。



「お金は要りません!ですが、この可愛らしい髪留めに興味を持たれた方がいましたら、是非、アタクシのお店を紹介して下さい!」



「分かったわ。ありがとう!」



 早速その髪留めを頭に着けたあいは上機嫌になって公園を後にしました。





        ◇





 あいは住宅街の横を走る遊歩道を歩いて、街の方へ向かうことにしました。



 その道中、あいがベンチで休んでいると、彼女の横に白いスーツを着た強面の男が座ってきました。



 男の目は血走ったように赤く、非常に疲れているようでした。



「こんにちは!」



 あいが挨拶をしても、男はちらっと横目で彼女を見るだけでした。



 しかし、あいはそんなことお構いなしに話を続けます。



「ねぇ。あいは名前がほしいのだけれど、なにかいい方法はあるかしら?」



 男は喉を鳴らすと、眉間に皺を寄せたままあいに訊ねました。



「俺に言ってんのか?」



「他に誰が居るっていうの?アナタ、お名前は?」



 男は腹を擦りながら、ため息をつくと「そんなもの、捨てたいくらいだ」と言いました。



 その声は砂のように掠れていました。



「どうして?」



「そのせいで、ロクな目に合ってこなかった」



「目?そういえば、アナタ、あいと同じ目の色してる。先生が、この色の目は珍しいって言っていたわ」



「そうだな」



「それに服は真っ白で……赤と白。アナタの名前って、もしかしてケーキ?」



 あいがそう言った途端、男は吹き出し、腹を抱えて笑いました。



「ケーキ!?そんな訳無いだろう!……似合わねぇ!」



 ふと、タバコのような、焦げて渇いた臭いがあいの鼻をかすめました。



 そして、彼はひとしきり笑った後、少し顔をしかめて腹を撫ぜました。



「ってて……嬢ちゃん、俺を笑わせるなんて、いいセンスしてるじゃないか」



「そう?いい名前だと思ったけれど」



「いやいや、気に入ったよ。そうだ……最後に、ちょっとばかし良いものをやろう」



「良いもの?」あいが男の方を見ると、さっきまで隣にいた男の姿がありませんでした。



 しかし、どこからともなく「良いものをもらったお返しだよ」と声が聞こえてきました。



 彼の座っていたところに、キラキラと紅く光る玉が転がっていました。



 辺りを見回しましたが、男の姿はどこにも見えません。



 あいはベンチから立ち上がって、お礼を言おうと彼を探しました。それに、まだ彼の名前も知りません。



 するとそこに、白髪のおばあさんが話しかけてきました。



「おや、アンタ、何をしているんだい?こんな道の真ん中で」

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