勇者ミヤト
「なんだ…これは」
彼女達を連れて、狩をするためにわざわざ遠方まで来てみると思わぬものが見つかった。
たまたま休憩地点として選んだ場所には一個小隊ほどの豚が潜んでいた。
どうやら、徒党を組んで悪事を働いていたらしい。
未然に防げたからいいものの、やはり平和を妨げようとしていたのには変わりない。
まだ、戦いたい奴がいるのか…
未だ尽きぬ戦いに思わず身が震えてしまう。もうすぐ日が暮れる。
「う、ゔぅぅ」
見るとまだ息がある豚がいた。
赤い血にまみれ、醜悪なその顔が歪み、恐ろしい形相をしていた。
「はあ、はあ、た、助けてくれ…」
命乞いをする。
だが、もう助けるすべはない。
なぜなら、俺には全て見えてしまうのだ。魔物の恐ろしいほどの悪意が。
「お前の本心を言い当ててやろう」
「はぁ、はぁ、はい?」
キョトンとした表情をこちらに向ける。
「お前は今、必死になり、近づいたところを嚙み殺そうとしている」
「な、そんな、馬鹿な」
ありえないという表情をこちらに向ける。完全に図星だったようだ。
企てがバレると、魔物というのはすぐに攻撃に出る。
「ち、ぢがう!そんなこと思ってない!!」
すると、豚はこちらに手を伸ばし襲いかかろうとする。
しかし、
「神の祝福」
透き通るような声とともに、豚は光に包まれる。
主彼女が得意な魔法だ。
「助かったよ」
「嘘おっしゃい!どうせ余裕だったくせに」
そういうと、女神にも劣らない屈託のない笑顔をこちらに向ける。
「にしても、ただの休暇がえらいことになりそうですね」
「そうだなぁ、まあみんなのためなら俺はいくらだって戦うさ」
すると、ミヤト呟きとともにこちらに尊敬の眼差しを向ける。
しかし、やはりイベントというものは繋がるものだった。
血を払っていたところにまた恐ろしい連絡が走った。
「どうやら、別のところに連絡をしていたようです」
「別のところ?」
「はい、おそらく目的地、ピッグナイトの森かと」
背筋に悪寒が走る。
まさか敵に嵌められようとしていたとは
自らの不甲斐なさと、敵に対する憤りで我を忘れそうになる。
「動けるものは後から来い、私は先に向かう」
「え?あ、勇者様!!」
地を蹴ると同時に飛行スキルを発動する。
賢者の血を受け継ぎ、神からも偶然とはいえ祝福を受けた俺の魔力は質も量も最高であり、当然追いつけるものはいない。
数分も待たずに森を視界へと収まる。
一万里眼を持つ俺の右目には武器を携え、女子供までも戦闘に参加させようとする豚どもが見え始めていた。
* * *
広場に集まるとそこにはすでに子ピッグル達が集まられていた。
不安そうに身を寄せ合うその中には三人衆も混じっている。
それぞれの手には小刀が一本づつ持たされていた。
するとこちらに気づいたリーダー格ブミーがトタトタとこちらに走り寄る。
「ヤナイ!!」
「ブミー!その刀は」
「護身用だって、これから村を出るって。なあ一体何があったんだ?なんでみんなそんな怖い顔してるんだ?」
知らされてないのか
話せる領域がどこまでかわからない以上ヤナイには安易に口出しはできなかった。
数秒の沈黙とともに、できる限りの笑顔を見せ、とにかく安心させることを優先する。
「大丈夫だ!ちょっとみんなで引っ越しするだけだ!」
「ほんとに?戻ってこれるの?」
「いい子にしてりゃあ、いつか帰ってこれるさ!」
そういうと、ブミーの肩を掴み、人混みの中へと押し込んで行く。
「そう、きっと大丈夫だ」
自分を無理矢理納得させるように呟く。
しかし、もちろん現実は甘くない。
「なーにしちゃってんの?」
頭上から声が降ってくる。
皆が一斉に上を見上げる。
白いと聞いていた鎧が赤いのは、抜かれた刃が赤く染め上げられているのは夕日に照らされてるからか。
いや、違う。
夕日よりも黒く、ネバネバした液体は明らかに血だ。
人間にも、そしてもちろんピッグルにも流れているものだ。
「俺、勇者ミヤトなんだけどさ」
ボサボサの黒髪、ニキビの跡が目立つ肌、そして黒縁のメガネ。明らかに日本人の見た目をした青年はピッグルを見下ろす。
「なに?逆らおうっていうの?」
そういうと、剣の血を振り払う。
直後、激しい振動とともに森の一部が消し飛んだ。
子ピッグル達は悲鳴をあげ、女性達と身を寄せ合う。
振動が収まり、一瞬の静寂が訪れ、全員の動きが止まる。
なにをすればいいのかわからない、どこに行けばいいのかわからない。
ただ目の前の絶望を前に身をすくめることきかできない。
事情も知らずに、このままここで虐殺されてしまうのだろうか。
そんな考えが、過ぎると、自体の急速さに涙すらも出ず、身体は震えるばかりで、到底走れるものなどいなかった。
しかし、
「西へ逃げろぉぉぉおおおお!!!!」
怒号とともに光が打ち上げられる。
夕日に負けじと輝くそれらは、上空の勇者を目指す。
見ると屈強なピッグナイト達広場の反対側から一斉に武器を上空に向けている。
勇者に直撃した光は爆発し、凄まじい音とともに、煙が巻き上げる。
「なんだ?そりゃあ…」
声とともに、煙は吹き飛ばされる。
中の勇者には傷一つ付いていない。
しかし、勇者の視線は完全に広場からピッグナイトへと向いた。
それを合図に広場に集まっていたピッグル達は我先にと西へ駆け出す。
子供を二人抱きかかえるものも、膝を悪くしてるものも目の前の命惜しさに振り返りもせずに駆け抜けていく。
一人、柳生を残して。
「なんで…」
一人勇者を見上げる。
大学まで行ったのは伊達ではなかったのだろう。
柳生はその勇者を覚えていた。
いや、正確には、忘れることができなかった
「どうして、どうしてここにいるんだ…」
たとえ名前を忘れても、身長が変わっていても。
「明智 宮斗…」
その目だけは忘れることはできなかった。