広場にて
「あ…」
気づいた時には棍棒は振られており、一発で柳生は気絶した。
棍棒を振ったピッグルの少年は辺りを入念に見渡し、誰もいないことと魔法が発生してないことを確認すると徐々に顔を青くする。
その後、自身の2倍はある柳生の体を軽々と持ち上げ森の方へと走り去ってしまった。
あー、スパイとか思われちゃったのかなあ。
タマは大きく背伸びをし、おもむろに手を伸ばす。
するとそこに青いホログラムのようなものが現れる。
それはタマを含めた13の神の使いにのみ見えるこの世界の管理状況について記されていた。
「全くあのやろう仕事を全部押し付けやがって、お陰でこっちはなにもわからないじゃないか…」
タマに与えられた役目は蛇の世界の勇者に与えたチート能力を回収することだ。
しかし、もしそこに返すことができない理由があるなら、もちろんそれも考慮に入れて対処しなければならない。
だが、そもそも神の使いはあくまで世界に干渉してはいけない。それが神の意向であり、それに対してタマ達はどうすることもできない。
「まあ確かに、絶対やりすぎるだろうからなあ…」
頭の中で多くの自分の上司を思い浮かべ、身を震わせる。
世界の管理者である以上、世界に干渉するということは想定外の結果を生み出しかねないのだ。
だからこそ、今回は勇者とは別の転生者が必要になった。
「柳生も不憫だなあ」
と言いながら自分の口元がひどく歪んでいることに気づく。どうもこの癖はなかなか直せない。
神話、宗教などから種族間の争いなど事細かに記されたそれらを流し読みしていく。
すると、勇者に関する記録で手が止まる。
「勇者は魔王を討伐、その後も数々の伝説上の存在|を仲間にする…」
伝説上の存在?
そんなもの設定されていたっけ?
作られた12個の世界は確かに全て同じ設定を持ち、魔族と人間の二項対立を基礎としていた。
したがって、魔王を超えるような存在など普通はありえない。
この場合あり得るとしたら管理者による設定変更だ。
世界の管理者たる12の神の使いは設定が書き換える権利を持っており、それが行使されるのは、よほど空間が荒れた場合か、その世界の生き物が気に食わなかった場合くらいだろう。
しかしそれを行うとその世界のあらゆる情報が一気に変わってしまうので知的生命体の認識に誤作動が生じてしまい、漏れなく全ての人間が類人猿まで逆戻りになるだろう。
ここでタマはこの世界の管理者たる、一人の女性を思い出す。
自分と同じく白い髪と肌を持ち、整った顔立ちとその赤い目を持つ高身長の女性は初めて会った時から凛としていた。
まだタマが未熟だった時色々とフォローに回ってもらい、お陰で寅の兄貴に怒りを何度避けられたことか。
そんな思い出に浸りながら、タマは再び手を動かす。
蛇の姉御に限ってそんなことはないな、
もう十数年会ってないだけで性格が180度変わるとは思えないし。
ページをめくる手はドンドン早くなって行く。
その目に飛び込んでくる情報はこの世界がいかに順調に回っているかを物語っていた。
結果から言うとこの世界に異常はなかった。
それどころか…
「あまりにも完璧すぎるなぁ」
空間安定度、民族融和度、民衆安定度どれをとっても最高評価だった。
それはまるで、答えを丸写しした小学生の宿題のようだ。
これは…調べる必要があるなぁ
大きなため息をつくと、タマは世界地図を取り出し、この世界最大の国ラグナロクの首都を指定した。
そこはスペア世界における東京と同じ場所であり、ここからは恐らく最も遠い地点だった。
「それじゃあ、ちょっくら行ってきますかぁ」
そう呟くとタマは何かを唱え、光に包まれた。
それは、柳生が目覚めるのは数時間前だった。
* * *
「早くー!!もっと!!」
「ねえー、お話ししてー」
「ねー!ねー!お腹すいた!!」
「だあー!!もういっぺんに喋るな!!」
そう大きな声をあげても子供のピッグルは自分の話をやめようとはしない。柳生が本気で怒ってるわけではないと分かっているからだろう。
柚木も小さい時はこんなんだったっけなあ。
ピッグナイトの森の中央から少し離れた、広場のようなところで柳生は子ピッグルの相手をしていた。
森というだけあって、三方を森、一方を山に囲まれたこの村は建築資材の殆どが木材であり、一般的な市民公園ほどの広場の周囲に木造建築が並ぶ。
村の中心地というだけあって、なかなか立派な公共施設が多々存在するが、現在は殆ど人影がなく、広場からしか声は聞こえない。
村を見て回りたいと行ったら快く受け入れてくれたが、村では恐らく人間をあまり見ないのだろう、子ピッグル達の目に留まってしまった。
その数およそ30人。しかも今日は人数が少ないという。
どうやら大人たちは大体出払っているらしく、近くにいたのは明らかに年老いたピッグルだけだった。
「ヤナイはどこからきたのー?」
「遠いところからだゔ!!」
上に乗っていた子ピッグルが物凄い強さでのしかかってきたせいで変な声が出てしまった。
もちろん、その声を彼らが聞き逃すはずもなく、大声をあげて無邪気に笑う。
つられて柳生も笑ってしまう。
「ヤナイは暇なの?」
「ニートだ!!」
「ニートなんて言葉どこで知ったんだよ…。俺はニートじゃないよ、暇だけど」
「でもパパ言ってたよ。ずっとグータラして昼間も遊んでる大人はみんな肥えてニートになるって」
「じゃあやないはニートだ!!」
すると柳生の周囲を囲み、一斉にニートコールが始まる。騒がしさを聞いて何人か大人のピッグルがこちらを見ている。
「あー!!待て待て待て。俺はニートじゃない」
「証拠は??」
「あー…。それは、言えない。言えない仕事をしているのだ!」
「言えない…仕事…?」
ゴクリと唾を飲み込む音とともに子供達の目線がいじる対象から羨望の対象へと変わった。
「仕事ってなに?」
「それは言えない。だが大事な仕事だ」
「いいじゃん、教えてよ。誰にも言わないから!!」
言わないと言ってもここにはすでに30人はいる。
しかし、やはり尊敬の念を向けられると気分は乗ってくるものであり、柳生もその例にもれなかった。
「本当に誰にも言わないな?」
「言わない言わない!!」
「よーし、じゃあちょっと来い来い」
すると30人が一気に身を寄せ合い、一言も聞き漏らすまいと耳を傾けた。
「俺は、実は神様からすげえ大事なものを回収しに生まれ変わったんだよ」
それを聴くと中央にいた子ピッグルから割れんばかりの驚嘆の声が出され、外側の聞こえなかった方の子へと伝言していく。
すると次第に波は外側へと伝播していく。
「え!じゃあ柳生は神様の使いなの!!」
「すっごおいいい!!!」
「サインちょうだい!!」
そう言って更に子ピッグルは押しかけてくる。
まあ少しくらい話題のタネがあった方がいいかな
そんなことを思っていたが…
「誰にも言っちゃダ…あ!!」
時すでに遅し。
5、6人の子ピッグルは一目散に走って言ってしまった。
その目はいかにも新しい知識をひけらかそうとするものだった。
追いかけようとするも、この村に来たばかりの柳生にはどこになにがあるかすらわからないので、ただ体力を消費し、自分の行いを後悔するばかりだった。
五分後、広場に戻る。するとそこにはピッグナイトのブタゴラスがなんとも言えない顔で立っていた。
「一つお伺いしたいのだが…」
顔を伏せ、次の言葉を待つ。
額にはいやな汗がぶわっと溢れ出す。
「あなたが神に選ばれた転生者で、幾たびの戦線を超え、魔王を説得して仲間にしたのち、数千種類以上の病気を根絶し、聖剣を手に入れ、世界を救ったのち、自分の生き別れの家族を取り戻しに放浪しているというのは…子供の嘘か?」
「…はえ?」
子供の想像力は末恐ろしいものだ。
柳生はしみじみと感じた