思ってたんとちゃう
ぷう
「クッサ!!!」
思わず鼻をもぎたくなるような激臭によって顔面を手で覆う。
不覚だった。窮鼠猫を噛むとはまさにこのことだな。
手で扇いだところで霧散しそうもない生暖かさが妙に生々しい
とにかく、換気が先決だ
窓を開けると冷たい空気が頬を刺す
十二月ももう終わりに差し掛かっており、向かいの家には未だにイルミネーションが点灯していて目が痛い。
随分陽気なものだな。
夜中12時を過ぎると50に差し掛かった両親には起きてるのも辛いようで、家の中は静まり返っていた。
出来るだけ音を立てずに階段を降りる。
一階の台所まで行き、水をコップに注ぎながら今さっき起きたことを思い出す。
久しぶりに見た兄の姿は最後に見た時と変わっておらず、まるで時間が経っていないようだった。
もともと占いの類が当たることや、何かが見えることはあったけれど、手で掴めるなんてことはなかった。
手に残る感触が先ほどの出来事が夢ではないかとを教える。
お兄ちゃんはたしかに生きていた。
「んふ、、んふふふ」
自分でも気持ち悪いと思うほどほど変な笑い声が漏れる。
死んだと思った人が生きていると思うと、こうも嬉しいものなのか、自分でも驚くほど口角が上がっている。
喜びを噛み締めると同時に自分の手を見る。
これはマジで目覚めたとかあるのかなあ
そんな考えがよぎる。
が、思わず笑ってしまう。
今更、何か変わるわけないか。
コップの水を一気に飲み干し、緊張で乾いた喉を潤すとカレンダーを見る。
12月25日
クリスマス当日、建設現場の足場の倒壊に巻き込まれる瞬間を最後に兄は消えた。
お兄ちゃん、元気でやってるのかなあ。
兄 柳生 涼の失踪から一年が経とうとしていた。
* * *
拝啓
お父様、お母様、柚木へ
そちらはクリスマスも近づき、日はますます短くなるばかりでしょう。
風邪をひかないように注意してください。
僕はと言いますと
「お願いします!!!!!」
「いや無理ですって」
自分より10程度年下の子供に土下座をしています。
あたりは草原であり、おそらく先ほど雨が降ったのでしょう、少し湿気ってます
ばあちゃん家もこんな感じだったかなあ。
あ、ダンゴムシだ、きしょーい。
「頭を下げ続けても変わりませんよぉ?」
頭上から明らかに小馬鹿にした声が聞こえてくる。
一瞬現実逃避した頭を横に振り、現実に戻す。
ガバっと顔を上げて、タマに詰問する。
「いやいや、なんで無理なんですか!さっきあんなに簡単そうだったじゃないですか!」
「見るのとやるのじゃ大違いなんですよ。それに異世界転生ノリノリだったじゃないですかぁ」
猫耳少女タマはニヤニヤこちらを見ながら、前髪に付いていた泥を取ってくれる。
「俺が知ってる異世界転生は相手が魔王とか露骨に敵で自分がクソ強なやつですよ!」
「いやまあ、そりゃあたしかにその方が楽しいでしょうしぃ、そうしたいのは山々なんですけどぉ」
タマがいうのは次のことだった。
神が12個の世界においてモンスターと人間の比率を別々にしたところ、いくつかの世界でモンスターが暴走しだしてしまった。
それを鎮めるために12個の世界の予備、すなわち柳生が居たスペアと呼ばれる世界から転生者を選び力を与えて送り込んでいた。
しかし、争いは静まったはいいものの、その力を神に返さないものがいた。
与えた力が大きすぎたので神は転生者への干渉ができず、ほかの世界の管理もままならなくなってしまったのだ。
柳生が転生をした目的は転生者から能力を取り返すことだった。
よって、神に力がないので柳生にチート能力はない。
頭を抱えながら柳生は空に向かって叫ぶ
「100歩譲って魔王が敵でないのはいい。だが倒す相手が勇者っていうのはどういうことだよ!しかもチート持ちって!!」
絶対勝てないだろそれ!!!
力が抜け、膝から崩れ落ちてしまう。
変われると思ったのに
その様子をタマはずっとニヤニヤしながら見ている。
「大丈夫ですよ!ちゃんと考えはありますから」
「…一体なんですか?」
「それは…あ」
自信満々に語り出そうとしたタマは、柳生の背後を見て、固まる。
どうしたのだろう。
そう思った次の瞬間、頭に響く鈍い鈍痛によって目の前は真っ暗になった。