猫耳少女 タマ
ミラクルだなあ
目の前に迫り来る大小さまざまな鉄を見上げながら、そんなことを思った。
強風が吹いたと思ったら歩道を歩いているお婆さんがよろけ、それを避けようとした男性に驚いた自転車が車道に大きくはみでる。
それを避けるべくハンドルを切った自動車をさらに避けようとしたトラックが大きく歩道に入り込み、そのまま建設現場へと突入。
それに驚いた若い作業員がクレーンに指示出しをしている人にぶつかる。
それに気を取られたクレーンの操者が操作を誤り、括り付けられた建材が手前側の足場に少し擦れる、ボルトが緩かったのか、その衝撃で誰もいない足場だけが取れる。
その結果、鉄の板が彼 柳井 奏太は目の前に迫る自らの死に対して感動を抱かずにいられなかった。
直後、彼はおよそ20m上空から降りかかる鉄の雨に打たれ、命を落とした。
「ーー」
「ーーーい」
「おーーーい」
「おーーーーーーい!!!」
誰だ?呼んでいるのは…。
「あれぇ?おっかしいなあ…、数値的には問題ないんだけどなあ」
…確か、上から足場が降ってきて。
「あ、まさか死んだふり?味しめちゃったかなあ?」
そう、そうだ。俺は死んだんだった。
いや、びっくりしたなあ、風吹いてから流れるような出来事だったからなあ。
先程からの声の主であろうか、足音が聞こえてくる。
徐々に意識が鮮明になってくると、その声がまだ声変わり前であることがわかる。
「仕方ないなあ、早く起きないと、腕引きちぎって食べちゃうぞ?」
食べる?食べる、食べる…
「ああああぁぁぁぁぁあああ!!!!」
「ギャァァァァァァァアアアア!!!」
ガバッと起き上がると同時に叫び声をあげると、横で誰かが尻餅をついた。
そんなことはどうでもいい。
「やばいよ!!やはいよ!!クリスマスのケン○ッキーの予約忘れてた!!!母さんに怒られる!父さんに叱られる!!柚子に殺される!!!!」
声の主の肩を掴みガックンガックンと揺らしたかと思うと頭を抱えて転げ回る。
すると
「その心配はないよ」
見上げるとさきほどの声の主が頭を抑えながらよろよろ立ち上がる。
「なぜなら君はもう死んだんだからね、もう前世のしがらみにとらわれる必要はなにもないのさ!」
そう胸を張って答えたのは小学校低学年ほどの少年とも少女とも言えない中性的な顔をした、つまり整った顔をした子供だった。
まだ年が14に達していない割には随分と…
少年が来ている服はドクロが描かれたシャツ、その上に黒いジャケット、首からは剣のネックレス、ズボンはダボっとしたもので、腰からはこれでもかというほどチェーンが付いている。
これだけでもなかなか痛々しいものだったが。
きわめつけは…
今時指ぬきグローブをつけるやつなんてスマホ中毒者くらいだろ…
彼の手には指の部分だけ抜けた皮の手袋が付いており、甲の部分にはこれまたドクロがあった。
それが許されるのは、少年が色白で綺麗な顔立ちをしており、
なおかつ、それらより目を惹く猫耳が生えているからだろう。
うわあ、痛い
「聞いてるの?」
視界に入り込んでくる、綺麗な困り顔に思わずたじろぐ。
「あ、ああ。俺は死んだのか」
「そそ、だからなーんにも問題なし」
ふふんと上機嫌そうだ。
だが、柳生は相変わらず肩を落とす。
「ええと。そんな落ち込まなくても…」
「…まい」
「え?」
「甘いんだよぉ〜」
うわぁーん、とへたり込んでしまう。
「え?え?どういうこと?」
「死んだくらいじゃ、あいつは許してくれないんだよぉ!」
へ?と少年が首をかしげる。
直後なにもない後ろの空間から無数の手が現れ、柳生を引きずり込もうとする。
「おにいちゃぁぁん!ケン○ッキーぃぃ!!!!」
「「ヒイィ!」」
その奥からは禍々しい邪気を発しながら、黒髪ロングで白い服を着た女性が遠くこちらを見ている。
その目元は柳生とよく似ていた。
引きずりこまれる柳生の手を懸命に少年は引っ張る。
「なんで!なんで!生者は干渉できないのに!!」
「馬鹿野郎!蠱毒使ってイジメの復讐したり、呪いの人形で悪徳政治家を失脚まで追いやったやつだぞ!それくらいできるわ!」
「その能力をなんでケン○ッキーに使うの!!」
知るかと叫ぶが、更に引きずりこまれてしまう。
「いやだ!いやだ!ケン○ッキーのせいでもう一度死ぬなんてやだ!」
身体の半分が吸い込まれた時。
少年は目に涙を溜めて
「せっかく!せっかく!
異世界転生させようと思ったのに!」
「なんだってぇぇえ!!!」
直後、柳生の身体に異変が起こる。
異世界転生。
ネットに触れたことがあるものなら誰もが一度は憧れる出来事。
現実にはありえない、それを掴むチャンスが今目の前にある!
その望みが柳生に希望を、生きる活力を与える。
全身の筋肉に力を入れ、歯をくいしばる。
全身の熱量は心臓から胃、小腸、大腸を通って、
ぷぅ
その小さな穴から排出された。
直後、この世のものとは思えない悲鳴とともに、柳生を引っ張る手は消えた。
少年と柳生は息も絶え絶えになりかながら、生還を喜んだ。
「で、異世界転生って?」
冷静になった柳生はあぐらをかいて、周囲を見渡す。
少年を中心として半径20mほどは明かりが差しているが、そこから先は何も見えなかった。
「文字通り、君の元いた世界にあった通り、異世界に行ってもらう。」
「それは能力とかはつくのか?いきなり魔物と戦うとか無理だぞ?」
「その辺は抜かりないよぉ」
ところで!と、手を合わせながらこちらに笑顔を向けてくる。
「僕に興味とかない?」
犯罪臭がする
だがまあたしかに名前を聞いてなかった。
「そういえば、名前は?というかなぜ猫耳?」
「名前はタマ。猫耳は猫だから」
にゃん、とタマはポーズをとる、なるほど可愛い。
「なるほど、それじゃあ。お前…タマは何者なんだ?」
お前と呼ばれ、ぷぅとしてるのを見て言いなおす。
「僕はね、神様の使いなんだ。」
「あ、神様ではないんだ。」
うん、と言いながらタマの説明は続いた。
どうやらこの神は十二個の世界を収めているらしい。そのスペアとして存在しているのが柳生のいた世界であり、魔法も何も存在しない、いわば手付かずの世界なのだ。
よって魔法耐性が極端に低いそこの世界の人間が最も異世界転生魔法を受けやすいとのこと。
柳生が呼び出されたのは、十二個の世界のうち三つが最近荒れまくりすぎて、どうしようもなくなってしまったので、そこをどうにかしてほしいとのことだ。
聞いていて思った率直な疑問を口に出す。
「いや、自分でやりゃあ良いじゃん」
「いやまあそうなんだけどなあ」
と、口を濁す。どうやら理由があるらしい。
変なことを言って異世界転生が取り消しになるのもいやだったのでそれ以上口を出さなかった。
「ところで、それなにかメリットとかあるの?」
説明が終わったところで聞いてみると、
「もちろん、君には神に三つの願いごとをかなえてもらえるよ」
結構テンプレートな報酬だが、玉を7個集めなくて良いならばまだコスパはいいのかもしれない。
「納得してもらえたかな?」
少し不安そうな顔がこちらを覗き込んでくる。
そこで、ふと一つ疑問が浮かんでくる。
「なんで俺?」
大学も単位取れるギリギリで、妹にいびられ、スポーツをやってない自分が選ばれる理由はないはずだ。
むしろラノベによくあるように、たまたまだったら納得はいくが、
「え?だって餌くれて、撫でてくれたじゃん」
「うん?」
どうやら転生者を決めようと、猫に変身して俺の世界を訪れた際に、俺が餌を与え、撫でたらしい。
「ご飯の恩は絶対に忘れないよ!!」
猫というより犬みたいなやつだった。
「それじゃあ、準備はいい?」
「おう、あ、そういえばチートスキルとか、すごいスマホとかーー」
「じゃあいこう!!!」
話を途中で遮ると光が辺りを包む。
気がつくとと、あたりには草原が広がっていた。
大きく伸びをして、口元のヨダレをふく。
すぐ近くでタマがニヤニヤしながらこちらを見ていた。
少し照れながら立ち上がる。
「それじゃあ、いざゆかん!」
「それ俺のセリフな」
えへへと言いながらタマは俺の数歩前を歩く。
しっかし、と口を開く。
「俺が倒す最初の魔王は随分平和志向なんだなあ」
へ?とタマはこちらに向く。
そして全く予想しなかった事実を口に出す。
「君が倒すのは異世界転生チートハーレム無双をしている主人公だよ?」
ゆっくり、ゆっくり投稿していきます