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ブタゴラスの戦い

 3枚目の倉庫の扉の錠を外す。



 倉庫の奥の奥に隠された扉は村の上部と()()()を使うことになっているブタゴラスのみが知っていた。



 重い金属製のドアを開けると同時に奥まで蝋燭に火がつき、中部を照らす。



 長らく開けられなかったのだろう、中はカビ臭く、灯りに照らされた埃が舞っている。



 中には今回の謀反において重要となるものが多く置かれている。そのほとんどが金だがそれらはどれ一つとして持ち出されてはいない。



 ここで討ち死にするつもりか……



 村の年長者たちの顔を思い浮かべる。みなこんな状況でなければ子と触れ合い、茶をすすり、思い出話に耽ることが好きな連中だ。



 もちろんそれはブタゴラスも、そして兄のブターリンも同じだった。





 数年前から税として徴収されるようになったピッグルの肉を提供するのは基本的に成人になったばかりのものなので、既に歳のいった大人たちは身代わりになることもできず、ただただ唇を噛み、見送るだけだった。



 歳とともに恨みや憎しみを重ねていく彼らが謀反の計画を立て始めたのは数年前の話だ。



 どうにかして一矢報いたいとする彼らを止めるものは誰一人居なかった。



 ほかの虐げられいる魔族に同意を促し、複数の魔族で国に叛旗を翻し、魔族としての威厳を取り戻すなどといっているが、所詮はやり場のない怒りを晴らすためのものだ。



 だが、少しでもほかの魔族に伝わってくれたら……たとえ死んでもそれは意味のあるもののように思えるかもしれない。



 死の意味まで考えた自分はますます兄に似てきているように感じ、頬が緩む。






 歩を進め、倉庫の最深部。丁寧に保管された槍 グングニルを取りに向かう。




 神の力を持った勇者がどれほどの強さを持つかは知らないが、神を撃つと呼ばれているあの槍なら太刀打ちできるだろう。



 荷物の山の角を曲がると台座の上に大切に置かれた槍が目に入る。持ち手は青白い金属で作られており、刃先にかけて目立った装飾はないが逆にそれが清廉なイメージを与え、同時に触れることを拒む冷たさも感じる。



 刃先は独特な形をしており、それが魔法陣として機能するらしい。



 長さはブタゴラスが使うにはちょうど良い長さだ。



 ふと、ブータとの約束が思い出される



「見捨てないでね!!」



 小さい時から兄と自分を信頼していた彼がそのようなことを言うようになったのは兄が罪を被せられ、処刑された時からだろう。



 もちろんブタゴラスはその罪について疑問を持つものの一人だ。



 物知りで信頼も厚かった兄には、逆に人を嵌めることや嵌められることに対して全く耐性がなかった。馬鹿みたいにお人好しだったのだ。



 ニコニコと柔和な顔を浮かべるメガネをかけたピッグナイトを思い浮かべる。できればもう一度会いたいものだった。いや、もしかしたら今から会いにいくのかもしれない。



 そんなことを考えると思わず自嘲気味な笑みが出る。






 直後、激しい振動とともに天井からパラパラと粉が降る。



 もう来たのか…



 やはり相手があの勇者というだけあって予想違いの連続である。



 呼吸を整え、グングニルを握る。



 手の平の感触を確かめながら持ち上げると、思っていたよりも軽く感じる。



 構え、軽く振るうと、まるで身体の一部のように空気を裂く。



 これなら……或いは………!



 身を翻し、元来た道を駆け戻って行く。



 手の平の熱が伝わった槍は少し温かく感じた。












 外の明かりが見え、同時に焦げ臭さがただよってくる。



「………これほどまでか」



 50人以上いる村の騎士であるピッグナイト。ダンジョンを攻略する際に数は減ったものの、多くが生き残り、その一人一人が魔族としては高位の存在である。



 加えて、その誰もがダンジョン魔法を持ち、間違ってもそうやすやすとやられる連中ではなかった。



 しかし



「あれ?まだいたの?」



 おそらく最後の生き残りであったものから剣を抜き取り勇者がこちらを向く。



 白銀と呼ばれたその鎧は傷一つ付いておらず、血が反射する光で輝き、見るものに狂気を感じさせる。



 ブタゴラスが槍を取り、戻ってくるのに10分もかかってはいない。



 その間に勇者は目の前の惨状を引き起こした。



 地面に転がる死体はあるものは腹を裂かれ、あるものは炭になるまで焼かれ、あるものは自らに刃を突き立てている。



 その余波だろうか、近くの建物ほとんどに火がついており、勢いそのままにほかの建物に燃え移って行く。



「お前は……少しはやれそうだな」



 そう呟くと勇者はこちらに刃を向ける。



「聞くが」

「あン?」

「ブターリンというものを覚えているか?」

「ぶたーりん?」

「そうだ、数年前悪党として処刑されたものだ」

「あー、あー。そんなのいたっけなぁ」



 勇者は火を向けたまま目を細めてこちらを睨む、するとハッとしてこちらを指差す。



「思い出した!()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」



 アッハッハ、と高らかに笑いだすと剣を下げ、堪え切れないように手で口を押さえる。



 やはり、この男が関わっているのか



 数年間溜め込んでいた疑問の答えが目の前にあることがブタゴラスに恐怖を抑えつける強い好奇心を与える。



「どういうことだ、一体何故兄がいきなり罪を着せられたのだ?!!」

「何故って…」



 手を顔に貼り付け、不気味な笑顔をこちらに向ける。





「俺に口答えしたからだよ」






 好奇心は嫌悪感に、恐怖は憎しみへと変わっていく。



 やはり兄は()()()()

 そして、その仇は目の前にいる。



 それさえ分かればあとはどうでもよかった。





 直後、ドンッ!という空気を揺らす音とともにブタゴラスは地を蹴る。





 ピッグナイトの中でも飛び抜けた身体能力はブタゴラスをただ一回の跳躍で勇者の元まで届かせる。



 直線的にくると考えていた勇者は空を飛ぶブタゴラスに対し、軽い驚きを感じていた。



 倒れた仲間を乗り越えこそすれ、決して踏みはしない。



 それはその死を無駄にすることに等しい。そう言ったのは兄だった。









 キンッという甲高い音が響き渡り、槍と剣がぶつかり合う。



 ブタゴラスの全体重を乗せたその一撃は、勇者の立つ地面にヒビを入れる。



「ッッッグゥ!!!」

「兄は優しいやつだった!!」



 聞き取れない言葉とともに剣は振り上げられ、弾き返され、距離を取られる。



 着地と同時に再び地を蹴り、今度は腰をかがめ、直線的に距離を詰める。



「なに!?」

「そんなあいつを!!」



 ほぼ真下から切り上げられた槍は勇者の頬をかすめ、血が数滴宙を舞う。



 続けざまに刃を振り下ろし、



「尊敬していた!!!」



 足の重心をずらし、短い足を至近距離で叩き込む。



 しかし、どれも剣で受け止められ、即座に間合いを取られる。



「ンなこと、知るかぁ!!」



 言うと同時に剣を振り上げると、切り口に沿った光がこちらへと飛ばされる。



 反射的に横に避けると、背後にあった家屋が真っ二つに割れる。



 しかし、振り返ることもなく再び距離を詰め、今度は勇者に反撃する暇を与えない。



「それを!!」



 一撃一撃にありったけの殺意を乗せ、けれど確かな太刀筋を通して槍を振る。



「そんな理由で!!!!」



 噂に聞いていた勇者は想像より遥かに弱く感じた。おそらく魔法を使ってこないからだ。



 そうか!魔力切れか!!



 自分の前に散っていった仲間が与えた攻撃は直接的にダメージを与えなかったとはいえ、勇者の魔力を消費させていた。



 加えて、ブタゴラスは自らの戦闘能力に自信があった。



 薙ぎ払い、突き、距離を詰めたら蹴りを入れる。一つ一つの動作はブタゴラスが何年もかけて精錬してきたものであり、一撃でもモロに食らえば立ってはいられないだろう。



 もちろん、勇者もそれを分かっている。



 一撃でも貰わないように避け、防御し、距離を取ろうとする。息をつく間を与えない乱撃は彼が魔法を発動する時間すら与えない。



 だが、ただの攻撃ではおそらく致命傷には至らないだろう。



 だから、その瞬間を()()()で!



 槍を持つ手に力が入る。ブタゴラスは魔法を打ち込む隙を虎視眈々と狙っていた。












 一体何度槍を振るっただろう。



「ああもう!!クソッ!!」



 そう吐き捨てると同時に勇者はまたよくわからない言葉をつぶやく。



 すると勇者の身体は宙に浮き、瞬く間に距離を広げられる。



 眼下で見上げているブタゴラスから目を離した勇者は安堵を浮かべ、回復をしようとする。



「神の恵みよ、我が身体を…!!」



 しかし、信じられない光景によって思わず短い詠唱を止めてしまう。



 ブタゴラスは飛んでいた。



 いや、正確には空気をその強大な脚力を持って()()()()()いた。



「逃すわけなかろうが!!!」



 雄叫びとともに、槍を突き上げる。



 握りしめた部分から熱が刃へと流れ込み、魔法陣を活性化させ、黒いオーラが発せられる。



 完全に届いた…!!



 心の中で勝利を確信するが、近づいてくる勇者は不気味な笑顔を浮かべていた。



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