燃え盛る炎
「なにを、しているんだ…」
眼科にいる豚達に思わず声をかける。
まるで理性を失ったかのように口からはドロリとした涎を垂らし、こちらに向けた目にはまるで理性がない。手には人を殺すには十分なナイフが持たされている。
彼ら全体を覆うようにかけられた黒い靄から凄まじい悪意を感じとる。
こいつら…まさか……!!
「俺は勇者ミヤトだ!」
剣を振り、その姿を見せつける。
だが、誰一人として声を上げず、ただ小憎たらしい目をこちらに向け、下卑た笑みを浮かべる。意思疎通を図るつもりはないようだ。
少しでも理性があり、こちらと対話ができていたならまだ救いようがあったかもしれない。
しかし
「みんなの…平和への意思に……………………逆らうつもりなのか!!」
警告するように声をあらだてる。
が、彼らはただ身を寄せ合い、しきりに肩を揺らして笑うだけだった。
その光景には見覚えがある。
身を寄せ合い、仲間内だけで固まり、まじめにやる人間を差別し、笑い、潰す。
「どこに行っても、同じなのか…」
危険分子は出来る限り早めに排除する。それが俺のモットーであり、それでみんなは必ず納得する。
俺はすごく辛いけど、しょうがないことなんだ
剣を握る拳に力を込める。
刹那、森から地響きに似た音が空気を揺らす。魔法、それも特に強力な部類のものだ。
目の前には光の塊が迫る。
「ッ!!絶対防御!!!」
すんでのところで、防御魔法を発動する。それでも殺しきれない振動が腕に伝わる。
これは、ダンジョン魔法!!?
魔法は人工的なものと自然発生的なものの二つに分かれるが、ダンジョンでのみ見つかるダンジョン魔法は特に強力な部類だ。
もちろん、ダンジョンは安全のために国に報告することになっているので、滅多に手に入らないが…
「………隠していたのか」
見ると豚の巣窟の奥の方に、鉄の板のようなものを引っさげた豚どもがこちらに武器を向ける。
優に50匹はいる、その殆どがダンジョン魔法を構え、まるで新しいオモチャを得たかのようにこちらにニタニタした顔を向ける。
「……そんなものを持って一体なにが面白いんだ……」
先ほどの攻撃とほぼ同時に下にいた豚どもは森に散る。おそらくこれから民家を襲いに行くのだろう。
ここから一番人が多いところは森を出て、人の足でおよそ10分のところにある人口数十人の農村だ。
木を切り、畑を耕すその村には子供や老人もいる。そして幸せな生活をする彼らをこいつらは壊すつもりなのだ。
許せない、断じて許せない。
「貴様ら豚どもは悪だ!!勇者の名を持って粛清してやろう!!!」
その言葉とともに剣は光を帯び、俺に勇気と力を与える。
聖剣 エリシデイター
森の神殿に収められていたこの剣は選ばれたもの、すなわち勇者のみに扱うことができ、魔法をはじきかえす。
四天王、魔王、聖龍、邪龍、龍王、大竜王、神龍、邪神、邪神改、真邪神、そのほかにも多くの敵を屠ってきた聖剣は、新たな強大なる敵を前に最大出力を解放する。
「いくぞ!!」
* * *
剣を構えたかと思うと、勇者の姿は消え、ピッグナイトのいた方から振動が走る。どうやら、戦闘は始まってしまったらしい。
に、逃げないと…!
だが柳生はどこに逃げるか聞いていない、命の危機を前にして指示がないと動けない自分が情けない。
「と、とにかく、みんなの行ったほうに「いいの?勇者だよ?」
後ろから声がかけられる。
振り返らなくても、誰かはわかる。ここ数日突然現れてはちょっかいをかけてくる、あの猫耳少女だ。
勇者、彼からチート能力を回収するために、柳生は呼び寄せられた。
遠くでは甲高い音とともに叫び声が聞こえる。しかし、どうも現実感に乏しいためか柳生の周辺だけやけに静かに感じる。
「で、でも俺には武器がないし…」
「いいの?このままだと、みんな死んじゃうよ?」
死ぬ
20手前の人間にはあまりにも重すぎる言葉を平然と投げかけてくる。
遠くの音が少し大きく聞こえた。
「彼らは命をかけてるよ」
「………」
「別の虐げられてる魔族たちに意思を託すらしいね?」
「……………」
「こんなんで本当に意思なんか残るのかなぁ?」
おそらく、顔にはいつもの貼り付けたような笑顔があるのだろう。しかし、それも今は面白いからではなく、責めているからだろう。
「約束、したんじゃないの?」
「……していない」
そうだ、あれはまだしてない
「向こうはしたつもりかもよぉ?」
「……俺には関係ない」
「本当に?」
一際大きな音が響くと、はるか上空に影が舞い、あたりには焦げ臭い匂いが漂い始める。
すると、後ろから聞こえていた声の主が、横を通り、前へと現れる。
「本当に、関係ないの?」
見上げると、予想とは違いタマは真顔だった。しかし、その目はやはり責め立てるように冷たい。
「さっきの勇者、見たことなーい?」
一番聞かれたくないことを聞いてくる。
なんでタマが知っているんだ
問いかける暇もなく、タマは口を開く。先ほどまでとは違い、酷く冷たい声音だった。
「勇者ミヤトは子供の頃のトラウマによって、集団に見られることが特にストレスらしい」
子どもの頃、という言葉が心臓に刺さる。
「加えて、暴行を受けた影響からストレスを感じると他者を攻撃して発散する傾向にあるようだ」
知っている、彼はよく感情が高ぶると摑みかかるところを何回か見たことがあるからだ。
だが
「お…おれは…」
「あン?」
「お、お、俺はやってない…」
「……はぁ?」
「俺はやってない!!俺は、俺は見ていただけだ!!しょうがないだろう!じゃなきゃ俺がやられる!だいたいあいつはいつも歯向かうからいけないんだ!!流れに身を任せて、何もせずに、耐えればいいのに!!!」
「俺には関係ない!!!!」
喉が張り裂けそうなほど叫び上げる。今までにないほど脈打つ心臓は熱い血液を全身に送らせ、身体中から汗が噴き出す。
「ふぅん」
柳生の主張を一蹴すると、タマはまたいつもの笑顔をこちらに向ける。
「じゃあ、本当にそうなのかその目で確かめてね」
そういうと、タマの姿はだんだんと透けていき、消えてしまう。
すると、視線の先に、こちらに向かって走ってくる子ピッグルがいる。
「ヤナイ!!」
ブータだ。子ピッグルたちが逃げた方から戻ってきたらしく、息も絶え絶えだ。
「なんで、戻ってきてるんだ!」
「こ、これ。忘れたくなくて」
手にあるのは、ブターリンの机の上にあった木彫りの人形だ。
「そ、それよりもみんなが!!」
口を開こうとする前に、ブータが走ってきた方から、巨大な炎の柱が上がる。
森の向こう、勇者が飛んできた方にはさまざまな格好に身を包んだ女性が数人ほど宙に浮かんでいる。
同時に叫び声が聞こえる。
女性たちが高らかに歌い上げる声に掻き消されるそれらは、もはや子供か大人か、女か男かすらもわからない。
炎は風にのり、こちら側へと押し寄せてくるが、森から帰ってくるピッグルは一人もいない。
知っているものが死んでいく、それだけでも柳生には酷く絶望的だった。
だが、それでも終わらない。
ドスン、という音が後ろから聞こえる。
すぐさま振り返ると、
「ブタゴラス!!!」
切っ先が折れた槍を持ち、鉄の鎧ごと胸部を貫いた穴から血を流すブタゴラスが倒れていた。
引き止める間も無く、ブータが走り出し、ブタゴラスに近寄る。
しかし、すでに事切れていたのであろう。
身を震わせると、張り裂けんばかりの叫び声をあげて遺体にしがみつく。
言葉にせずとも、柳生に彼の死を伝えるのには十分だった。
日は完全に沈み、あたりは闇に包まれていく。
戦闘によって広がった炎が照らすのは、ブタゴラスの生死を確認しに降りてきた勇者の姿だぅた。