チートという絶望
これはきっと夢なんだろう
目の前の絶望を前に、柳生はただただ笑うしかできなかった。
黄昏時は終わり、日は完全に沈みきっているというのに辺りは昼間よりも明るい。
熱い空気が喉を焦がし、肺を焼く。
数分前まであたりに響いていた人々の泣き叫ぶ声はもうどこにも聞こえない。
柳生の上ではしゃいでいた子の家は柱が残っているが、屋根は焼き落ちており、自慢していたブランコは見る影もなくなっている。
夢をナイトになるという夢を高々と宣言していた子には、確か生まれて間もない弟がおり、常に大声で泣いていたが、その声は先ほどピタリと止んでしまった。
広場も家も、柳生が住んでいた屋敷も、燃え盛る炎の波に飲まれていく。
そこら中にピッグル達の亡骸が転がっているが、干からびるまで焼かれたそれらは、もはや誰が誰かもわからなかった。
「俺のせいなのか…?」
空にたたずむ勇者へと問いかける。
白銀の鎧を身に纏い、炎に負けず光り輝く聖剣を手にした勇者は目の前の惨状に対し、蠱惑的な笑みを浮かべている。
相手にもながらなかった、話にもならなかった、謀反なんて全くの無駄だった。
「そうだよ」
周囲の温度とは対照的に恐ろしく冷たい声で告げる。
狩り、いや虐殺を終えた勇者の彼女達は続々と集まり、こちらに明らかな敵意を向ける。
「全部!全部!全部!!」
高らかな声とともに、彼らは武器を向ける。
その切っ先には暖かな光が蓄積していく。
「お前が悪いんだ!!」
その声とともに光はこちらに向けて照射される。
その速度は避けるにしては速すぎるが、死を前にしてはあまりにも遅く感じた。
無機質の鉄骨とは違う、明らかに殺意を持った死が目の前に迫ってくる感覚は、明らかに許容範囲を超えていた。
言われるままに行動し、言われないことには手を出さないで生きてきた柳生には何をすれば良いのかわからない。
目の前の倒すべき勇者は圧倒的な力を持っている。それは柳生もよく知っているものだ。
全ての攻撃は必殺となり、受けたものは必ず敵である。
全ての攻撃は傷一つつかず、敵を全て悪となる。
転生したその時からありとあらゆるスキル、魔法、技を持ち、なんら成長もしないまま物語を進め、彼女を射止める。
そんなの、何が面白いのかなあ…
視界の端には勇者がいる。
前会った時よりも随分と生き生きしている。
あぁ、違うのか
俺がそうしたのか
光に包まれながら柳生が最後に見た光景は歪なほどに口元を歪めた白い猫耳の女の子だった。