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チートな僕が正義執行?  作者: しおん
1/3

1 ディープキスってどんなもの?

 僕は、ナユタ。


 ユリシーズ家に末弟として迎え入れられて、

 今は、ナユタ・クラウ・ユリシーズって名乗ってる。


 クラウっていうのは、お母さんの名字。

 血は繋がっていないけど、せめてもの思い入れとして、付け加えた。


 お母さんは、魔女だって村人たちに血祭りに上げられて、

 火あぶりの刑になっちゃった。


 人を写真と名前さえあれば殺めることが出来たお母さんの異能は、

 一般人からしたら驚異と恐怖の対象だったんだろう。


 その村人たちは、村ごと燃やして殺しちゃったから、

 僕の復讐はそれで成った。


 お母さんがそれを望んだかどうかは、知りようもないけれど。


 今はこの胸に揺れている、先端の欠けた逆十字のペンダントだけが、

 お母さんを偲ぶアイテムだ。

 一端は手を離れたけど、回り回って僕の手元に戻って来た。


 運命だと、思う。


 そうそう、僕、つい先月に十歳になったんだ。


 ユーリや家族の人が、ちょっとしたパーティーを開いてくれて、


 けっこう嬉しかったな。


 お母さんが存命の時分は、一緒にケーキを焼いて、

 ホイップクリームで飾り付けしたんだ。

 あれはいい思い出だ。


 こうやって誕生日の事を回帰している僕は、今、風呂に入っている。


 ユリシーズ家のお風呂は広くて、豪華な造りをしている。

 泳げるし、潜れる。


 僕専属の召使いであるナンシーは、

 十歳になったから、もういいよ、って断っても、

 背中を流しに来ることを頑としてやめない。

 僕が辟易とするほど、忠誠心というか、世話心に溢れた女性だ。


「はぁ~今日も良いお湯ねぇ~」


 目の前を、桶が通っていく。


 桶の中にはお湯が張ってあって、(フェ)(アリー)のセラフィータがゆったり

浸かっている。


 プカプカと、お湯に浮いた桶は、ゆっくり回転している。


 セラフィータは機嫌が良さそうだ。


 僕が、タオルで前を隠さないと、烈火の如く怒るけど。


 何だかんだ言って、僕と一緒にお風呂に入るのが好きみたい。


「ねぇ、セラフィ」


 どうでもいいけど、僕はセラフィータのことをセラフィと縮めて呼ぶ。


「なぁに?」


「『ディープキス』って何だか知ってる?」


 出し抜けに、僕はセラフィータに問うてみた。


「でぃーぷきす? 何それ、美味しいの?」


 いつものセラフィータの決まり文句が轟いた。


 人間じゃないセラフィータが人間の文化に明るくないのは、

 当然といえば、当然か。


「人間の恋人同士は、口と口を合わせてチューするじゃない?」


「そうなの?」


「うん。唇を重ね合わすだけじゃなくって、口の中に舌を入れちゃうのが、

ディープキスなんだって。

相手がどんな雑菌を持ってるかも分かんないのに、

舌と舌を絡め合うなんて、不潔だと思わない?

よだれとか飲まないといけないんだよ?」


 大人の考えることって、分かんない。


「ふぅん。そういうのは、ユーリにでも聞いた方が賢明なんじゃないの?」


「うん、まあ、そっか」


 僕は湯船に口まで浸かって、ぶくぶくと泡を吹いた。


 湯船を出て、脱衣所に行くと、そこにはお世話をせんとする、

 ナンシーが待ち構えている。

 僕は抵抗ナシで、全身をくまなくタオルで拭われ、

 夜着に着替えさせられて、準備完了、

 食堂までナンシーに付き添われて行った。


 食後の風呂は消化に良くないから、

 僕は食前に風呂に入ることにしている。

 ユーリがどうしているかは知らないけど、今夜もユーリは先に食堂にいて、

 食事を摂っている最中だった。


 ユーリは性別不詳の青年だ。

 僕はだいたいのアタリは付けてるけど、女か男か、本当のところは分かんない。

 容姿も声も、どちらとも取れる感じなんだよね。

 そうだなぁ。言うなれば、ユニセックスな感じ?

 十七歳のくせに、ヘビースモーカーで、

 将来は肺がんを発症して死ぬだろうことは、

 想像に難くない。

 なるべく長生きしてほしいとは思うけどさ。


 僕が席に着くと、間もなく前菜が運ばれてくる。

 ユリシーズ家では毎食、レストランと同じような献立が提供される。

 雑食の僕だったけど、ここで暮らすうち、すっかり舌が肥えてしまった気がする。


「ねぇ、ユーリ」


 僕は前菜を食べ終えて、次の皿が運ばれてくる合間に、尋ねてみた。


「なんだ」


「『ディープキス』ってなぁに?」


「ぐ、ぶほっ!」


 あまりに突拍子なかったせいか、ユーリは口から、

 鴨のコンフィの塊をテーブルの上に吐き出した。

 おまけに激しく咳き込んでいる。


「ど、どこでそんな単語を!」


「書庫の本の中に一冊だけ、毛色の違う本が混ざってたんだよ。

ハーレクインロマンスっていうの? その中に出てきた」


「蔵書整理はしっかりしろと命じてあるのに……姉上の仕業だな」


 出戻りの三女、シールカがてへぺろと舌を出している姿が、容易に想像出来た。


「ユーリは、したことある? ディープキス」


「黙秘する!」


 ユーリは顔色一つ変えずに、そう断言した。

 きっと、したことあるんだと思う。

 あんまり良い思い出じゃないんじゃないかな。

 そんな気が、した。


「今後一切、私にその話題を振るな」


 ユーリは吹き零した鴨肉はそのままに、残りの分をナイフで切り分けて、食事を再開した。

 そこから、僕のことは無視だ。

 機嫌を損ねてしまったらしい。


 ユーリはさっさと食事を済ませると、

 食後のデザートには手を付けずに、食堂から出て行った。

 デザートは、果物の盛り合わせだった。

 それに喜んだのはセラフィータだった。

 皿の元までテーブルの上をとことこ歩いて行って、

 美しくカットされた果物、盛り付けられた生クリームに突っ込んで、もしゃもしゃ食べ始めた。

 妖精は、無類の果物好きだ。

 おまけに食い意地が張っている。

 人間の食べるお菓子と果物さえあれば、

 生きていける。

 それが妖精らしかった。

 僕も、セラフィータに出会うまで、そんなこと知らなかったよ。

 ちょっと、夢が壊れるよね。


「なんか、失敗しちゃったなぁ」


 僕は、食堂を後にするユーリの後ろ姿を見ながら、

 ぽりぽりと後頭部を掻いた。


「ストレートすぎたんじゃないの。もごもご」


 セラフィータの口の周りはもう、生クリームと果汁まみれだ。


「明日、街へ降りて行ってもいいか、お許しを頂こうかと思ってたのに」


「明日の朝食のときになさいな。朝なら時間も合うじゃない。もごもご」


「そうだねぇ」

 

 僕は新しく運ばれて来た目の前の皿に全集中することにした。

 今こそトルキア聖王国、全国民に問いたい。

 どうして恋人たちはディープキスをするのか?

 答えはまだ、ない。


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