雪国のガソリンスタンド
「らっしゃいやせー!」
厚い雲が17時半の幻想的な夕焼けを覆い隠し、昼間の麗らかな陽気は嘘だったかのように急激に冷え込み気温5℃。夕方になると冷え込むのは晴れていても同じだが、この日は普段より寒暖差が激しく、気持ちがどんより沈みそうだ。
国道沿いにある家族経営のガソリンスタンドで働く20歳の青年、健一は、肌に突き刺す風を誤魔化すように威勢良く声を張り上げた。
手指は赤く悴み、指を真っ直ぐ伸ばせない。右手に持つ窓拭き雑巾に染みた冷水がビニル手袋を伝って追い討ちをかける。つい先ほど窓を拭いていて手が砕けそうなほどジンジン痛んでも、健一は赤い帽子を取って深々と頭を下げ笑顔を忘れず声高らかに次の客を迎え入れた。
東京、品川ナンバーのプレートを装着した少し古いタイプの黒い高級車。白髪混じりの中年男は運転席から健一に「ハイオク満タン」と用件のみを告げ、カーステレオの下に備え付けられたシガーライターで煙草に着火した。感じの悪い客だと思ったが、健一はそれでも笑顔で応対し、給油を始めた後にクルマのフロントガラスを迅速かつ丁寧に拭く。
健一は給油を終え客に代金を請求すると、無言でゴールドのクレジットカードを差し出された。
「あっ、すみません、うちカードは使えないんです」
「あぁ、そうなの。これだから田舎は」
「申し訳ありません」
田舎で悪かったな。
内心苛立った健一だが、それでも真摯に応対。
「まったく」とおもむろに差し出された万券を受け取り、釣り銭を用意するためその場を離れ、迅速に札と小銭を数えて客のもとへ小走りで戻った。
しかし客の言うことはもっともで、いまどきクレジットカードが使えないのは不便だと、健一自身も感じている。
カード会社に手数料を取られるのがネックだが、釣銭用の両替手数料や盗難に遭うリスクを考えると、カードの導入も良いのではないか。




