前世から付きまとわれた相手に、絆されました
お久しぶりです。
予告していた続編ですが、話のズレがないか確認後に投稿しますので、もうしばらくお待ちください。
そんな続編の合間の気晴らしに書きました。
あまり裕福でない家で育った私は、働きに出るため王都へやってきた。
そこで、とある男爵家の侍女の仕事を紹介された。
これが、私の運命を大きく変える事になるとは、夢にも思わなかった。
「パティです。本日から、よろしくお願い致します」
「私が貴女の指導をすることになった、ウィニーよ。よろしく」
「はい。ウィニーさん」
「もう、他の使用人達との顔合わせは済んでいるわね?」
「はい」
「では、お嬢様を紹介するわね。家にいるのは、お嬢様位なのよ」
このバークリー男爵家は、爵位が一番下の男爵家と言えど、侮れない家であった。
理由は、大商会を経営している事。
潤沢な資金力が魅力的なので、多くの貴族から注目を集め、お嬢様には婚約者候補がたくさんいるらしい。
「それにしても……パティって綺麗よね」
「え? ……そんな事、初めて言われました」
私の容姿は平々凡々だと昔から思う。
平民には珍しくもない赤毛に、緑の瞳。大して美人でもないと思うのだが……
「周りに容姿を褒めてくれる人が、いなかっただけじゃない? 顔立ちは綺麗よ。貴族と言っても過言ではないと思う。それに比べて私は……」
そういうウィニーさんも、私から見れば魅力的に映る。
身長はスラリと高く、顔立ちは綺麗系美人。金髪にグレーの瞳も綺麗だ。そばかすがあるのも、男心をくすぐる。……と思う。
「体型もパティはバランス取れてて良いわね。これでお嬢様が嫌がらなきゃいいけど……」
「お嬢様が?」
「お嬢様は綺麗なものや人が好きなのだけれど、女性は別なのよ。よく周りのご令嬢を敵視しているわ」
「そうなのですか……」
「気に入られれば、別だけどね」
そう言ったところで、ウィニーは黙って歩き始める。
おそらくお嬢様の部屋が近いのだろう。
パティも黙って歩く事にした。
お嬢様の部屋に入ると、そこには、茶金色の髪に茶色の瞳の、可愛らしい顔立ちの女性がソファーに座っていた。
「お嬢様、こちらが新しい侍女のパティです」
「パティと申します」
「私は、ジェニファー・バークリーよ。今日からよろしくね」
「こちらこそ。精一杯、務めさせていただきます」
「結構。それより! 明日、チェスター様が来るのだけれど、準備は? 進んでるの?」
「はい。準備はもう、済んでおります」
「なら、チェックしに行くわ!! 粗相があったらイヤだもの!!」
そういって、お嬢様の後をウィニーさんと追った。
「ここは青のじゃなくて白の方が映えるわ!! 白の分量が多い茶器と食器に変えて!!」
聞くと、明日はお嬢様の意中のお相手が来るので、張り切っているのだとウィニーさんは言った。
「パティも知っておいた方がいいわね。名前はチェスター・オールウェイ様。オールウェイ子爵の次男よ」
「嫡男ではないのですね」
「そりゃそうよ。この男爵家はお嬢様しかいないもの。入り婿が必要なのよ」
それを聞いて納得した。
貴族は嫡男であれば家督を継げるが、そうでなければ、自力で爵位を頂く働きをするか、平民になるかだ。
元々当主が複数の爵位を持っている場合は、譲り受ける事も可能だが、そんな家は滅多にない。
「美男子で有名なのよ。惚れない様にね」
その言葉に、私はコクコクとおもちゃの様にうなずいた。
次の日。
例の美男子がやってきた。
「ジェニファー嬢。お招きありがとう」
「チェスター様、お待ちしておりました!」
玄関で待っていたジェニファーお嬢様の瞳には、チェスター様しか映っていない。
一向に部屋にご案内もしようとなさらないので、先輩侍女が案内を申し出た。
チェスター様は確かに美男子って言って良い程、綺麗な容姿だった。
茶髪に碧眼。身長は成人男性の平均くらい。
顔は、一目見ただけで、誰もが振り返るのでは? と思う程。
しかし、何故か私には既視感があった。
会ったことがある気がする。
でも、どこで?
考えると、何故かドクッドクッと強く胸を打つ。
あ……思い出した。
あの人、ファビアスに似てる。
私はたまに夢を見ていた。
何故か自分が、伯爵令嬢の夢。
その令嬢に、しつこく付きまとってくる男がいた。
それが、ファビアス。
ファビアス・マロリーという子爵令息だった。
そっくりだけど、違うよね。だって、マロリー姓じゃないし……
私は夢の中では、メリッサ・スウィントンという伯爵令嬢だった。
淡い金髪に緑の瞳。美人と評判で、良く男性からアプローチを受けていた。
パティ(私)とは違い、ワガママだったメリッサは、よく付きまとってくるファビアスを冷たくあしらっていた。
美形ではあるのに、しつこいところが気に入らず、メリッサは恐怖を感じ、ファビアスを避ける様になったのだ。
けれど、しつこく寄ってくるので、うんざりしていた事を覚えている。
他人の空似って奴ね。
それにしても、似ていたわ。
さっさと仕事に戻ったパティは、それを忘れる事に決めた。
チェスター様がお帰りになるというので、わざわざ使用人達を集められ、玄関の壁に沿うように並び、お見送りをする事になった。
すると、チェスター様は何かを私の目の前で落とした。
見ると白いハンカチを落としていた。
誰も気づいていないようだ。
こういう時、気づいたらすぐに動くのが使用人だ。
仕方がないので、急いで拾い、渡す事に決めた。
「あ……あの、こちらのハンカチは、オールウェイ様のものでございますか?」
「え?……あ。本当だ。君、ありが……」
その瞬間、チェスター様の目が見開かれた。
「あ……あの?」
「あぁ……済まない。ありがとう。これの礼をしたいのだが……」
「これも私の仕事ですので」
そういって壁に直った。
「そうですわ、チェスター様。彼女の仕事なのです。行きましょう。外までお見送りしますわ」
ジェニファーお嬢様が外へと促し、私は、頭を下げた。
足音しか聞こえなかったが、チェスター様は渋々、外へ足を向けて歩いて行った。
その後、私に地獄が待っていた。
「貴女、色目でも使ったの?」
「いいえ、ただ、ハンカチを……」
「もしかして、チェスター様に会った事があるの?」
「初対面です」
頭を横に振りながら答えると、ジェニファーお嬢様は、ため息をついた。
「私と喋った時には、あんな表情しなかったのに……!!」
そう言って、ジェニファー様に睨まれた。
「今後、出来る限り私の視界に入らないで!」
その結果、私は誰もやりたがらない仕事を、大量に押し付けられる羽目になったのだ。
「パティ。これもよろしくね」
「あ、これ出し忘れてた。急いで洗ってね!」
「あそこの掃除もお願い」
そう言って、あれもこれも、全てパティがやる事になったのだ。
洗濯、掃除はほぼ、パティがやっていると言っても過言ではない。
お陰で、手があか切れだらけになり、食事も朝食と夕食の残りのみになった。
あの、子爵坊ちゃんのせいで……!!
私は夢でも現実でも、同じ顔した男に、苦労させられていたのだ。
もう、会う事はない。
とにかく目の前の仕事に集中しないと、寝る事も出来ないのだ。
もう!! なんでこんな……
目からポロポロ涙がこぼれ落ちてきた。
こんな手じゃ、結婚も出来ないじゃない!!
……結婚?
そう言えば、夢の伯爵令嬢は、結婚も婚約もしていなかった。
……誰を選んだんだろう?
毎日一心不乱に仕事して、わずかな食事をして、睡眠時間も短くなっていたある日の事。
ついに私は倒れてしまった。
「ジェニファー嬢。これはいくら何でも酷いな。君はこういう事をする人だったのか。がっかりしたよ」
「チェスター様!! これは誤解ですの!! 使用人の間でこんな事が行われていたなんて……私」
「知らなかったと? おかしいな。私の聞き込みだと、貴女からの指示だそうだよ」
「なっ!!」
「顔。怖くなっているよ?」
そんな会話が近くで繰り広げられている中、私は目を覚ました。
「私が……そんな事するわけな……」
「君!! 目を覚ましたのか?」
チェスター様が寝ている私を覗き込んだ。
「……ここは?」
力のない声しか出ない。
「君の部屋だよ。洗濯場で倒れていた所を、偶然私が発見したんだ。……にしても、これはどうしたんだ? 私のうちの使用人にも、こんな手の者はいないよ」
「それは……」
「それは、この子の持病ですわ!! そういう手の子ですの!!」
「違う。私はこの子から、ハンカチを拾ってもらった事があった。その時に手も見ているが、これよりはずっと綺麗な手だった。……どういう事だ?」
チェスター様が鋭い目つきで、ジェニファーお嬢様を睨みつけた。
「あ……貴方がいけないんじゃない!! 私には向けてくれない顔をこの子には見せておいて!! 何で私を見ないのよ!! その報いくらいこの子にぶつけても良いでしょう!?」
「……話にならないな。ここに君は置いておけない。私の家に来なさい」
「それは出来ませんわ!! この子はお父様と契約を交わしてここにいるのです!! お父様の許可が出なければ……」
「もう、出てるよ。書面上、もうパティは、この家の侍女ではなくなった」
チェスター様は契約書と思われる紙を、ジェニファーお嬢様に見せつけた。
「パティの件はすでにバークリー男爵は知っている。快くパティの紹介状を書いてくれたよ」
お嬢様は今までどこでも見た事がない、悪魔のような怒りの顔になった。
「では、そういう事だから。パティ。私のうちへ行くよ。荷物は適当にまとめておくから安心して」
「あ……あの……?」
「寝てていいよ。全て私に任せるんだ。いいね」
そう言われ、私は目を閉じてしまった。
次、目覚めた時には、知らない光景が広がっていた。
ここ、どこ?
明らかに使用人室じゃないよね?
起き上がると、狭い個人用の使用人室が、何個分入るんだろうと思うくらい広い部屋で、ご令嬢が寝るであろう、天蓋付きのベッドの上に私はいた。
ど……どうすれば!!
すると、ベッドの隣のナイトテーブルに、呼び鈴が置かれていた。
夢の伯爵令嬢の時は確か、これを鳴らすのよね
試しに鳴らしてみると、侍女と思われる女性が部屋に入って来た。
「お目覚めですか?」
「あ……はい。ここは?」
「オールウェイ子爵家ですよ。チェスター様の大事なお方だそうで、丁重にもてなせと申しつかっております」
「え? 私は使用人ですよ!? 元ですけど……」
男爵家であった事を何とか絞り出しながら、思い出した。
「それでも、チェスター様の命令ですから」
侍女がにこやかに笑うと、私はホッとしたのか、お腹が鳴ってしまった。
「では、お食事をお持ち致します」
そう言って、ドアから侍女が出て行った。
侍女が食事を持ってくると、何故かチェスター様もやって来た。
「目を覚ましたと聞いてね。気分はどうだい?」
「……大丈夫ですが……その……部屋が……」
「気にしないで良い。しばらくはここで安静にしていなさい」
「いいえ。私はもう、男爵家の侍女ではないのでしょう? だとすれば、家に仕送りを送れなくなります。食事をしたら出て行きますので……」
「宛ては?」
「……ないです。教会をお借り出来れば……そこで」
「それは危険だ。やめなさい。君の家の事は私に任せてくれ。君はまず、体調を整えなければいけないよ」
「……」
私は何故か恐怖を感じた。
普通だったら、何から何までありがとうございますと、すがりついただろう。
けれど……なんとも言えない不快感が付き纏う。
「とりあえず、食事にしましょう。せっかくの料理が冷めてしまいます」
「それもそうだな。よろしく頼む。では、パティ。また来るよ」
そう言ってチェスター様は部屋を出て行った。
「どうぞ。野菜とベーコンのスープでございます。チェスター様より、できる限り身体に優しいものをと指示をされて、コックが作ったものですよ」
「……ありがとうございます」
私はスプーンですくい、口の中へ運ぶと、温かくて優しいものが身体に入って行くのがわかった。
久々の温かい食事に、自然と口角が上がる。
「美味しい……」
「それは良かった。コックも喜びますわ」
食事が終わると、テキパキと侍女が片付けた。
「あの……少し聞いてもよろしいでしょうか?」
「何でしょう」
「チェスター様は、私の家族の事を任せろとおっしゃいました。私の家族がどこに住んでいるのかご存知なのでしょうか?」
「私はそこまでは存じませんが……チェスター様の事ですから、調べていて知っていると思います。抜け目のない方ですから」
「抜け目のない……」
「チェスター様には隠し事など無用なのですよ。隠していても大抵バレてしまいます。旦那様も嫡男だったら……とおっしゃるほどでしたし」
「お兄様も、優秀なお方なのでしょう?」
「えぇ。ですが、チェスター様には劣ります」
「そうなのですね」
「この話は内密に。兄弟仲は良いので、それだけが救いなのですわ」
「もう、忘れました」
私がそう言うと、侍女は満足そうな表情でこくりとうなずいた。
侍女が部屋を出て行き、とりあえず私は眠る事にした。
こんなに、ゆっくり寝れるなんて久しぶり。
瞳を閉じると、私はまたメリッサになっていた。
「メリッサ嬢! 是非、私の婚約者になってください」
「しつこいですわ!! もう何度目ですの? 貴方とは婚約出来ないと何度も言っているでしょう?」
「それを一緒に乗り越えませんか?」
「い・や・で・す!! しつこい男性は苦手ですの!! ……何度言ったらわかるのかしら?」
「お父上が決めた婚約者でよろしいので?」
「……嫌な相手でしたら、私は逃げましょう」
「ですから! そこは私を頼って……」
「貴方だけは絶対に頼りませんわ!!」
渋々ファビアスは去って行くと、メリッサはため息をついていた。
私に求婚したって、周りが許してはくれないでしょう。……どうしてわたしなのかしら?
確かに皆からアプローチは受けるが、それは私というより家に価値があるからだ。付属品である私は綺麗だから、ちょうど良いと思う人も多々いる。
この前まで、私は男性に言い寄られる事を有頂天に思っていた。
しかし、聞いてしまったのだ。
私の家目当てという殿方の会話を。
なのに……
私なんて、姿しか価値がないというのに……貴方はどうして、そんなに必死なの?
メリッサがそう思ったところで、私は目を覚ました。
今日の夢は、初めてのシーンだった事に驚く。
どういう事? あんなに嫌っていたのに、メリッサはファビアスの事を……
そして今、そのファビアスそっくりのチェスター様に保護されている事も、不思議な偶然と言っていいのだろうか?
すると、チェスター様が部屋を訪ねてきた。
「パティ。気分は?」
「……スッキリしました」
「それは良かった。ご実家の事だけど、お金の件、解決したよ」
「え? どうして私の実家を……」
「調べたからね。謂れのない借金をしていたよ。すぐに借金取りの悪事を暴いて、借金は帳消し。騙し取られたお金も全部、戻したよ」
「そんな事……どうして!?」
「我ながら、良い事をした。ご実家以外にも、その被害に遭った人は多くてね。とても感謝されたよ」
「……実家を助けて頂き、ありがとうございます。でも、何故私のためにそこまで……」
「それは、君が欲しいからだよ。その為なら、何だってするつもりだ」
「……やめてください。どうして私なんて……」
「自分を卑下するのは良くない」
「私は……愛人ですか?」
「いいや、私の妻になって欲しい」
「私は貴族では……」
「あぁ。そんな事か。私は貴族と言っても下位貴族だ。ギリギリ平民とも結婚出来るし、次男だから、平民になる事も可能だ。だから心配しなくていいんだよ」
「実家には……」
「君次第だって」
やっぱり。外堀を埋められている気がする。
「今は……そこまで……」
「そうだね。性急過ぎたな。そこが私の悪いところだ。今日はこれで失礼するよ」
そう言って出て行くと、私はベッドの上で突っ伏した。
「さりげなく、あっさりとそれを言うのね」
もうちょっとロマンスがあってもいいと思わない?
そんな事を思ってしまった。
もう、すっかり体調も良くなり、仕事がしたいと侍女に言うと、何故か本を渡された。
「こちらは、基礎的な読み書き、計算、地理の本です」
「……仕事って言ったのですが……」
「チェスター様から、これもお仕事と聞いております」
私を妻化計画は、本気だったんだ……
とは言え、読み書き計算は出来る。
夢の中の知識と合致していた為、すぐに覚える事が出来たのだ。
読み書き計算の本をパラっと読んだが、私がすでに達成しているものばかり。
なので、必然的に地理の本を読む事にした。
「あら? なんで……」
何と地理の中に、夢の中と同じ貴族名を見つけてしまったのだ。
スウィントン伯爵領、マロリー子爵領も載っている。
当主の名前も記載してあったが、その人についてはわからなかった。
けれど、夢の中とは少し違う箇所もあるが、読めば読むほど知っている事が多い。
まさか……夢の話は、私の前世?
侍女が来た時に、何年分もの貴族名鑑を持って来て貰った。
「随分勉強熱心ですね!」
にこやかに笑う侍女に対し、私は作り笑顔を浮かべた。
急いでスウィントン家を調べると、百年くらい遡ったところで、やっと発見した。
「スウィントン家……いた! メリッサ……」
彼女は存在した人物だった。
そこで、私はあの夢が現実にあった事が確実のものとなった。
「メリッサは……結婚していなかったようね」
すると、部屋にいつもの侍女とは違う侍女が来た。
「パティ様。旦那様がお呼びでございます」
「私がお会いして、よろしいのでしょうか?」
「私は旦那様に従っているだけにございます」
言っても聞かないようなので、渋々侍女について行った。
「こちらの部屋でございます」
中に入ると、すぐに扉を閉じられてしまった。
「え!? ちょっと……どう言う事ですか!! 誰か……誰か!?」
「お前には、少し大人しくしてて貰おう」
侍女ではなく、男の声が聞こえた。
「どなたですか?」
「知る必要はない。そうそう、チェスターは今、婚約者になりそうなご令嬢と会っているんだ。愛人と会ってしまっては、ご令嬢がショックを受けるからね。しばらくそこで、大人しくしていなさい」
男は、スタスタと音を立てて、去って行くのがわかった。
愛人か……そうよね。私、平民だし。
けれど、それとこれとは別だと思うの!!
ドンドン叩くが、誰にも聞こえていないようだ。
多分さっきの声は、チェスター様のお兄様だろう。旦那様の名前で呼びだされた事から、二人が協力している可能性がある。
息子にこれ以上近づくなって言うことかな。
窓がないか見るが、大分上の方にあり、しかも、私の身体では出れなそうだ。
何? この部屋……
なんか変だ。
灯りがついてなければ、真っ黒だろう。
とにかく、人が通りそうだったら、ドアを叩くしかない!!
一体今は何時だろう。一向に人が通る気配すらない。
たまにドンドンと叩いて助けて!! と言っているが、何の反応もない。
窓から見える空の色は、暗くなっていた。
ロウソクの火が切れかけている。恐らく、もう少ししたら、消えるかもしれない。
それに……なんだか寒くなってきた。
身体もボーッとする。
グゥー
お腹も空いた。昼食べてないものね。
やだ……また、倒れそう……
どうしてこんな事に……
私、何かやっちゃった?
何とも情けない気持ちになって、少し涙がこぼれ落ちた。
すると、部屋の外に変化があった。
何やらバタバタと人が集まってくる気がしたので、思わず扉を叩いた。
「開けて!! 誰か!!」
「パティか!?」
「その声……チェスター様!?」
「今開ける。退いていてくれ」
退く? 鍵で開けるんじゃ……?
言われた通り退いていると、扉が中に向かって吹っ飛んで来た。
ただの板になった扉を見て唖然としていると、チェスター様が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「パティ!! 無事か!?」
「なん……とか」
若干チェスター様に引きつつ、私は何とか答えると、チェスター様は私に抱きついた。
「悪い。父上と兄上の仕業だ。私無しじゃ、何にも出来ない人達だからな。意地でも私を貴族にさせたいらしい」
「あの……私は、平民ですし、得は何も……」
「パティじゃなきゃダメなんだ。君と会ってしまってからはもう……他の人なんて考えられない!! メリッサの香りがする貴女じゃなきゃ……」
「……メリッサ?」
「まだわからないのか? 私はファビアス・マロリーだ! 前世で……貴女に求婚した……君なんだろう? メリッサ・スウィントン!!」
「……前世って……もう、過去の事じゃない!」
「私にとっては過去ではない!! 昨日の事のように思い出す。……君が、貴族名鑑を見たいと聞いてピンときた。思い出したのだろう? 百年前の事を!!」
「……まだ、断片的で……最期、私がどうなったのか、わからなくて……」
「なら、教えてあげよう。……君が最期、どうなったのか」
ゴクリと私は息を飲んだその時、お腹がグゥーと鳴って、空腹を知らせた。
「まずは食事だね。私もまだなんだ。一緒に食べよう」
チェスター様の言葉に、私はお腹が鳴った事が恥ずかしくて、うつむきながらうなずいた。
食事も終わり、私が使っていた部屋へ移し、そこでソファーに座り、二人きりになったところで話し始めた。
そもそも、メリッサとファビアスは、駆け落ちでもしなければ、決して結ばれない関係だった。
互いの家は、敵対する派閥同士。
それでも諦めきれず、ファビアスはメリッサに求婚し続けたと言う。
「メリッサの時にも、君にハンカチを拾ってもらったんだ。
メリッサの事は最初、ワガママなご令嬢だから、きっと下位貴族だった私に、酷いことをするんじゃないかって警戒していたよ。ハンカチを拾って貰えて、素直に嬉しかった。
普通のご令嬢は侍女にやってもらうことが多かったのに、手ずからハンカチを拾って、私に渡してくれたんだ。
この人は本当の意味で優しい人だって、君に夢中になったよ」
それだけの事で?
今も昔も、私はそんな事は普通にやっていた。
それが心に響いたなんて……しかも前世から付き纏うなんて……。
私は呆れて声も出なかった。
その後も求婚したが、結局、メリッサがファビアスに向く事はなかった。
そんな中、ついにメリッサの婚約者が決まった。
自分より、二十歳上の侯爵だった。
彼は、女性をものとして扱う事で有名で、前妻も、拷問の末に天に召されたと言う噂すらあった。
実際会って見ても、不快しか感じないくらいの嫌な目をする人物だったと言う。
メリッサの身体を舐め回すような目に、命の危険を感じた。
その後、メリッサは毎日教会に通っていた。
「嫌なんです!! あの方とだけはどうしてもダメ!! 神は私を殺したいのでしょう? なら、別の方法でお願いします!!」
こんな風に願い続けたある日、メリッサは病で倒れた。
その頃、王都中に感染症が、平民を中心に物凄い勢いで広がっていった。
毎日教会に通っていた為に、平民から病を貰ってしまったのだ。
病が影響してメリッサは、十八という若さで命を落とした。
それを聞いたファビアスは、悲しみに暮れた。
非情な人に変わり、メリッサの婚約者であった侯爵家を嵌めて、潰したりもしたらしい。
その婚約を決めた、メリッサの父に対しても、不正を見つけ制裁したと言う。
今もスウィントン伯爵家が残っているのは、その制裁を受けて、すぐにメリッサの兄が家督を継ぐ事になったからだ。
兄は不正に全く関わっていなかったし、あんな奴をメリッサの婚約者にした父を止められず、負い目があったそうだ。
ファビアスは求婚されるも、生涯独身を貫いた。
そして毎日教会で祈った。
どうか次は、メリッサと結婚出来ますように。
「顔が変わっていなくてよかったよ。髪が赤毛になっていたから、びっくりした」
そう言って、私の髪を一束すくう。
「メリッサの時の方が綺麗だったわ!!」
「今も十分綺麗だよ?」
「……嘘」
「なら、確かめてみる?」
「え?」
髪をすくっていた手を私の顎に持ってきて、チェスター様は、強引に唇を重ねた。
「んん!!」
結構長い時間口を塞がれ、私が手でバンバン、チェスター様の肩を叩いて抵抗すると、仕方がないとばかりにゆっくりと唇を離した。
「もうちょっと堪能したかったなぁ」
「ちょ……ちょっと、不意打ち過ぎ!!」
「真っ赤になっちゃって……可愛いなぁ。私以外には絶対見せないでね」
悪戯な笑みを浮かべるチェスター様に、私はうつむくしかなかった。
チェスター様は王城で働いており、王太子の覚えも良い事から、チェスター様には特別に、伯爵位を授けられた。
今までしてきた功績を積み重ねた結果と、王太子の側近になれる地位にしたかった王族側の思惑だそうだ。
陞爵後チェスター様は、旦那様とお兄様がした事に怒り、縁を切ったという。
元々、自力で爵位を授けられる実力はあったのだが、家族からは優秀だがそこまでの実力はないと思われ、有力貴族との繋がりの方を欲していたそうだ。
「私の意に反する事をしなければ良かったのにな」
ニヤリと笑うチェスター様に、私は背筋に寒気が伝った。
そして私は、スウィントン伯爵家の養子となった。
チェスター様とスウィントン伯爵令息とは、学友だった為、縁があったスウィントン家に頼み、貴族教育を受ける事が出来たのだ。
スウィントン伯爵家は、私を受け入れてくれた。
しかも、スウィントン家に代々伝わる、ある肖像画の人物と顔が瓜二つな為、血縁があったと言ってもおかしくなかった。
そして、正式にパティ・スウィントン伯爵令嬢として、チェスター様と結婚する事になった。
「もう絶対離さないからな、パティ」
「貴方の執念には負けたわ。チェスター」
「やっと様なしで呼んでくれたね」
「だって……夫婦になるのだし……」
パティは恥ずかしくなり、そっぽを向くと、チェスターは無理矢理顔を近づけ、唇を優しく重ねた。
その後、伯爵領の領主となったチェスターは、領民の為に尽くした領主として皆に慕われ、パティはたまに、教会に差し入れを持って行っていたら、心優しい領主の奥方と言われるようになった。
二人の仲睦まじい姿は、肖像画にも残っていると言う。
妊娠したパティに、チェスターが膝立ちの状態で、お腹に耳を当てて抱きついている絵は、今までなかった肖像画として、広く知られる事になる。
肖像画については、絵師が速筆だったため、妊婦に負担をかけずに描いたそうです(笑)
読んで頂き、ありがとうございます。
この短編は、もうすぐクリスマスと言う事で載せる事にしました。
楽しんで頂けたら幸いです。