008(大人の都合)
19時になり、ケーイチは弟と一緒に母親の運転で、柔道クラブへ送迎された。廃校の体育館に畳が敷かれている。そこが道場だ。
宜しくないのに、宜しくお願いします。ありがたくないのに、ありがとうございます。ケーイチはモチベーションもなく、ただ単に時間を消化する。一番テレビが面白い時間帯にこの苦行。ケーイチは、この怒りを、下級生にぶつける。
ケーイチは乱取りの時に下級生相手に、禁止されてる絞め技を使う。俗に言う熊落としだ。このまま絞め殺したら…………楽になれる? と考えた瞬間に柔道の師範達に引き剥がされる。
「絞め技は禁止されてるだろー! 何を考えとるのよ!?」
「やりたくない…………柔道なんてやりたくない!」
「やる気がないなら帰れー!」
「分かった」
ケーイチは歩いて外に出る。途中で隣の建物に灯りが点いていた。空手クラブの道場だ。ケーイチは、人を殴って褒められる空手に興味があった。
「柔道じゃなく、空手をやってたら、ストレスも溜まらなかったな」
ケーイチは歩いて家に帰った。月明かりに照らされて。すると、母親が待ち構えていた。
「ケーイチ、今すぐ道場に戻るわよ」
「嫌だ! つまらない! 辞めたい! もうたくさんだ!」
「誰しもが、一度はぶつかる壁よ」
ケーイチは、母親の言わんとす事が理解出来なかった。柔道は楽しくない。そもそもモチベーションがない。母親もこれが“サイン”だとは気付かなかった。
ケーイチにとって柔道は苦痛でストレスでしかなかった。学校でイジメられてるのに、ストレスの上積みだ。ストレス控除はなかった。
「だから、誰しもが、一度はぶつかる壁よ。キツいから辞めたいだけでしょ」
『イジメ、勉強、柔道のストレス三重苦だ! そんな事にも気付かないのか!? 母親失格だな!』と、ケーイチは心の中で叫んだ。
「もう勘弁して」
「分かったわ。暫く休みなさい」
「辞めれる? やったぜ!」
「そうじゃなくて…………」
「何が言いたいの? 辞めるからな」
「せめて、初段を取ってほしいわ」
「なんのために?」
「世間の目よ」
「意味不明」
ケーイチの両親は世間体の事しか頭になかった。零細の建築業をやってるというだけだ。だから、少しでも良く見せようと躍起になっている。
ケーイチは大人の都合で人生を滅茶苦茶にされようとしていた。