055(誤算)
ケーイチはシルビアを運転して自宅マンションに帰る途中、携帯電話に着信が来る。服部からだ。ケーイチは近くのコンビニの駐車場に入り、電話に出る。
「もしもし。服部社長、どうかされました?」
「ケーイチ君、こんにちは。電話番号を登録してくれてたんだね。よかったら、今から練習に来ないかい?」
「勿論、喜んで参加させていただきます。それにしても急ですね」
「我が社の専用トレーニング施設をリニューアルしてね。今さっき施工が終わったところなんだよ。今から駒ヶ根市まで来れるかな?」
「駒ヶ根ですか…………」
ケーイチは困った。駒ヶ根市までは下道で30分はかかる。痺れる脚でマニュアル車をそんなに運転するパワーがない。それに明日も通院だ。
「ちょっと遠い感じ?」
「すみません、今日はパスさせてください。腰痛があるのに、今、マニュアル車しかなくて」
「まだ若いのに腰痛持ちかね。それで高橋君主催のレースで、自動車の椅子を用意していたのか」
「まあ、そんなところです」
ケーイチは説明を省いた。本当は腰痛が再発する前にR32スカイラインGTRのシートを買っていた。
「できるだけ近い内に駒ヶ根本社まで来てくれないかな? ケーイチ君に社員証を渡しときたいし」
「分かりました。今週中にオートマ車が修理から戻って来る手筈なので」
「その若さで自動車を2台持ちかね」
「ええ、まあ」
ケーイチは当然、宝くじの事は伏せた。
「では平日は9時から17時まで。土日は12時から20時の間に来てくれないかな。社内案内もしたいし」
「了解しました」
「それでは、後日にまた」ピッ。
ケーイチはついでにコンビニでスパゲッティを買い、自宅マンションに帰る。
ケーイチはリビングのコンセントでドローンのバッテリーを充電しながら、遅い昼飯を食べる。すると、今度は高橋から電話がかかってくる。
「ケーイチ君、ちわ」
「こんにちは」
「投資金と賞金を振り込んだから、確認しておいて」
「分かりました。ありがとうございます」
「ケーイチ君も精神的に参ってるみたいだけど、病院に行った?」
「ええ。今日は検査をしてきました」
「国民健康保険に入ってるよね?」
「いいえ。クズな親が加入を拒否したみたいです」
「まずいな…………収入があるのに、初診日に保険に加入してないと、給付金が出ないよ」