049(スカウト)
1周19秒台を叩き出したのは、いつぞやのオッサンだった。
『オーっと! このまま行けば、瀬奈ケーイチさんの記録、1分0秒57を塗り替えるぞ!』
実況は熱くなってる。
カシャン…………。1番手を飛んでいた、オッサンのドローンが8の字の交差する発泡スチロールに当たって壊れた。
『クラーッシュ!』
オッサンはヘッドマウントディスプレイを外す。他のプレーヤーがゴールしたのを確認し、自分のドローンを回収する。
――そして、いよいよ第10組、大本命の市子が登場する。市子は震えもなく、精神が安定している。逆にケーイチがワナワナしてきた。今のところはケーイチが暫定1位だが、最終第10組には高松も入っている。ケーイチは我を忘れて、中学校というシチュエーションに怯えていた。
「ケーイチ、軽くのしてくるよ」
「おっ、おおぅ」
「大丈夫? ツラそうだよ?」
「ちょっと外の空気吸ってくる」
ケーイチは体育館を出て、深呼吸をする。
「君、君、随分速いみたいだねえ」
ケーイチは金持ちそうなオッサンに声をかけられた。
「はぁ…………はぁ…………はぁ…………」
「大丈夫かい? これを飲みなさい。スポーツドリンクだ」
ケーイチはスポーツドリンクを受け取り、ゴクゴク飲む。
「はぁ…………。ありがとうございます」
「君、突然で悪いけど、君をうちのワークスにスカウトしたい」
「ワークス? ドローンの?」
「私は服部だ。服部飲料の社長をやってる。どうだね、うちのドローンレースチームに入らないかい?」
「前向きに検討させていただきます」
ケーイチは混乱している。軽いパニック発作とドローンレースチームへの誘い。訳が解らない。
「これは名刺ね」
服部はケーイチに名刺を渡す。
「はぁ…………はぁ…………。あ、ありがとうございます」
「大丈夫かい? まだツラそうにしてるけど」
「ええ、まあ。俺より速い人がいます。その人も誘いませんか?」
「誰だね?」
「最終組で飛ばす、今井市子です」
「ほう。善処しよう。ではまた後で」
服部は体育館に入っていった。ケーイチは通路で座り込み、スポーツドリンクを片手に名刺を見る。服部のアドレスが明記されていた。
最終第10組…………市子は高松に負けてしまった。