037(最速の女)
ケーイチと市子はラーメン屋を後にして、ドローンレースの会場へ行く。ケーイチが不登校になった中学校だ。駐車場にGTRを停めると、男子中学生が「スゲー! 35Rだ!」と叫ぶ。R35GTRは現代の名工が造った。戦国時代なら村正のような伝説の一振りに匹敵するだろう。
ケーイチと市子はトランクからドローンキットを取り出して、鍵をかける。体育館へ入る。高橋さんが陣頭指揮を執っていた。
「高橋さん、お待たせしました」
「やあ、ケーイチ君と市子ちゃん。コースの下見だね?」
「はい。今いいですか?」
「勿論。飛ばしな〜」
ケーイチは脚が痺れるが、仕方なく、パイプ椅子に座る。
さっきの男子中学生が来た。ドローンキットを持って。
「君もドローンレースに出るの?」
「はい!」
「そ、そうか」
ケーイチはドギマギしてきた。混乱してる。中学校がホームかアウェイか解らなくなった。なんて事ない、ただの中学生相手に。木の温もりで多少和らいだが。
「優勝賞金500万円は僕の物ですよ」
「まあ、頑張りな」
市子は体育館のコンセントにプラグを挿してバッテリーを充電する。
ケーイチは電源を入れ、プロポを脚の上に置き、ヘッドマウントディスプレイを被る。ドローンをスタート位置の台まで徐行させて、一気に飛ばす。
キュー! キュー! キュー!
「ケーイチ君は実戦の経験あるの? 凄い速さだよ」
「その声は、高橋さんですか? これが初めてのコースですよ」
ケーイチは3周飛ばして、手元に着陸させる。ヘッドマウントディスプレイを外して、電源を落とす。
「ストップウォッチの計測だけど、1周35秒フラットだ」
「速いんですか、それ」
「速い速い。私なんか37秒がいいところ。いや〜、優勝はケーイチ君かな、ハハハ」
市子のドローンがスタート位置の台に着いた。そして、一気に飛ばす。
キュー! キュー! キュー!
高橋はストップウォッチでタイムを測定する。
「は、速すぎる…………」
「市子のタイムは何秒ですか?」
「32秒台だよ。針の穴を通すように精密なコントロール。末恐ろしいな、ハハハ」
ケーイチは市子の元へ行く。
「今のところ市子が最速みたいだよ」
「えっ、マジで?」
「マジマジ」




