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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2018 応募作品群 和ホラー

外れた道の、その先で 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 あなたは、「自分」という存在にどれだけの愛着を持っているかしら?

 私は自分が大好きよ。そりゃ、多少相手をうらやましいと思うことはあっても、自分の足で出かけて、自分の意志で買い物なり、食事なりを選んで行うことができる。これって、とてつもない贅沢なんじゃなくて?

 けれども、他の人も同じことができるって考えると、贅沢を贅沢と思えなくなってくる。どこまでも、自分にしかできないことを追い求めたい気持ちも、分からなくはない。

 私であれるのは、私だけ。そう強く信じながら進みたいけれども……いたずらに「個」であることに執着する、というのも考え物なのかも知れない。

 そう思わせてくれた話があるんだけど、聞いてみない?


 むかしむかし。あるところに、何をやらせても可もなく、不可もない男の子がいた。

 その子は小さい頃から、農作業、わらじあみ、物売りをそつなくこなし、身体が大きくなると戦に駆り出されたけど、いつも無事に戻って来た。特に戦に関しては、周りの家の一喜一憂ぶりがものすごかった。

 ある家は戦で大きな手柄を立てて、殿様じきじきに褒美を授かった。ある家は働き手が軒並み帰って来ず、周囲の助けを借りながら日々をようやく生きていくことになった。

 それは戦に参加した兵全体の中で見れば、一割にもとうてい及ばないくらい。誰でも得られるものじゃない。けれど、理屈で納得できるのは、直に目で見えず、手で触れることもかなわない間だけ。

 名誉欲。食う、寝る、いちゃつくに次ぐ、第四に大きい欲求だと、私は思っているわよ。

 みんな、成功した者を多かれ少なかれ、うらやましがったの。逆に不幸な目に遭った者からは極力、目をそらしたわ。


 件の彼の家でも、やがて問題が持ち上がった。彼の両親が病気に倒れてしまったの。一家を支えられるのは、彼しかいなくなってしまったから。

 そつなくこなす。それでは追いつかない。派手で見栄えが良い、他人よりも優れた功績がなくては、できた穴を埋めることはできない。

 かすかな焦りを感じながら、彼は戦がない時、仕事が終わると野山で薬草を取りつつ、両親の面倒を見続けたそうよ。いつか、いえ近い将来、もっと良い環境で両親を診てもらうことを願いながら。

 

 農閑期である真夏。草木もうだってしまうような暑さの中、彼は両親の世話を隣の家の人に頼み、自分は手製の弓矢を手に、野山をめぐっていたわ。

 獣の肉。精力のつくものであれば、病を癒すことに役立つかも知れない。そう信じてのことだった。けれども焦りのつけは、律義に彼へと帰って来たわ。

 緑の下生え。それを無意識に地面の証だと思っていた彼は、まさか同じ種類の植物が、その下に広がる急坂を、すっぽり覆い隠しているなどと、夢にも思わなかった。

 彼は真っ逆さまに斜面を転げ落ちていく。上も下も分からなくなって頭がぐるぐるし出した時、大きな石が彼の行く手をさえぎった。

 したたかに背中を打ちつけた彼は、体中が砕け散ってしまうかと思うほどの痛みに、すぐさま意識を失ってしまったそうよ。


 気がつくと、彼の視界に鴨井と木の天井が映ったわ。そばには鍋を吊るした囲炉裏。土間には石で作ったかまど。そして土間には薪やなたが散らばっていたの。

 どうやらここは小屋の中。自分はわらの布団をかぶせられ、横になっていたのが理解できたわ。

 寝返りをうつ。身体の節々がかすかに痛むけど、崖を転がり、岩にぶつかり、この程度のけがで済むとは考えづらかった。

 布団から抜け出ると、土間の先にあった扉が開く。立っていたのは背負子しょいこに木の枝を満載した、老人だったの。頭には手ぬぐいを巻いていたけれど、顔のところどころに浮かんだシミは隠せない。


「おお、もう起き上がれるようになったか」


 老人は背負子を下ろして、彼に近づいてくる。彼は自分がどうしていたのか、老人に尋ねてみたところ、彼はこの小屋の裏手にあるがけの下。大きな岩の根元で丸まった体勢で気を失っていたらしいの。一晩中寝込んでいて、そのまま命を落とすのではないかと、気が気でなかったと老人は話す。どうやら、自分が意識を失っている間の看護をしてくれたらしい。

 

「慣れない手で行ったゆえ、不安がある。身体のどこにもおかしなところはないか?」

「節々が少々。しかし、それ以外は問題なさそうです」


 彼は立ち上がって、その場で腕と脚を振って足踏みをしてみる。強い痛みを感じる箇所はない。

 大事をとって、もう一晩ゆっくりしていった方がいいと、養生を勧める老人。けれども彼は家に残してきた両親が気にかかる。二人そろって、まともに動くことが難しい身。自分が数刻外に出ただけでも不安がるだろうに、一晩以上帰って来ないと知ったら、どう思うだろうか。

 戻らなくてはいけない。一刻も早く。彼がそう告げると、老人はやや惜しむような表情をしたが、やがて彼に付き添い下山の手助けをしてくれた。

 先導する老人は、彼のよく知らなかった道のりをたどり、山から抜け出す。そしてほどなく村の入り口にたどりついてしまったの。

 ぜひお礼を、という彼に対し、「それには及ばないから、早く両親の様子を見に行きなさい」と促す老人。

 それでもぜひに、と強く懇願する彼。老人は困ったように腕を組んでいたが、やがて懐から長さ一尺ほどの、竹でできた横笛を取り出した。


「両親を始め、取り巻くものにひと段落がつき、それでもこの爺に会いたくなったならば、村はずれにあたるここで、この竹笛を吹け。さすればわしにもすぐわかる」


 老人は笛を渡し、ひらりと身をひるがえすと、あっという間に木立の中へ消えていってしまう。彼もその背中を見送ったのち、笛を服の中にしまい込むと、生家へ急いだの。

 すでに家には村の人たちが集まっていた。自分がいなくなった晩に、突然、熱を出して苦しみ始めたというの。帰る気配のなかった彼を探して、今でも何人かが山の中に入っているとのこと。

 彼は両親の枕元へ。父親はうなされるばかりだったけど、母親はうっすらと目を開ける。言葉にならないうめき声をあげつつ、布団の中から手を出し、彼の方へと伸ばす。

 彼はその手を強く握り返した。自分は帰ってきたことを、しっかり伝えるために。ところが彼の手に自分の手が包まれたとたん、いきなり母親は暴れ出した。わらの布団を跳ね飛ばしかねないほど、下半身を激しく上下させる様は、死に瀕したまな板の上の魚のごとくだったとか。

「違う、違う!」と目を見開き、歯ぎしりしながらはっきりと言葉を発する母親。しかしそれも長く続かず、やがて糸が切れたように動きが止まり、ぐったりしてしまったわ。確かめてみると、もう息を引き取っているとのこと。

 隣の父親も、ほぼ同時に静かになっていたわ。文字通り、妻の後を追うかのように。


 帰ってくるなり、降りかかった不幸。彼は信じられない心地がして、必死で両親の身体を揺さぶったけれども、反応は帰って来なかった。

 集まったみんなは、そっとしておいてあげるべき、と席を立ち始める気配だったけど、彼は自分がいなかった間の、両親の様子を聞きたがった。同時に、自分が帰ってくるまでの間に何があったのかも。

 世話をお願いされた隣の家の人の話によると、両親が苦しみ始めたのは、彼が山に入って一刻ほど経った後。突然、雨が降り始めた。それと時期を同じくして、両親が熱を出し始めたとのこと。

 彼が留守にしていたのは村中が知っていたから、今まで交代で看病を続けていたみたい。

 彼もまた自分の体験を話す。崖を転がり落ち、老人に助けられて、つい先ほど戻ってきたこと。少し迷ったが、預かった竹の横笛もみんなに見せた。

 けれども、彼自身はおろか、他の者も横笛を吹いた経験はない。試しに口に当てて奏でようとしたものの、上手くいかなかったんですって。

 

 その時、家の入口から別の村人が飛び込んできた。


「大変だ、みんな。山に入っていた連中が、どえらいものを見つけ……!?」


 さっと、屋内の面子を見渡した村人の視線が彼とかち合ったとき、たちまちその顔に困惑が浮かんだわ。背を向けて、わき目もふらず走り去っていってしまう彼。その姿を追う者と、山から下りてきた者に分かれ、それぞれが動き出す。

 山から下りてきた村人は、一様に青白い顔をしていた。疲労ばかりではなく、精神的にもずいぶん参っていることが察せられる。そのうちの一人が、巻かれた大きいゴザを両腕に抱えていた。中身を問われると、しょっていた彼はますます苦い顔を見せたわ。


「正直、心臓に悪すぎる。見たい奴だけ見ろ」


 忠告。覚悟が固まった者たちの前で、それらが広げられる。

 人であったもの。そのそれぞれの四肢と骨が、ゴザの中に包まれていた。どれも損壊がひどく変な方向に曲がっているものもあった。そして、それらとは別に、大きな手ぬぐいで包まれた一抱えほどの物体も混じっている。その包みを解いてみて……。

 誰かが走り去る足音が背後から聞こえた。振り返った者は、遠ざかっていく背中が家で待機していたはずの彼のものだと悟ったわ。

 あり得ない。彼が勝手に抜け出して来たことじゃない。だって、彼は目の前にいるのですもの。首だけの姿になって、安らかに目を閉じたまま……。

 

 彼を追えた者の数は、ほんのわずかだったわ。それもぐんぐん引き離されて、すっかり見失ってしまう。

 家には帰っていない。皆の前に出された、あの竹笛の姿もなかったわ。彼らが再び外に出た時、「ピー、ヒョロロロロ……」という音が村の空気を満たし始める。

 とんびの声だ、と一部の人は思ったけど、音が高い。他の生き物か何かしらの道具を使わなくては無理。みんなが村はずれに駆け付けた時、あの竹笛が転がっていたけれど、彼はついに見つけることができず、話に出た老人の小屋にも、たどり着けた者はいなかったそうよ。


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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                      近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[良い点] えぇ…彼…怖っ!! 個人的にはサクッと読めて非常に面白かったです(^^)
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