泉田 恭子編 第2話
普通
話し声が聞こえる、トイレの中、どうやら私の話をしているようで、今日は何か普通でないことをしてしまったのかと焦りつつ、普通に罪悪感に駆られながらも聞き耳を立てた
「泉田さんってさ…なんかあれだよね、ね、わかる?こう…普通すぎてキモくない?」
「あ、わかるわかる、何もかも普通すぎてキモいよね!仕事の効率は普通、私たちへの反応や対応も普通だし正直つまんなすぎなんだよね~」
普通…すぎる?褒め言葉だよね…なんでキモいに繋がるんだろう、理解ができない、普通が一番なのに、妬みなのかな
「じゃあさじゃあさ、私たちで…」
なんだろう、普通に見かけるいじめでも始まるのかな、妬みって怖いよね
普通の人なら数ヶ月耐えたら心が折れそう、私もそんな気がするもん、それがふつ…………う?
…あれ、普通ってなんだろう、どれが普通だ、今出ていって何か言うのが普通?それとも静かにやり過ごすのが普通なの…?あれ?普通にしよう、普通に考えるんだ、普通に、普通でいないと、普通で…あれ、あれ、あれ、どうしよう、普通って何、普通にわからない、そっかこれが普通…???ていうか、なんでこんな事考えてるの私、考えちゃったら、私は………………
「普通じゃ…ないじゃん…」
声に出てしまった、視界が歪む、吐き気がする、あぁ、おしまいだ、悪口をいった人達が驚いて出ていった、気づかれた、あぁ、そんな事どうでもいいの、それより私普通じゃなかったんだ、あの時もこの時も、どんなときもいつだって、普通がどうか考えてた、考えたら普通じゃない、ここら辺で失敗するのが普通だとかここら辺で笑うのが普通だとかこれが普通であれが普通で普通普通普通普通普通…全部、普通じゃない、そうだ、そうだよ、私おかしい、おかしいよ、普通じゃなかった、どうしよう、普通になりたい、普通がいい、普通がよかったのに
よく見たら腕が、左腕がない、目も片方ない、私は普通だと思ってたのに、あぁ、私いつも車椅子で移動してたんだ、普通に歩いてるつもりだった、あれ、私、誰だろう、普通じゃないや、全然、普通じゃない、おかしいな、おかしい、全てが、私の見える全てが、普通じゃなかった、私は普通じゃ…なかったんだ
「…あぁ………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
発狂、視界が揺れる、恐怖がこびり付く、自分が普通でないことへの恐怖だ
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
泉田恭子は走った、屋上へと走った、そして何事も無かったかのように屋上の端で立ち止まり、遺書を残し、飛び降りた
残ったのは靴と、一言書かれた、その紙のみ
紙の内容は簡潔なものである
「私は普通になりたかった」
気がつくと私は病院にいた
「目が覚めましたか、泉田さん」
医者…憐れむように私を見ている、人間だ
「あ“だぢあ“………どう“…な“っで…う“の“」
声が普通じゃない、おかしい、なんで?
「…喉もダメになってしまいましたか…やはり現状ではこの病気は…」
病気…?私そんなの知らない、普通に生活してたよ、ねぇ先生、助けて
「ダ…ケデ…ゼン“……ゼ」
「…すみません、泉田さん、私共の力では…もう…貴女の“幼い”身体を手術することも出来ません…ごめんなさい…お母さん、お父さん、お二人の大切な娘さんを…私には救えない…」
何を言ってるの、私は今大人なのに、幼い?そんなわけ…………ッ!?
泉田は息を呑む
かろうじて視界に入った鏡
その視線の先にいたのは、まだ幼い、六歳の少女そのものだった
泉田恭子は普通ではなかった
生まれ持って普通でない子供に生まれ、一生涯を病院で過ごした
5歳と半年のある日、彼女は自分が普通ではないことに逃避した、体が不自由な分、頭だけは秀才だったのだ、彼女の脳は早々に大人になっていった為に、現実逃避の結果、夢で大人になるまでの一生を、半年かけて見続けたのだ
そしてその夢が…覚めた
普通でない自分という現実に、引き戻されたのだ
「…あ“あ“、ゆ“め“が………ゴッヂガ…ゆ“め“な“ら“、よガっダ……の“…に…」
ゆっくりと彼女はあるはずのない左腕を伸ばし
流れゆく涙を拭うことも出来ず、その腕はそっと下ろされもう動くことは無かった
夢ってのは残酷なんですよ
現実じゃないから、嘘だから苦しくなる
皆さんも現実ならよかった夢、ありませんか
彼女もそう思ったんでしょうね、ええ、誰よりも
この後おまけとしてもしも彼女が病気でなければ
を少しだけ覗かせてみようと思います
もしもの話も、きっと彼女には幸せでしょうから