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素直ちゃん  作者: 鳥音
素直ちゃん第一章 素野 夏生編
3/7

素野 夏生編第2話

愚かなる完璧少女


コンクールが始まり市長の挨拶やらなんやらが夏生の中では華麗にスルーされ、即座に演奏が始まることとなる


現在の時間は午後1時50分


ちなみにコンクールは参加者25人

うち2人が夏生と順音である

夏生は19番目、順音は22番目の演奏者である、それまでは最前列の客席からライバルを見続けることとなる



一番、御坂井(みさかい) 不月(ふつき)


~♪


鮮やかでかつ、繊細なピアノの音、ピアノといえばこれだ、というような、綺麗な音色である…が


「汚い、穢らわしい、よくそんなのでココに存在していられるわね、憐れな少年」


その声が響いた途端、ピアノの音色は静寂という唯一無二の音に呑まれる、静寂はやがて恐怖に包まれ、青年の奏でた音、そのものを無かったことにしてしまった


そして青年はどこから湧くのかもわからない底知れぬ恐怖にも呑まれ、死んだ目で鍵盤を見つめ続けるだけの“人形”に成り果ててしまった


その様子を見て司会は夏生に近づく

「参加者様、ガヤはご遠慮いただけないだろうか、毎年毎年素直なのはいいことだが、少々やりすぎだとは思わんかね」

すかさず主催者が口を挟む

「いやいや、司会者殿、こういうこともあってこそのコンクール、このぐらいで心が折れるような人間は一生かかったって優勝どころか5位にすら入れないような弱メンタルですよ、お許しになってくださいな、それに、嫌だと言うなら別の司会者を今から呼ぶことも出来るからのう?」


あからさまに夏生を擁護する発言であった


それもそのはずである、主催者はこの罵倒を含めてのコンクールだと見ているのだ、主催者曰く夏生がいるという恐怖がなければコンクールは成立しないという


主催者の発言に渋々と黙った司会者、不月の方に向き直り声をかける

「リタイアかね、不月少年、まだやれるかね」


しかし不月は返事などまるでせず、ただ抜け殻のようになりながら鍵盤を見つめていた


5分後、不月はあまりにも放心状態の為に無理矢理担架で運ばれる事態となった


それから先のことは、もう読めたものだ


2番目、3番目と夏生は罵倒を続けていく


「キミ、雑」「素朴」「才能なし、消えなよ、憐れだから」「なんなの、全てがキモい」「下手くそくすぎ…耳が痛い」「論外」「そんな音しか鳴らせなくて、ピアノを弾く人生として生きてて楽しい?」「音はいいけど顔が無理、整形しろブス」「どうしてキミはそんなに下手なの?馬鹿なの?ねぇ教えてねぇねぇねぇねぇねぇ」


そうしているうちに気づけば夏生の番となった


~♪

そして夏生の演奏は誰よりも美しく、罵倒する余地などないままに終わりを告げた


「これが演奏、これがピアノよ、ゴミ共、理解した?分かったらもうやめてね、醜いピアノ“ごっこ”をさ」


その一言は否定なんて決して許されない、圧倒的な圧力だった、なぜなら技術があったから、圧倒的技術、圧倒的才能、それは最早人の域を超える代物であった


同じピアノであるとは思わせない美しい旋律、寸分の狂いもないリズムの中に多彩に彩られた音符、音とは何か、演奏とは何か、それすら知らない人間でさえも涙を流すほど美しいその音は、演奏は、会場を歓喜の渦に巻き込む


「アイツ口だけじゃない、神の手を持ってやがる」

「いままで俺は何を聞かされていたんだ、今思うと汚い音色だったもんだな」


そうして会場は瞬く間に夏生一色に染まった


その後実力差を見せつけられた参加者は皆辞退を申し出ることとなった、唯一順音だけが残り、誰も期待をしないまま演奏が始まる


しかしその期待の無さを裏切るのが順音である

曲調、音程、アレンジ、その何もかもが夏生とはまた別の種類であり、別の世界である

優しさの中の暖かさを、聴き心地の良いゆったりとしたきょくを弾いた夏生に対し順音は正反対のトゲトゲしくも興奮する演奏を魅せたのだ


流石従姉妹であると言うべき演奏もまた、あっという間の出来事であった


演奏は終わり、順音が礼をする


「私とは違う形で、素敵だったよ、私には及ばないけど、美しかった、順音、お疲れ様」


客席から声をかける夏生に順音はタタと駆け寄り笑顔で抱きつく

「有難うございますお姉様!わたくし誠心誠意頑張りました!お姉様の足元くらいには及んだでしょうか?」


「うん、私の膝くらいまでは許してあげる、成長したね順音」


夏生の言葉に順音は顔を真っ赤にして喜ぶ

「お姉様ぁぁぁっ!好き!!!愛してますよぉぉぉ!!」


「あぁもううざいくどい離れてキモい」

夏生はぐいぐいと顔を押し離そうとする


「さあ!従姉妹同士の謎の愛情も深まったところで結果発表と参りましょう!」


高らかな司会の声に夏生は疑問を覚える


「あれ?結果発表ならさっき終わったよ、私が1位、コンクール優勝、順音が2位で他は逃げた、それだけの話でしょ?」


「あらあら自信がおありのようで、ですが夏生さん、結果は聞いてからのお楽しみですよ、さぁ!栄えある1位は!!!!」


ジャガジャガとなるドラム音

定番の奴だ、そしてシンバルが強く叩きつけられる


ジャァァァァンッ


その音と共にスポットライトに当てられた、優勝者は


勿論夏生であった


「はい、お疲れ様」


「ちなみに2位は順音様、3位は不月様となります」


「はぁ?順音は当然として3位が才能無し男??おかしいでしょ、おかしいおかしいおかしいいい!!!」


順位に不服な夏生の元に主催者は駆け寄る


「落ち着いてくだされ夏生殿、貴女が罵倒した結果皆辞退して行っただけの話です、記憶にお有りでしょう?」


「あ、忘れてた、てへてへ、まぁそれならいいや、帰ろ帰ろ~」

楽観的すぎる夏生に主催者も流石に呆れ果てるばかりである


「お姉様~取材は無視の方向性ですかねぇ?」


「え?飽きたー帰るのー帰って遊ぶ、てか寝る、ねーるーのー」


まるで駄々をこねた子供のようになった夏生に苦笑いをしつつも取材陣を無視し、順音は夏生と手を繋いで会場を後にした


家に帰ろうと車に向かう順音と夏生の前に男が出てきた


「邪魔なんだけどラッキー3位さん」


虚ろな目をしながら目の前に立つ不月に夏生はすかさず暴言を吐く


「お姉様…なんかこいつやばそうです、離れましょ?」


順音は少し怯えた目をしながらくいくいと手を引っ張る、しかし夏生は今すぐ真っ直ぐ帰りたい為に微動だにしない


「臆病だね順音、どうせなんもできないよ、死んでるし、目が」


すると不月はふらふらと距離を詰めてくる


「何、キモい、寄るな、触ったら殺す」


その言葉に不月は反応をせず、更にふらふらと距離を詰める、流石にまずいと思ったか、夏生は順音の手を離し少し遠くに押し離した



その刹那、夏生の腹部に鈍い痛みが走った、油断である、順音の遠ざけようと不月に全く注意を向けなかったのだ、気づけば目の前にまで来ていた、手には赤々しいナイフが、夏生の身体から引き抜かれていた


「…ッ!?痛い…ッ何すんのクソ男!!」


夏生は思いっきりに不月を殴る、不月は勢いよく地面に叩きつけられる、しかし不月はゆっくりと起き上がり、虚ろな目をしたままに“にやりと深い笑顔を浮かべた”


夏生は殴った後に痛みが続いていて、しかも血が出ていることに気づく


「痛い…痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!」


発狂、その声は夏生のものであり、夏生のものでなかった、彼女の素直さは痛覚であろうと変わらない、痛みがある以上それを痛くないと言える我慢強さは素直さとは繋がらないのだ


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ死にたくない死にたくない死にたくない嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ苦しいよぉ痛いよぉ死んじゃう死んじゃうよねぇ痛い痛いの誰か痛いよぉ私痛いの痛みが痛くて痛さで痛くて痛みが痛みで痛みの痛みを痛んで痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛「お姉様、落ち着いて、大丈夫、死なないですよ、大丈夫です、病院行きましょ?私、今傷の簡単な手当しますから、ね?」


叫び続ける夏生を落ち着かせながら順音は綺麗に傷を手当していく、刺されてから5分

すぐに救急車と警察は駆けつけ、叫び疲れて寝てしまった夏生は病院へと運ばれていく


1時間後、無事手当を終え痛みの弱まった夏生は目を覚ましていた


「痛い…なんなの…なんでこんな目に…下手なのがいけないクセに…私は悪くない…くそ…死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね、くそっ…くそ…ッ!!!」


「落ち着いてくださいお姉様、不月とかいう人間社会の不適合者、無差別殺人事件で一生外になんて出られませんから」


「知らないよ、そんなの、殺す、絶対殺す、痛い、殺す、ムカつく、死ね、殺す」


あからさまにイラついている夏生に順音は戸惑いながらも優しくなだめる、勿論夏生は落ち着くわけもなく勝手に病院を抜け出そうとする


「行ってくる、待ってて順音」


「ちょっと、お姉様どこへ?行かせませんよ、せめて傷を治してから私に相談してくださ「うるさい、殺す、殺すうざいうざいうざい!!!!!!」

もう誰の声も聞こえていない、痛みすら感じていなかったのかもしれない、殺意と怒りに満ちたその目は最早、完璧を絵にしたような素野 夏生と呼ぶには醜く、人とすら呼べないようなソレであった


「待ってろよ…今苦しめてやる…絶対に、許さない…」




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