フィーネと魔法教室
翌朝。
「ふわぁ・・・」
小さく伸びをする。つい寝過ぎてしまった。
「召使ってことは仕事は朝からだよな。取り敢えず草刈りか。道具が何処かにあればいいが」
朝日が少し昇ったくらいの時間だ、どうせ二人は寝てるだろう。自分で探すか。
「あら。貴方朝は強いのね」
身支度を終えて階段を降りると、銀色がお出迎えしてくれた。
「そのまま返すよ。こんな朝から何をしてるんだ?」
「魔術の研究、よ。いつもこんなに早いわけじゃないけど、今回は夜明けにしたいことがあったの」
「勤勉なこった。そういえば、朝飯は作らなくていいのか?」
「私は朝バラバラだし、フィーネは起きられないからいいわ」
「そうか、それは助かる。それはそうと、草刈りの道具はないか?」
「早速仕事をしてくれるのね。ありがとう。色んな荷物、道具、材料は貯蔵庫にあるわ。ついてきて」
そういうと外に歩き始めた。大概のものは揃いそうだ。
「ここよ。この中に色々あるから見てみて」
・・・どこにあるんだ?
「たぶんあの辺にあるんじゃないかしら」
ざっくりと奥の方を指さした。
「普段使わないからどこに何があるのか正確には覚えてないわ。ごめんなさいね?」
仕方がない。それくらいは覚悟していた。
「いや、素手でやるより遥かにマシだ。自分で探すよ」
「お願いするわ。私は実験の続きをしてるから、何かあったら地下に来てくれればいいわ。」
「了解した」
さて、始めますか。
・・・と、草刈りと料理を繰り返すこと数日。彼女達がいう世界の仕組みは何となくだがわかってきた。少なくとも、この屋敷から外が無いというのはわかった。相変わらず吸血鬼だの魔術だのという内容のことは教えてくれないが。
それから、書斎が充実している。知識のほとんどはそこだし、あるいは魔術とやらもある程度は使えるのかもしれない。
「ようやく先が見えてきたな」
うっそうと茂る草達を(一部)打倒できそうだ。
「結構進んだわね」
陽が真上に来る頃には、コーディリアは今日の実験の目途をつけたらしい。休憩がてらの散歩タイムといったところか。
「真っ平になるのもなんだから、植え替えながらするぞ」
「やり方は貴方に任せるわ。ところで何を植えるつもりなの?」
「何か、までは具体的にはわからん。貯蔵庫に積まれていた種だからな」
「へえ、何が咲くのか楽しみね」
「綺麗な花が咲くとは限らんぞ」
「そういわずに。楽しみにするくらいいいじゃない。貴方は好きな花とかないの?」
「俺が花を愛でる趣味を持ってるように見えるか?そういうコーディリアはどうなんだ」
「私?私は・・・そうね、見えるかしら、あの門の隅に咲いている花」
「あの小さい青い花か?」
「そう。最初は別に何ともなかったんだけどね、一回も散ってないのよあの花。ずっと咲いているから愛着が湧いてきちゃった」
「ずっと?なら多少なりとも魔力を持った花かもしれんな。実験に使おうとは思わないのか?いい材料だと思うが」
「あのねぇ、気に入ってるものを材料にして壊すような真似しないわよ。というか私は何でも躊躇無く使うような魔術師に見えるの?」
「言ってみただけだ。まああの花の花壇を作れるかは検討してみよう」
「あら、ありがとう。見た目と違って優しいのね」
「煩い。変な思い違いをするな。それとあまり期待はするなよ。一輪しか咲いてないものを増やせるとは思えん」
「ふふっ、冗談よ。まあ楽しみにしてるわね」
てくてくと屋敷の方に歩いて行ってしまった。
「もぐもぐもぐもぐ」
きりのいい所で屋敷に戻ると、金髪がもぐもぐしていた。
「何食ってんだ?」
「ふぁふぁーほーふふぉふぁよ?」
「飲み込んでから喋れ」
「・・・んくっ、バタートーストだよ?」
フィーネは幸せそうにパンを頬張っていた。
「ごめんなさい、この子がお腹空いたみたいで、先にお昼を食べさせたの」
「別にコーディリアも先に食ってて良かったのに。むしろ召使を呼びつけて作らせる立場だろうが」
「貴方の仕事が終わりそうだったからよ。というか召使とは言ったけど、奴隷のように扱うつもりはなくってよ?」
「それはありがたいことだ。さて、待っててくれたことだ、ご主人様の分も昼飯を作ってこよう。ご希望は?」
「そうねぇ、単純だけれど、パンとスープをお願いできるかしら?」
「了解した」
おそらく今日は朝食も食べていないはずだ。もう一品くらい作っておくか。
「サラダまで作ってくれたのね。ありがとう」
「どういたしましてっと」
本当に感謝の言葉を忘れないな、コーディリアは。正直慣れないから調子が狂う。
「午後は掃除でいいんだよな?」
同じようにパンを頬張りながら聞いてみる。
「そうよ。例によって、どこからどんなふうに掃除するかは貴方に任せるわ。フィーネは魔法の練習をちゃんとするのよ?」
「はぁい」
満足して眠りかけていたフィーネが答える。
満腹で寝るとか子供かよ。・・・子供か。
「今日はテストするからね」
「・・・ええっ!?聞いてないよ!?」
「だって今思いついたもの」
「ひどいよリア~。・・・フィーネ練習してくる。ゆっくり来てね!ゆっくりだよ!」
何度も振り返りながらフィーネは階段を昇って行った。
「抜き打ちテストとは可哀そうに。魔法の先生役ってところか?」
「まあそういうことね。ちゃんとした魔法を使えるようになっておかないと後で困るでしょうから。あの子は才能もあるから、成長が楽しみっていう理由もあるわ」
微笑を浮かべながら言う。
「そうね、貴方も見に来る?仕事は別に後回しでも構わないし」
「気が向いたらいくよ」
「惜しかったわ。でも残念だけど不合格よ」
でそのテスト。
フィーネは正直かなりレベルの高い魔術を使っていたと思う。といってもここにきてからこっそり読んで覚えただけの知識だが。
「まだ足りないのぉ・・・?リア厳しいよ・・・」
「そう落ち込まないで。凄く良いところまで来てるから、あと少しよ」
コーディリアは相当ハイレベルな要求をしているらしい。
「でもリア、魔術炎の中にもっと魔法を入れるってどうやって使うの?魔法に魔法は難しいよ?」
炎自体の精度も範囲も十分だった。だが中に組み込んだ何かの術式が若干不安定なように思えた。そこか?
「ちなみに中に入れる魔術の意味は分かった?」
ビンゴか。
「わかんなかった・・・」
「これも宿題だったでしょう?まあ抜き打ちだからいいけどね。・・・うん、もう良いでしょう。お手本を見せてあげるわ。フィーネ、何か武器を撃ってきてみて?」
「なんで?リアが魔法撃つんじゃないの?」
フィーネは疑問符を浮かべながら立てかけてあった二本の長剣を魔術で動かした。
「じゃあいくよー?えいっ!」
コーディリアの右腕から青い炎が現れると。
「うそ?!」
「これは・・・凄いな」
剣が炎に吸い込まれて消えた。というより、散った?
「フィーネ、わかる?」
「んーと、ぶ、分解??」
「そ、大正解!炎でカモフラージュした物質分解の魔術よ。揺らいでたり薄くした分不安定だけれど、金属の剣みたいな簡単な構造のものなら分解できるし何より見えにくいから不意打ちにピッタリなのよ。」
なるほど。魔術師の苦手な近接戦闘でのカウンター用というわけか。
「普通の敵で一番考えられるのは金属武器での近接攻撃。だからフィーネも頑張ってできるようになった方がいいと思うわよ?」
「わかった!なんか正解みたらできる気がしてきたから、フィーネもういっかい頑張ってみるね!」
何回か繰り返すと少しずつ安定してきた。
「なるほど。コーディリアが期待するわけだ。」
「ね?凄く飲み込みが早いでしょう?楽しみで仕方ないわ。フィーネ、今日のテストはこれで終わり。頑張って完成させてみてね?」
「はーい!」
こうしてコーディリアの魔術教室は幕を閉じた。うん、この二人は本当に相性が良いらしい。
「ちょっと、自由にしてもいいけれどさぼっていいとは言ってないわよ?」
どうやら今日はこれで終わりとはいかないようだ