死闘、そして
ブンッ、とうなりをあげて鼻先を槍の穂先が掠める。わずかに上体を逸らして避けるも、かすかに鋭い痛みが走る。右足を軸に体勢を立て直し、右手のダガーをその腕めがけて振り抜く。しかしそれは、視界の外から来たもう一つの鎧に触れて霧散する。正面、右側、左側と視界の端に黒色がうつり、即座に後ろへステップして離脱する。
「ほらどうした、まだ行くぞ?」
「「「…」」」
無言でステップを狩りにくる兵士。着地すら出来ない。
「『重力』」
一瞬だが、上向きの強い重力を生み出し、そのまま急上昇する。こうすれば攻撃は届かない。しかし。
「いつまで逃げているつもりだ?どう足掻いても貴様に勝ち目などなかろうに!」
「うっせぇそこで黙ってろ!」
物質以外を作り出すのは、具体的にイメージが湧きにくいからか負担が大きい。さっきから頭がクラクラする。
でも、死ぬよりは、遥かにマシだ。
「『レイピア』」
空中から、少し奥の兵士にわずかに見える鎧の隙間。対象と凶器、そして目標地点。その間に障害物も無し。重力が解け、下降していく中、確実に殺るなら。ミスしないように強いイメージを描く。大丈夫、やれる、やれる。
「すぅ…『転移』!」
「?!」
真横にあった細剣が唐突に消え、ダンッ!という音と共に「体に直接現れる」。当然、そこにあったはずの肉体は押し退けられ、血飛沫すらなく兵士が膝をつく。同時に、自分にも強い反動がくる。
「がはっ…、流石に、これは無茶、か?」
「おにいちゃん!」
「なっ、空間転移だと?!」
口元から血反吐を吐き棄てる。立っているのも辛いほど。膝が折れないよう力を込めて、沈む身体に逆らう。背後の少女達も、痛みも堪えて立ち上がったらしい。
本当は休んでいて欲しいが、そんな余裕綽々な状態でもなし。それどころか、敵も学習しているようで、自身の隙を隠すような動きを見せる。…これでいよいよ、打つ手が無くなってきた。と、後ろから声がかかる。苦しそうな、しかし決して投げ出すそぶりもないような声。
「エリク、体勢さえ崩せばやれるわね?」
「その身体でできるのか?」
「質問に答えて」
真剣な声に、ふっと息を吐いて前を見つめる。禁術使いに吸血鬼。よく考えれば、あの二人だ。なるほど、今まさにこういうときが誰かを信じるべき時なのだろう。両手の剣を握り締め、信頼と覚悟と色んなものを込めて、低くはっきりした声で答える。
「当然」
刹那、風が巻き起こる。フィーネとリアの歌うような声が重なり、その透き通った、少しばかり苦しそうな声に、綺麗だなんて場違いな感想を抱く。二人で声を揃えた詠唱は、ホールに強力な場を生み出す。風自体は何一つダメージはないが、次の瞬間にその意図を理解する。
「なるほどそれはいい」
「ちぃ、鬱陶しい!」
戦闘の衝撃で割れていた床の塊、ホールにあった折れた柱、そういったものが全て二人の起こした風に巻き上げられていく。そしてそれは、ヴェルナスを中心に円を描いて高速で回転を始める。魔力で編んだ風自体は防がれても、高速で飛来する大きな質量の物体、純粋なエネルギーの暴力に魔術破壊は機能しない。いくら鎧が強固であれ、よろめきもしないというのは無理があるだろう。つまりそこを、
「俺が叩けばいいんだなっ!」
突然の衝撃に同様する兵士に向けて右足を蹴って駆けだす。その動きに沿って、俺が加速できるような向きに風が変わる。魔術破壊のない体は、むしろプラスに働いていた。追い風にのって素早く力強い一撃を、体勢を崩した兵に叩き込んでいく。一人、また一人と急な状況変化に対応できない兵を、刻々と変わる風とそれに乗った物体が襲い、そしてそこに刃が届き。その兵の残骸すら風に乗り、また残る兵への凶器となる。唯一ヴェルナスだけは衝撃に襲われることなく立ち回っているが、それでも風で加速した上にそのまま重力が減ったかのように飛び回る体を槍の切っ先は捉えられないでいる。
小さく振りぬいた腕の先から、最後の血飛沫が上がる。それを機に風は止み、一人と三人が対峙する。しばらく「忌々しい」という雰囲気をまとっていた一人が、ふいに肩を下ろし哄笑する。
「ふ、ふふ。ははははははは!見事、見事なものだな鼠ども!まさか自分以外が全滅するとは思っていなかったぞ!」
「何を笑っている。最後はお前だヴェルナス!」
剣先を向けられた鉄面は、さもおかしいというように首をかしげる。
「何を言うか。私に魔術も剣もきかぬ!風がどうした、すべて避ければいい。跳ね回る野鼠一匹、すべて捌くのも容易い事。当たったところで一撃で落とされるわけもなし。だが貴様らはどうだ、一発でもこの穂先がとらえればそれでおわりよ!」
再び槍を構え、鎧など無いかのような敏捷さでこちらにとびかかる。手負いのままで避けるのは至難の業だが、後ろ二人の支援のおかげで何とか立ち回る。それでも頭には焦りが浮かぶ。なぜなら、目の前の男が言うことに何ら間違いはないから。何か、何か手はないのか!そう考える間にもたった一本のはずの槍に執拗に追い回される。
リアが悔しそうに呟く。
「エリクの剣が届きさえすれば…!」
フィーネが泣きそうな声で呟く。
「フィーネがもっと魔法頑張ってたら…」
俺もここにきてから大した魔法は覚えられなかった。戦闘訓練など当然できていない。いっそフィーネのようにリアに教えてもらうべきだったか。あの魔法教室みた、い、に…
「リア!!魔法教室だ!」
「えっ?」
突然叫びだした俺に困惑するリア。だがこちらの思惑をつかみ取ろうと必死に考えている様子がうかがえる。的確に伝えるべく、簡潔に、分かりやすく、回らない頭で言葉を紡ぐ。
「一瞬は壊せるんだろう、あの禁術を!」
「でもその下の鎧が…。魔法教室?あっ!」
なんとか伝わったのか、小さく声を上げるリア。焦りながら小声でフィーネに伝えると、目を丸くして驚き、そして不安な顔に変わる。
「リア、フィーネにできるかな?まだ成功してないのに」
「大丈夫、できるわ。自信をもって!」
「…うん、フィーネ頑張る!」
「それでよし!一撃目は私にまかせなさい、意地でも壊してみせる!」
なんて頼もしい二人だろうか。ヴェルナスから距離を大きくとり、負けじと声を張る。
「俺も必ず仕留める!だから任せたぞ!」
いかにもこれから勝負にでるという様子に、余裕をもって足を止めるヴェルナス。腕を横に広げ、口角を上げた笑みを思わせるような声で話す。
「いいぞ、何をするか知らんがどうせ無駄なこと、すべて受け止めたうえでその絶望ごとひねりつぶしてくれる!」
「その余裕が仇になるだろうな、死んでから後悔させてやるよ!」
「ぬかせ!」
リアとフィーネが詠唱を始める。特にリアは、彼女のほとんど限界を超えた魔力を編んでいく。もうすでに力尽きかけているなかで普段よりはるかに強い魔術を放とうとしているのだから当然だ。頭上に巨大な魔力の塊、異常なほど密度の高い濃い青色の球体が浮かび上がる。その光はホール全体を明るく照らし、さながら宇宙を喚びだすかの如く。絞り出したかのような大声で、長い詠唱を歌う。
俺も確実に命を刈り取るために頭を巡らせる。ここで失敗するわけには行かない。自分達の命を守るため、相手の命を奪う為。そしてリアが最後の一節を叫ぶ。
「Hiems et inferni!!」
ホール全体を吹き飛ばすほどのエネルギーの奔流が球体からあふれ出す。轟音が鳴り響き、強大な魔力のビームラインがまっすぐに黒く重い鎧を撃ち抜く。それにとどまらず周囲の温度は極低温まで下がり、砕けた床や柱の欠片が瞬時に凍り付き、鋭利な氷塊として降り注ぐ。その膨大な力は魔術破壊に触れると、その禁術が発動するほんのわずかな時間でその魔術回路の莫大なはずの飽和量に達して、本体へとそのエネルギーを打ち付ける。そのままなら、硬い鎧を貫く前に魔力が尽きるだろう。事実、リアの魔術の最大火力はそう長くは続かず、鎧の表面にあの禁術が再発動する。
はずだとヴェルナスは思っているだろう。
「フィーネ!」
「いっけぇぇぇ!!」
フィーネはリアの魔術に続くように、いやほぼ同時と言っていいほどの時間だろう。僅かばかりあとからもう一つの魔術をうつ。それは、この作戦の要。そしてフィーネの成長の証でもある。
「!?」
ヴェルナスの黒い鎧が「消える」。より正確には、霧散したというような。そしてそのむき出しになった身体に、無数の氷の刃が突き刺さる。最大の盾を失った男は、ついに驚きと怒りを露わにした歪んだ顔をさらけ出した。
「エリク!」「おにいちゃん!」
「『転移』ッ!」
景色がパッと切り替わり、眼前にヴェルナスの双眸が現れる。同時に脳を恐ろしいほどの強い衝撃が襲う。だがここで止まるわけには行かないのだ。血反吐を吐きながら、最後の一撃に全神経を集中させる。右手をふり下ろしながら、言霊を紡ぐ。
「貴様ァァァァァ!」
「『ワスプナイフ!!』」
右手に小ぶりのナイフが生まれ、転移した勢いのままに心臓を貫く。全体重をかけたその一撃は確実に臓器まで届き、その肉を引き裂く。鮮血が傷口から吹き出して自身の顔を汚し、それでも奥まで捻じりこむ。ナイフを握る手がその胸に沈み込むほどに。
「がああああッ!!」
まだ抗おうとするヴェルナスに、小さく右手を動かす。それはナイフへと伝わり、バシュンッ、と鋭い音を立てる。引き裂かれた肉の隙間から、低温の高圧ガスが溢れる。…この武器は、ただの鋭いナイフではない。中に組み込まれた機構でガスが噴き出し、周囲のものを瞬時に凍らせる。貫いた肺も心臓も、多くの血を失ったまま、永遠にその活動を停止させる。そのまま斜めにさらに引き裂くようにしてナイフを抜く。ガスの届かないところからまた血があふれる。
低い呻き声をあげながら、そうまでしても蠢いていたヴェルナスは、ようやっと、ゆっくりとその動きを止めた。
「はあ、はあ…、やった、のか…?」
「おにいちゃん?」
生死を確認する時間もないまま、視界がブラックアウトしていく。横目に見ると、フィーネは床にへたりこみ、リアは完全に伏せっていた。死んではいない、よな。小さく安堵の息を吐きながら、意識は暗闇にのまれていった。
ーーー数日後。
あれからしばらくは、壊れきった館で休んでいた。流石にすぐ動けるほどの状態ではなかった。だが幸いなことに、3人とも致命傷は負っておらず、傷も疲労も時間が解決してくれた。
「さて、準備はいいかしら?」
いつの日かを彷彿とさせる台詞。3人はそれぞれが最低限の荷物をもって横に並んでいる。フィーネに至っては、遠足前の子供のようにそわそわしている。
今いる定域がバレて、さらに一つの部隊を壊滅。そんな状況でここに留まりつづけるのは無理がある。そう判断したのはつい数時間前のこと。また渡航してくる前に、自分達から別の定域に行こう、という提案に反対意見などなく。とはいえ、
「本当にこれでいいんだな?第二の故郷も手放すことになるが」
「いいんじゃない?また襲われるのは懲り懲りよ。まあ、本音をいえば、ほんの少し後ろ髪をひかれるけれど」
リアはそう言うと、隣のフィーネの髪を撫でた。えへへ、と気持ち良さそうに頬を擦り寄せる少女に、リアは優しく微笑む。
「私はこの子と一緒に居られればそれで幸せだから。…あとついでに貴方も、ね」
「そうかい。それは、よかった。そういうことなら、俺もこの逃避行にお供しようか。何せ召使い役だからな」
ぎこちない、そして素直とは言い難いお互いの言葉に、思わずふっと笑みを零す。風になびく銀色の髪が、やけに綺麗で見惚れそうになる。
「何わらってるの二人とも?じゃあいくよ、準備はいい?リア、お兄ちゃん!」
「何でもないわよ、宜しくね、フィーネ」
「何でもない、任せたぞ、フィーネ」
「ふふっ、なかよしさんだねー!」
大きな大きな立派な門。多少壊れてしまってはいるが、その豪華で繊細な装飾は今も健在。その門が、今ゆっくりと軋んだ音を立てて開いていく。先頭にたったフィーネが、得意げな背中をみせている。次の定域はどんなところなのだろうか。少なくとも、楽しく過ごせる場所であればいいが。
身体にが浮遊感に包まれ、周囲が白く眩しく染まる。3回目の定域渡航は、逃亡生活の始まり。…いや、違うか。これは、楽しい旅の幕開けだ。
「それじゃあいくね!せーの、ジャンプ!!」
あああようやっと終わりましたぁー!!!
初めて長編の完結、達成感が凄いです笑
長かったですね、序盤の書き方とか見てると黒歴史見てるようで悶えます
まあ、何かの機会があれば治す、かも、笑
さて、ここまで読んでくださった読者の皆様、本当の本当にありがとうございます。
解決してないこととか、気になることが沢山あることでしょう。
ええ、これはあくまで彼らの始まりの物語。
もしかしたら、本当にもしかしたら、「続き」を紡ぐかも、しれません。その時はまた読んでくださると嬉しいです。
それではこの辺で。最後にもう一度。
読んでくださってありがとうございます!
そしてエリク、リア、フィーネ、3人ともお疲れ様!!




