天敵
「もう!いったいどれだけいるのよ!」
「リアそっち一人いったよ!」
「こないで、よっ!」
こちらに向かってきた黒フードに意識を集中させ、その身体に氷の柱を突き刺す。
「がはっ…」
体を貫かれて血を吐きながらなお、こちらへ進もうとする様子に怯みながらももう一度。氷柱は地面ごとその体を打ち抜き、ようやっとその場に停止する。透明な薄水色に赤黒い液体がへばりつき、軽い吐き気を覚える。
エリクと別れて正面に来た私達は、その殺意の量に圧倒されていた。いや、圧倒される暇もなく応戦せざるを得なかった。殺らなければ殺られる。ここが戦場なのか、そんなことを頭によぎらせつつ、目の前で動くものの息の根を止めなければならなかった。ぱっと見で三十人。そのうち身軽そうなものが二十、鎧を着込んだ重装備のものが十。その全員が黒いフードを被って顔を隠している。その中に、一際大柄で一段と大きな鎧に、巨大な槍を携えた男が見えた。そいつは一番後ろで仁王立ちし、フードの下から覗き見える顔は、汚く口を歪ませていた。
「Summonicionem,Glaciei golem!」
二人での対処は不利と判断した私は、数を補うべく召喚獣の召喚を試みた。いくつかのおおきな魔法陣が地面に青く輝き、その場所から氷像が現れる。私の三倍はあろうかというその巨体は、剣も槍もものともせず、その質量でもって敵を弾き飛ばす。壁に打ち付けられた一人は、そのままグッタリとその場に倒れ伏した。
「ふふ。やるではないか小娘共。だが、だかな。そもそも勝機などないのだよ。諦め給え」
しわがれた低い声が響く。誰の声かと見渡したが、すぐにその主は見つかった。一番奥にいる巨体。それが口を開いたのだ。それは、低くくぐもった老人のような声で何かを呟くと、不気味に口角を持ち上げた。すると、十人ほどの鎧が、ゆっくりとこちらへ向かって歩み始める。
「こっちこないで!!」
フィーネは既に黒い翼と赤い瞳、牙をむき出しにした吸血鬼状態になっている。その瞳で真っ直ぐに鎧を見つめると、その周囲に黒い霧が生まれだした。
「のまれちゃえ!」
黒い霧が敵を包む。そしてそのまま、無数の手のようなものが影からうまれ、敵を引きずり込もうとその体を掴む。はずだった。
「えっ…嘘」
確実に敵を葬るはずの一撃は、その体躯に触れた瞬間に霧散した。影から手が消え、霧は急速にその密度を失い、呆然とした表情でフィーネが立ちすくむ。吸血鬼の魔術を防ぐ方法など、数えるほどしか存在していない。動揺する間にも、十の鎧はゆっくりとこちらへ歩み続ける。そしてあろうことか、私の特殊な召喚獣、つまり禁術すらも、触れただけで粉々に破壊した。一足先に我に返ったフィーネが、様々な攻撃を仕掛けるも、その悉くは霧散していく。そこまできて、ようやくその解答にたどり着く。
「まさか、禁術?!」
その声に呼応するかのように、巨体を揺らしてしわがれた笑い声が響く。これでもかというほどに口元は歪み、かすかに覗くその双貌は、昏い光をたたえていた。
「ふっくく、ははははは!!まさか自分だけがソレを使える特別な存在だとでも思っていたのか?貴様がいったい誰にすべてを奪われたのか、忘れてしまったと?愚かで、馬鹿馬鹿しいことよな。そんな愚図は、ここで死に晒すがいいだろうさ!」
魔術破壊。数ある禁術の中の一つであり、禁術使いが魔術師殺しとなる所以でもある。それに触れたものは、あらゆる魔法体系であろうとその論理を破壊する。つまり、その魔術は魔術足り得ない、と強制的に定義される。1+1が2にならない、ということだ。そしてそれは当然、同じ魔術、禁術であっても同様である。基本的に、禁術は誰かに付与することを考えていない。だから、鎧兵士たちが直接使っていない以上、余程あのリーダーが強くなければ、私達の攻撃が弾かれることはないはず。
「そんなの…勝てるわけないじゃない。私達の全てが、無駄だなんて…」
「リア!とりあえず逃げようよ!そのままいたら殺されるよ!」
「いいぞ、いいぞ。逃げ惑え、哀れな小娘共!!せいぜい死ぬまで、この"狩り"を楽しませてくれよ!はっはははは!!!」
絶望に飲まれながら、それでもフィーネと一緒に屋敷へ戻る。まずは逃げなきゃ。…逃げて勝てるの?ここで終わるの?どうすればいいの?何も糸口をつかめないまま、徒に時間と体力だけを消費していく。どこ?私達が、生き延びる道は。