コーディリアアフター
「ところで」
先の一件が落ち着いた頃。
夜ではあったが、フィーネ以外は眠れずにコーヒーを飲んでいた。
「さっきずっとお前お前って呼んでたけど、ちゃんと呼んでくれないかしら?」
どうやら上から言われるのが嫌らしい。
「コーディリア、なんて長いんだよ。またお嬢様、とでも呼ぼうか?」
「やめて気持ち悪い。…私の事はリア、でいいわ」
へえ。
彼女なりの感謝、ということなのだろうか。
ちっとも格下からの呼び名ではない、なんてことは無粋なので黙っておく。
「有難く、そう呼ばせてもらおう、リア」
「ええ、それでいいわ」
そう言うと、満足そうにコーヒーを啜る。
「で、貴方の名前、いい加減教えてくれないかしら?」
まあそうなるよな。
名前は言えないとはぐらかしてきたが、今伝えないのは折角の信頼に傷がつく。
「と言っても、仕方ないから、と教える訳にはいかないってのが事実なんだよ。だから、―――仮の名、でどうだ?」
これにもリスクはあるが。
「名前を言えないのには事情がある。そして仮の名であっても基本使わないで欲しい」
「どういうこと?たかが名前でしょう?」
言霊使いにとっての"名前"がどれ程重要か。
名付ける、というだけで支配・被支配の対象となる。
それを知っておけ、というのは無理な話だが。
でも、それを軽々しく伝えていいものか。
思案していると、リアの不満そうな顔が目に入った。
―――そしてそれが、意外な程に嫌だった。
少し彼女に入れ込みすぎかもしれない。
そう思う時には、もう口を開いていた。
「言霊使いの名前ってのは重い意味がある。それは本人への強制力になりうるものだ。名付けられたものであっても同じ。だから教えなかったんだ。まだ信頼してない相手に、いざという時に強制されるのはごめんだからな」
恐らくある程度は理解出来たであろう、リアは少し翳った声で言う。
「強制力…。仮の名でもやめた方が良いかしら?」
俯く顔が少し寂しげに見える。
見えるだけかもしれないが。
「影響はあるが、わかった上で使ってくれれば問題無い。外では控えて欲しいがな」
「本当?それは良かった。じゃあ名前を考えないと。ふふ、同じくらいの年の人に名付けるなんて変な感じね」
笑いながら、リアはあれこれ思案を始めた。
まあリアのことだ、悪用するような真似はないだろう。
敵対したらとか考えても仕方ない。
これで良い、そう理性に言い聞かせる。
今を乗り切るのには必要なことだ。
「じゃあ、エリクなんてどうかしら?」
頭を整理していると、パッと閃いたようにリアが話す。
「エリク…まあいいんじゃないか。呼びやすくて」
「良かった!これで決まりね!これからもよろしくね、エリク?」
花でも舞ってそうな笑顔だな。
お互い打ち明けた途端これだ。
本当はかなり甘えたがりなのだろう。
今まではその相手がいなかっただけで。
「ああ、宜しく。まずはこの戦局を乗り越えてから、だな」
夜も夜だが、眠気はあまりない。
朝日に迎えられるまで、作戦会議は続いたのだった。