帰還
「…」
帰還後。コーディリアはあれから一言も口を聞いていない。
「フィーネ、今日はもう寝る…」
フィーネも疲れ切っている。
1度の渡航であれ程何度も存在否定をされれば無理もない。
少しはマシになったと思いたかったが。
「2人とも休んでろ。いつ何が来るかわからん」
コーディリアは無言で自室へ向かった。
―――相当精神にきてるみたいだな。
なんとか落ち着いて貰わないと自分の身も守れなくなるが。
「流石にもう寝ただろう。さて、防壁作りといくか」
夜。実は、定域を渡る際、帰還後、門から中、何度も魔力を感じている。いや、魔力というより視線か。
恐らく、偵察用の使い魔か遠見の魔術か。
完全に潰さないことには、何をやっても同じだろう。
「"短剣"」
不安定な彼女らを起こさぬよう、静かに、一気に仕留める。
幾本もの短剣を作り、それぞれが見えているであろう範囲内を一度に潰す。
「まあ、あっちにはバレるだろうから…。この後で結界はって、で
そっからか」
暗闇に薄く光る軌跡。
次は正面衝突だろう。
果たして、生き残れるのか。
五日目。
まだ襲撃はない。
彼女達は未だほとんど口を開かない。
かく言う自分も、夜中に書物片手に手当り次第の防壁作り。
不眠に近い体では話す気力は多くない。
「ご馳走様」
静かに席を立つコーディリア。
そろそろ、話をしておくべきか。
食後、その背中を追いかける。
「ふぅぅ…」
部屋の前。2度目のチャンスは期待出来ない。
ここでコーディリアの状態が決まり、それは結果的に3人の生死に繋がる。
説得は得意ではないが、直接ぶつかっていく他ないだろう。
控え目に、しかし確実にドアをノックする。
返事はない。
「コーディリア、今少しいいか。話したいことがある」
「貴方と話すことは何も無いわ」
明確な拒絶の意思。
少し卑怯だが、彼女の責任感を利用させてもらおう。
「そう言うな。気づいていないだろう?外の状況に。この定域がどうなってもいいのか?」
暫くして、不機嫌な顔が出迎えた。
「入って。そして手短に話して」
薄明かりの部屋。重い空気。
いるだけで気が滅入りそうな空間だった。
「で?外の状況ってどういうことかしら?」
こちらには顔を向けず、背を向けて座ったまま口を開く。
「管理局のことだ。おそらくここ数日の間に潰しにくるぞ」
コーディリアが息を呑む様子が後ろ姿から伝わってくる。
「――どうしてそんなことが貴方に言えるの?」
「かなりの数の使い魔と探知系魔術を確認した。全て潰したが、いつ仕掛けてくるか分からない状況だ」
「?!何で私にすぐに言わないの?!そうしたら対策だって出来たのに!」
振り向いて責めたてる。その顔からは怒りではなく焦りが見えた。
「そうやって冷静でなくなるからだ。そんな不安定なやつに何が出来る。すぐに殺されるのがオチだ。それに対策はほぼ全て打った」
「魔術を大して知らない貴方に何ができるのよ!」
「俺がどれほど書庫を漁っていたと思う?目を通せるものには通したし、考えうる方法は全て試した」
「…それでも出来るわけないでしょう。そんな膨大な魔力量貴方に維持出来るわけがない」
「その質問が来る辺り、今のお前に余裕がないのが明白だ。気づいてないか?既に魔力供給源を構築しているのに。魔力の性質など言霊でどうとでも変えられる。扱うのも難しくはない。まあ確かに疲労はしたが」
目を見開く。言霊の使い方など使っている人間しか知り得ない。
その汎用性は多岐に渡る。
「嘘よ。そんなこと…」
言いながら、魔力の変化を感じ取ったのだろう、目を下に向ける。
「言霊使いが嘘をつくか。数も種類もバラバラに大量のトラップや迎撃兵器を作っている。かなり削れるはずだ」
言うと、またしてもコーディリアは背を向けた。
今度は、苛立ちを含んだ声で。
「なら貴方は何をしに来たの?全ての準備を終わらせて、状況把握も出来ていない私を笑いに来たの?」
「違う。単刀直入に言おう。いつまで落ち込んでいる。このままでは足でまといだ。少し侮辱された程度でこのザマか。いい加減主らしく振舞ったらどうだ?」
容赦なく言葉をぶつける。
聡い彼女のことだ、どうせどう取り繕っても見透かされる。
それなら真っ直ぐ当たった方がいい。
この戦いは全員が全力を出せないと勝てない。
フィーネはコーディリア次第でいつもの快活さを取り戻すだろう。
要はコーディリアだ。
しかし、その彼女はこちらを見ようともせず、むしろ激昂をはらんだ静かな声で、はっきりと拒絶した。
「少し?貴方は何も知らないでしょう?黙って出ていって、目障り、耳障りよ」
「誰に対しても、何も知らないでしょう?と責める。当たり前だ、お前が教えて無いんだからな。自分勝手な拒絶はやめろ。こっちは迷惑どころじゃないんだ。話せ。お前の抱えているモノを。そこには、次の敵のことも含まれているはずだ。過去に何があった、そしてあいつらは何者だ。もはや当事者の俺には知る権利、いや義務がある」
俺は、あまりにも知らないことが多すぎる。そして、その尽くが重要なことなのだ。
「だから貴方に話すことなんてないと」
「なら知らないからと俺に当たるのはやめろ。そして嘘をつくな。どう見ても1人でなんか重いモノ抱え込んでんだろ。あいつ、ロビンフッドだったか。が言っていた言葉も気にかかる。何度も言うがお前の我儘で死ぬのはお前だけじゃない、俺とフィーネだ」
フィーネ、その名を聞くと逃げの言葉が止まる。
やはり、彼女は大切な存在、それを失うことほ避けがたいことなのだろう。当然ではあるが。
「…一切口を挟まないで。これは私の独り言よ」
そう呟くと、依然背を向けたままぽつりぽつりと話し始めた。
「私は、"リュード"という、小さな町に住んでいたの」