怠惰な関係
「おーい妙子」
そう呼びかけながら扉をノックする
「起きろー。月曜だからってサボるなよー」
しかし起きるはずなどないということは長年の経験で察知している。毎日毎日俺が妙子を起こしているのだから。
「・・・ったく、入るからな」
そしてまたいつもどおり部屋に入る。あいつをそのままにしておいたら夜まで寝て「夜か。じゃぁ寝よ」と言うのが目に見えている。
「まぁーた散らかしたのか」
妙子はある種の才能なのか、部屋を驚くほどはやく散らかすことができる。昨日はまだまともだったのに、今は見る影もない。
「しかたねえなー」
そう呟いて部屋を片付ける。だがその前にカーテンを開け朝の光を部屋に入れる。
「ん〜ぁああー」
妙子が色気も何もない声を上げる。窓から漏れる光を浴びて妙子の顔が見えるようになる。
妙子は学校ではかわいいとは言えないし、綺麗とも言いがたいという普通の位置づけにある。だが言わせてほしい、妙子はかわいい。もう半端じゃないくらいに、髪は綺麗な黒髪ロングだし、(けどいつもはぼさぼさ一まとめ)
目はきれいなブラウンだし、(だけどいつもは死んだ魚の目)
そしてちょっと背が低いけど均整がとれたプロポーション。(これだけホント)
そんな妙子が学校でもてないのは「身だしなみ整えんのめんどい」って言って適当に準備してるからだ。もしきちんと身だしなみを整えたら世界人類がひれ伏すね。(言いすぎ)それでも分かる奴は分かるのか告白とか受けたりすんのも稀にある。しかし妙子は「・・・めんどい」の一言で切り捨てたそうだ。
そんな妙子と俺の関係だが、はっきり言おう。片思いだ。いちおー幼馴染とかやってるが漫画のキャラ紹介で言うなら片思い少年(名前付き)てな感じだ。しかし惚れた弱みがなんとやら、こうやって世話を焼いているわけだ。そしてやっと妙子がお目覚めのようだ。そこへ俺は朝の挨拶をする。
「おはよ」
「ぁあー・・・・・おはょ」
そう返事を返したのを背中で聞きながら部屋のかたづけを続ける。妙子は朝の挨拶を返すのは普通にするがそこからベッドから引きずりだすのが大変なので先に掃除を済ませておく。
「・・・きょーおー」
そこへ少し間延びした呼び方だが京とは俺の名前だ。なんのようだろうと思って妙子の方を向いたら、ベッドから指先だけだして手招きしていた。
「なんだよ妙子」
「んー、ただなんとなく」
「そーですか」
返事を返しつつ片付ける手は止めない、手招きしている手も気にしない。
「きょ〜〜お〜」
呼ばれたので振り返る。手招きをやめていない。
「はぁー」
仕方ないので付き合うことにする。妙子は何気にガンコなのでかまうまで続けるかもしれんしな。しかしすこし近寄ってみるも反応は変らず、逆に手招きしているのが人差し指だけになるという怠けぶりを披露した。
「だからなに?」
すこしイライラしながらベッドのふちまでくる。すると手招きしていた指が俺のズボンのすそをつかんだ。
「なに?」
こんどはイラッとした気持ちを隠そうとしなかった。いったい何がしたいのだろうと思いながら最後通告のような思いで問いかける。
「んふー」
「なっなんだよ」
妙子は起きるでもなくただなにかたくらむような顔で笑っていた。その顔にやな予感を感じた瞬間に勝負は決まっていた。
「てりゃ!!」
「うおっ」
飛んだ。その表現がふさわしいと思う。あしをひっぱり上げたんだろうがよくわからないそんな状況で俺はひねりも何もない声で驚きを表現し、すぐには現状を把握できなかった。
「何だよいったい」
そう悪態をつきながら妙子の方を見ると驚いたことに
「・・・・・・何やってんの?」
「抱き枕」
動詞での返答を求めたはずなのに、名詞で返された。
しかしそのとおりだった。擦り寄って触られて抱きつかれる三段活用である。
「なななっ、なにをしてるんだい」
驚きすぎてさわやかな口調で接してしまった。
「ん〜?きょーって抱き心地がいいから」
理由が分かっても納得できるかは別問題であるからして、俺はうれしいけれど納得はできないという奇妙な思考体験をしながらなんとかこの状況からの脱出を試みる。
「んぁーーーーーー・・・・・ふっ」
鼻で笑ってみた。っていうか、で・き・る・かーー。こんな望みはしても拒絶するはずないこの状況。さっきと意見が違う?知るかーーー。しかしこのままではなんかまずいことになる。あっなんか柔らかい。っじゃなくて、しかし奴は俺の気持ちを知ってか知らずか離そうとはしなかった。
「きょ〜ぉー」
「なっなんだ」
そして奴は怠惰へと引き込む悪魔の言葉を口走った。
「もう、今日はさぼっちゃおーよ」
「っ!!」
「そんでー、一緒に寝よ!」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
このタイミングでこれか!!ってことはなにか、ついに俺の気持ちが伝わったんだなあぁ。じゃあこのままでもいいんだよね。そしてあわよくばいろいろと。
そして学校とか一階にいるおばさんとかいろいろと脳の片隅に追いやってもんもんと妄想(暴走とも言う)を展開してる間に肩に妙子が頭を乗せてきた。
キ・ターーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここで行かねば男ではない。いざ行かんユートピアへ!!!!・・・・・・けど
「京」
その声を聞いて一気に熱が冷めた。ついに俺の思いが届いたかとか思ったが違った。ただ眠ってしまったのだ妙子は。妙子があんな状況で間延びした声以外で俺の名前など言えるはずがない。つまり寝言でしか「京」と俺のことを呼べないのだ。そのことは長い経験によって知っていたことだ。
「妙」
今はあまり使わなくなった名前で呼ぶ。この呼び方は妙子が好きだと気づいたときから自然に使わなくなっていった呼び名だった。幼馴染でいたくない、幼馴染じゃ足りない。そう思ったときから。しかし今はあえてこの名前で呼ぶ。妙子が安心して体を預けられる幼馴染に戻るために。
「惚れた弱みとはよく言ったもんだ」
ホントにそうだと思う。なまじ妙のことを理解しているから、もっとも深いところまで入り込めない、妙の心の弱さをしってるから。そしてそんな妙が俺からの告白を受けたら妙が悩み苦しんでしまうのがたやすく理解できるからそれができない。だから俺の思いに自然に気づくまで待つそれが俺の選択肢その間に別の人を好きになるかもしれないけどしかたない。それが妙の幸せなんだから。
そんなふうにいろいろと考えていたらまた妙が口を開いた。
「京」
「ん?なんだ」
小さく問いかける、返事など期待していないただの自己満足、しかし偶然にも答えは返る。
「眠い」
その答えを聞いておもわず小さく笑ってしまった。しかしおかしいのは自分もだなとも思った。なにせこんなことでさえ妙らしいなぁと思って愛おしいと思うのだから。そしてしょうがないから今日も一緒に遅刻かと、隣で眠るお姫さまをみながら思った。
「妙子、好きだ」
そう呟いた俺の声は誰の耳にも入らなかった。
おまけ
「また遅刻かー」
「おまえが起きねぇのが悪い」
「まぁいいよ。京まくらで寝れたから」
「おい」
全然懲りてなかった。
なんかダルデレってどういうのだろうって思って実験作として作りました。ちゃんとできてるか激しく不安ですが、おもしろかったら感想くれるとうれしいです。