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De:Fragment デフラグメント  作者: 啄嶼 地志
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【断片01/20】出逢い・一度目

細い道が塞がっている時、天原唯一はどうするか。


工事の場合。迂回する。

その工事にて、認可の掲示がきちんとされていなかったり通行者に失礼だったりした場合。関係各所へ苦情の電話を掛ける。

歩行が困難な者が先を歩いている場合。その人の荷物を持つかその人ごと背負って先を急ぐ。

カルガモの親子などが横断している場合。待つ。


「あのー。済みませーん。……邪魔。迷惑。目障り。失せろ」


他人を救おうと考えたことなど、一度たりとも無い。

その日その時刻にその狭い路地を、「通りたかった」だけ。

「道の真ん中で」「若い女に絡んで引き摺っていこうとしている」「柄の悪い」「グループ」などという不快な要素満載の存在が「単に目障りだった」ので、端的に、ごく穏やかに、要点を言っただけ。

逆切れして掴み掛かってきた彼らとは「何故か喋る気が起こらなかった」ので、無言で、淡々と、面白くもなさそうに、うっかり殺してしまわない程度に、全員を殴り倒し蹴り飛ばしたのも。

ぱんぱんに膨らんだアニメショップの袋を提げている右手だけ、終始ぶらんと真下に垂らしたままだったのも。

いつものこと。ただ、それだけのこと。


************************************************************


「あれ? 逃げねぇの?」


鞜賀見市の中心地に近い場所にしては珍しく、星々が明るい。

取り残されてぼんやりと立ち尽くしている女に、唯一は思わず声を掛けていた。


「……何故ですか?」

「いや、こういう時いつも、悪ぃ奴もいい奴も皆まとめて逃げるもんだから。ちょっと驚いた」

「……分かる気はします。生物兵器的な何かが、いきなり降って湧いたように見えました」


初対面の相手、しかも(結果的に)恩人に対して無遠慮極まりないが、無遠慮の分野では唯一も負けない。

気を悪くすることもなく、日常会話の口調のまま説教する。


「そう思ったんなら、ちゃんと逃げろよ。大体、あんなベタな連中に大人しく絡まれてんじゃねぇ。暴れるとか大声出すとか、色々あんだろ」

「……駄目なんです。そうしようとは思うんですが……強く思えば思うほど身体が動かなくなって。今も、足が全く動きません」

「それにしちゃ、やけに落ち着いてるように見……え」


言葉の続きは消えた。

その抑揚の少ない声も、冷静に見える無表情も、正常なクールさとは異なることを唯一は知っている。


(ああ。日本にも居るんだな、こういう表情の奴。そりゃそっか、どこで暮らそうが関係無ぇ。長ぇこと見てなかったから忘れるとこだった。……その割には、)


吸い込まれるような小昏い瞳から、眼が離せない。

口からは、戸惑いに沈む思考とは無関係の、無難な言葉が出た。


「とにかく、さっさと帰れよ」

「はい。……助かりました。本当に、ありがとうございます」

「はいはい、どういたしましてー」


本当に全身が硬直しているらしく、彼女は眼だけで会釈した。

それに無愛想に背を向け、最初に目指していた方角へ歩き出す。

礼を言われるのは普段から嫌いなのだが、身に沁みついた躾で無意識に返事してしまう。


(……んなわきゃねぇよな。勘違いだ)


5mほど進んだところで、唯一は足を止めた。

がばっと振り返って怒鳴る。


「何してんだ帰れっつってんだろ! こういうとこは危ねぇの! 学習しろよ生存本能無ぇのかよハムスターかよ!?」


視線の先には、先ほどから一歩も動いていない彼女の姿があった。


「はい。大丈夫です、そのうち動けるようになります」

「いつ!?」

「平均すると約15分で」

「その間にカラスにつつかれるだろーが!」


足早に引き返すと、唯一は彼女の右手首を掴んだ。

そのまま真っ直ぐずかずかと、明るい大通りを目指す。

最初鉛のように動かなかった彼女の足が、力任せに引き摺られて一歩踏み出した時。

振り向かない唯一の背後から、微かな驚きを含んだ呟きが聞こえた。


「……動いた」


************************************************************


動けなくなることこそが、むしろ生存本能。

いつものこと。

動けなくなった時に、饗島(あえしま)理央には今まで、明るい方角へ手を引いてくれる者が居なかった。

ただ、それだけのこと。


出逢いが一度目だけでも二度目だけでも、指輪が二つ並ぶ日は来なかった。

無限に分岐する未知のシミュレーションの中から、唯一は更に三度目に会える道を勝ち取った。

光が宿っていない瞳から受けた直感は、光が宿らないままの瞳を追い続けて確信へ。

この夜から幾つもの朝を数えて、未だ遠くにある赤い屋根の家へ、死が二人を別ってなお終わらなかった約束へ。

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