ぼっち聖夜の奇跡
クリスマスイブの、夜だった。
町中ではりんろんりんろんどこでもクリスマスソングが流れていて、かなり気合いを入れておしゃれしたカップルは目も当てられないほどいちゃつき、そうじゃなくても仲良さげなグループで楽しげに騒ぎながら歩いている。
すれ違ったサラリーマンは独り身かと思えば手に提げている白い箱はきっと家族に頼まれたクリスマスケーキだろう。
そのゆるんだ頬を見ればわかるんだよこんちくしょうと、俺は肩をすぼめて歩いていた。
研究室で一人居残り実験がようやく終わったころには、唯一誘われていたクリスマス会は始まっていて、送られてきた大盛り上がりのクリスマス会の模様に一気に行く気が失せた。
これ、俺が入る余地ねえじゃん。この大盛り上がりの中に今更混ざれるわけないじゃないか。
へん、俺なんか居なくったって全然へいきなんだろ、と拗ねた気分で町中に繰り出せば、クリスマス一色のリア充どもと行き当たり、ダブルパンチを食らったさ。
慌ててイルミネーションの光の届かないわき道に潜り、妙に悔しいような惨めな気分で目ににじみかけるものをこらえた。
俺だってなあ、イベントごとを楽しみたい気持ちがあるんだ。
だが、俺は口べたで、コミュニケーションもへたくそだ。
大人数でわいわい騒ぐ奴らの話に入れる気がしねえ。
……女の子とつきあったことねえよ悪いかこら!
それでもかわいい女の子と仲良くしてみたいと思うんだよ!!
そばに近寄るだけでなんでかいい匂いがしてさ、どこもかしこも柔らかそうで小さくて、笑った顔がかわいくてさ。
こう冬でもなんかスカートはいていて、あの奥はどうなってんだかげふげふ。
はあと白い息を吐いた俺は、やけくそになって空を仰いだ。
いるかもしれねえサンタクロースさんよ。明日はクリスマスだろ、俺はまだぎりぎり未成年だ。
ああ一度で良い、というか一人で良い。
付き合わせてくれとは言わない。
せめてこれだけ! 俺の願いを聞いてくれ!
と、願った俺の視界に入ってきたのは、なにがなんだかわからん緑の怪人だった。
俺よりも何倍もでかい人型は、なぜか緑色のサンタの格好をしていて、だが乱杭歯をむき出しにして赤い服を着た女の子に向けて重そうな薄汚い布袋を振りかぶっていた。
中身はなんだか知らねえが、あんなもん食らったらひとたまりもないに決まってる!
「くっそがああああ!!」
なにがなんだかわからねえ、それでも気がつけばなりふり構わず全力でその緑サンタに体当たりしていた。
だが、俺より何倍もでかい奴だ、びくともしない。
鬱陶しげな緑サンタに足を振り回され、あっけなくゴミ袋の山につっこんだ俺の耳に、きれいな声が響いた。
「このバカ! 今の状況わかってないの!? このとんま!!」
繰り出された罵倒に横を見れば、女の子の方もふわふわのファーに真っ赤なミニスカートのサンタ服で、しかもめちゃくちゃかわいい女の子だった。
「これは私の戦いなの! のこのこ出てきて餌になるなんてどこの能なしよ! うちのトナカイでもまだ分別があるわ! 早く逃げなさい!」
くるくるに巻かれたツインテールを揺らしながらぽんぽん罵倒してくる彼女に、そりゃないだろうと思いつつ、叫ぶ。
「君みたいなかわいい女の子を助けないわけには行かないだろう! 早く逃げろ!」
「何にもわかってない一般人がっ……逃げなさい!」
一瞬顔を赤らめた女の子だったが、焦ったように叫ぶ。
顔を上げれば、緑サンタが乱杭歯をのぞかせて笑いながら薄汚い布袋の口を開けたのだ。
「お、おお……!」
とたん強烈な吸引力を発揮するそれに俺はとっさにカラス除けネットに捕まった。
あの布袋で、俺を吸おうとしているのかと思ったんだが、強い風が吹きすさぶだけでいつまでたっても吸われていかない。
緑サンタも戸惑ったように首を傾げている。
その背後に、赤いミニスカートとツインドリルをなびかせた女の子が襲いかかる。
「バカでも役に立つのねっ!ちょっとはほめてあげるわ!!」
緑サンタがしまったと振り返ったがもう遅い。
女の子が振り抜いた鞭状のものは、緑サンタの首に容赦なく巻き付く。
その瞬間女の子は背負い投げのように振り抜いた。
「サンタクラアアアアッシュ!」
ああ、やっぱりサンタだったのか。
どういう量力をしているのか、空中に放り投げられた緑サンタは、かなりの距離を飛んでいき、地面へ叩きつけられた。
直後、その全身が光に変わり、ぶわっと散っていくのを息をついて眺めてる女の子に見とれていた俺は、彼女がツインテールを翻して振り返ったことにドキッとする。
「運が良かったわね、あんた。グリーンマンは聖夜に願ったものを問答無用で奪い取っていくのよ。奪えないのは自分一人ではかなえられない望みだけ」
「ははは、なるほど、そりゃ奪えない……」
感心したふうに言う彼女に、さっきまで考えていた望みを自覚している俺は乾いた笑いを浮かべた。
改めてみてみると、彼女は自分よりもずっと小さくて、華奢で人形みたいにかわいらしい。
だからこそ、それで助かったと言われるのがものすごく決まりが悪かったのだ。
「と、ともかく君が無事で、良かったよ」
「べ、別に。あれくらい、私一人でも大丈夫だったけど。サンタとして独り立ちして、初めての実践だったから……」
本心ではあるものの、気を逸らすように言えば、彼女は暗がりのなかで、じんわりと頬を赤く染めると、手元の紐のようなものをいじった。
よく見れば自信はないけど、手綱と呼ばれる革紐じゃないかと思って戦慄していると。
ふんわりと甘い香りがして、サンタの女の子がのぞき込んできた。
「ねえ、あんたの願いってなんだったの? ちょっとは助けてくれた報酬にあたしが直々にかなえてあげるわよ」
「ちょ、そ、それは」
「なあに、文句でもあるの? そりゃあ、実際に力を使うの、は、初めてだったりするけど……」
いや顔赤らめて恥じらいながら初めてとか言わないでほしいというか、こんなかわいい女の子に俺が願ったことなんて言えるわけねえだろ!!
「や、ほんと大丈夫だから!」
「もう、往生際が悪いわね、問答無用よ! そうりゃ!!」
妙なかけ声と共に女の子が手を広げた直後、星のきらめきのような淡い光が俺を包み込んだ。
うわああやべええええ!と、思ったのだが、光が消えて一拍に二拍とたってもなにも起きないことに、サンタの女の子はいぶかしそうにする。
「あれ、おかしいわね。光が吸い込まれていったってことはもう叶ってるはずなのに」
金色の巻髪を揺らしながら首を傾げていた女の子だったが、はっと虚空を見上げる。
「またグリーンマンがっ! しょうがないわねっ」
ひゅんっと手綱を手元にたぐり寄せた女の子は、呆然としている俺を振り返ると、にっこり笑った。
「じゃあね! Merry Christmas!」
「め、メリークリスマス……」
とびっきりと表すべき満面の笑顔にかろうじて返すと、女の子はとんっと赤いブーツで地を蹴った。
その拍子に短いスカートがひるがえって息をのむ。
女の子はそれっきり振り返りもせず、ビルの屋上へ降り立つと、光の尾を引いて身軽に走り去っていった。
俺はゴミ袋の山に背を預けたまま、真っ赤になっているだろう顔で今の情景を何度もリフレインする。
赤いスカートからのぞいたのは、柔らかそうなフリルと、赤い刺繍がワンポイントの花柄レースで彩られた真っ白の小さな布。
あの女の子の幼げな風情からすれば少し背伸びた一品だ。
寂しすぎる俺が、邪だと思いつつもやけくそで願っていたのは「せめて女の子のぱんつが見てみたい」。
「どうしよう、叶っちまったんだけど」
それも、めちゃくちゃかわいい女の子が履いていた、という最高の形で。くそ寒い、路地裏のゴミ捨て場でも関係ない。
サンタクロースな彼女のちょっと高飛車ででもめちゃくちゃかわいい笑顔を脳裏に描きながら。
俺はなんて良いクリスマスだと思いつつ、サンタクロースちゃんに心からありがとうと祈ったのだった。
だが、その時の俺は知らなかった。
その翌日、俺のアパートに乱入してきたサンタちゃんが、グリーンマン退治のための助っ人として、俺ににわかトナカイ役を押し付けて連れまわされる運命を。
続かない!