マオちゃんの異世界生活 5日目
夏だけど、早朝は結構涼しい。
半袖シャツなら畑仕事しててもあんまり汗が出なかったりする。
森に囲まれてるせいかな?
都会にいた頃は朝でも普通に暑かったし。
「ふぅ」
あらかたの作業が終わって一息つく。
畑を見渡すと青々とした苗がわさわさ生えてる。
実ったインゲンや茄子もいい感じにぷっくりしてきている。育ってますねぇ。
感慨深いなぁ。
収穫したらどう料理してくれようか。
……てか早熟なやつは、もう食べられそうだな。
熟れたらさっさと収穫しないとね。
地面に落ちて傷んじゃうともったいない。
今年初めての収穫に胸が踊る。
なにかしら凝った料理にしようか、それともシンプルなものにして素材を楽しもうか……。そんなことを考えながら、鼻歌交じりで家に戻った。
一時間後、居間にて。
「「いただきます」」
マオは案外すんなりと「いただきます」を言ってくれる様になった。
かなり嫌がっていると思ってたんだけどなぁ。
なんというか、子供は気分屋だ。
ちゃぶ台の上には、卵とインゲンの炒め物。
早速とれたて野菜を使ってみた。
塩コショウだけの簡単な味付けだから、そのまま素材の味が問われる料理。
これで今回の出来を確認するつもりなんだけど、ワクワクとドキドキが半々、って感じかな。
多分美味しい。そのはず。
その炒め物に合わせて、我が家には珍しく食パンとインスタントのコーンスープが。
ご近所さんの田中さんから貰った自家製イチゴジャムを、上手く食器が使えないマオの代わりに塗ってあげる。
「このくだもの、なんでつぶしてあるの?」
「砂糖と混ぜ合わせて、長く保存するためだよ」
「ふーん……?」
よく分かってなさそうだね。
ジャムの説明って難しいなぁ。
でもまぁ、とりあえず食べれば味は分かるか。
「はいどうぞ」
「んー……くんくん」
ジャムの塗られたところに鼻を近づけるマオ。
なんか警戒してる。
うーん……まぁ確かに、改めて見るとグロいよね。
ファンタジー世界で例えるなら魔物が口から飛ばしてきたり、矢の先端に塗って状態異常つけたり、そんな感じの見た目って気がする。
とりあえず俺が先に食べますか。
ジャムをたっぷり塗って噛り付く。
うん、相変わらず美味い。
イチゴ本来の風味がふんわりと香ってくる。
甘いだけじゃなく、素材が持ってる酸味もいいアクセントになってて堪らない!
ちらっとマオを見ると、じーっと俺が食べる姿を観察していた。でも気付かないフリをして、美味しそうに食べ進める。
その姿に安心したのか、マオも一口パクリ。
「ん!うまい!!」
お、気に入ったみたいだね。
すごい勢いで食べ進めてる。
なんかちょっとだけ嬉しいかも。
……ちなみにインゲンは全部残されちゃいました。
結構へこむなぁ。美味しいのに。
まぁ確かに、ちょっとだけ苦かったけどね?
朝食後。
皿洗いを終えて居間に戻ると、うつ伏せでタマを熱心に見つめるマオの姿があった。
五日前に敗北したリベンジ……いや、昨日の神様とのやり取りから考えると、仲間にするつもりかな?
どちらにしろ、うちのタマは一筋縄にはいかないだろうなぁ。
どうなることやら。
「むむむ」
「……」
難しそうに唸りながら、タマと同じ目線の高さでにらめっこを繰り広げている。
あ、匍匐前進で距離を詰め出した。
「のそのそ」
「……」
そんな怪しいマオを前に、タマは我関せずと日向ぼっこ。
大きく口を開けてあくびまでしている。
余裕だなぁ。
しばらくして、少し多めに距離をとった位置でマオが前進をやめた。
そのままゆっくりと背中に手を回し、ズボンと腰の間に刺したジャーキーを握りしめ……いや、どこに入れてんねん。
なぜかウエストがぐるりとジャーキーで囲まれてしまっている。てか、腕や足、頭にまでジャーキーが麻ひもで巻き付けてあった。
かなり間抜けな見た目だけど、本人は至って真面目な様子。最大限の警戒態勢なんだろうね。
そんな犬用オヤツまみれのマオが、そろりそろりと右手のジャーキーを動かしてゆく。
一分ほどかけて鼻先に差し出されたそれを、タマは横目でチラッとみた。しかし鼻を少し動かした後、すぐにそっぽを向いてしまう。
……タマは割とグルメだからなぁ。
「……」
「……」
それでもめげずに、じっと差し出し続けるマオ。
一人と一匹の静かな戦いが繰り広げられている。
「「……」」
「「…………」」
「「………………」」
うん。
長くなりそうだし、本の続きでも読もう。
三十分後。
ゆっくりと小説を閉じる。
期待を裏切らない熱く激しいバトルだった。
胸が熱くなって、皮膚がチリチリする。
そんな読後感をじっくり楽しんでから、マオの方に目を向ける。
そこにはうつ伏せのままで、すぅすぅと寝息を立てるマオの姿が。
タマはといえば、いつの間にか居間を出て縁側で丸まっていた。
「あー、寝ちゃったか」
集中力が切れたんだろうね。
じゃあもう一冊読もうかな…………あ、起きた。
すぐさま右手のジャーキーを確認するけど、残念ながらまったく減っていない。
すごく不服そうな顔でジタバタするマオ。
畳がいい音を立てている……あ、やめた。
目を見開いて口を大きく開けた。なんか思いついたのかな?
すくっと立ち上がって、こっちに走りこんでくる。
そして、
「ねこようのやつ!!」
そう言って手を差し出した。
あぁ、なるほど。猫用オヤツをくれと。
でもタマはマオの事、下に見てるからなぁ。
すんなり行くかどうか。
とりあえず冷蔵庫上のバスケットから、真空パックのササミ肉を取り出す。
受け取るマオ、の背後で目をギラつかせるタマ。
完全にロックオンされとる。
「いいか、タイミングを見計らって……」
「おりゃ!」
あー、やっちゃった。
無防備に全開封するのはマズイ。
案の定、音もなく飛び出したタマが目にも留まらぬ早業で、マオの手からササミを強奪してしまった。
「こらぁ!!かえせ!!!」
ササミをくわえた家猫追っかけて、裸足で駆けてく元気なマオ。
ドタドタと足音が跳ね回ってます。
怪我しないように見とかないとなぁ。
って訳で、俺も運動会に参加。
右に左に行ったり来たり。柳家にホコリが舞う。
「ううう!」
当然ながら、まったく捕まらない。
タマ素早いからなぁ。
時々立ち止まって俺たちの様子を見ながら、美味そうにササミ肉をもぐもぐ。
余裕がありあまっているみたい。
……あ、ちょうどタマのそばをクロが通った。
「あ!クロ、いけ!!」
「くぅ〜ん」
命令されるのはいいけど、「格上の存在を倒せ」という無茶振りに、尻尾を巻いて鳴くしかない様子。
あ、でも走り回るマオの後ろには付いて行くみたい。さすがは犬。義理堅い。
……いや、まぁ、魔獣なんだけどね。
そんなこんなで走り回るうちに、タマはササミを全部食べきってしまった。
「むぅ!!」
強敵に軽くあしらわれ、味方も戦意喪失。
二戦目も完封負け、という結果に悔しがるマオ。
ぷくぅーっと頬を膨らませたマオが、タマを至近距離から見つめている。
一方タマは、それを尻目に満足気。
くるんと丸まり、日向ぼっこを開始した。
強者の余裕ってやつかな?
「タマは少し気難しいからなぁ……」
「こみゅにけーしょん、いみないの?」
マオの瞳が揺れている。
だから、しっかり目を合わせて断言した。
「そんな事はない。ただ、色んなやり方があるんだ」
「いろんな……?」
「たくさん話しかけたり、一緒に遊んだり、毛づくろいしたり。コミュニケーションは物をあげるだけじゃないんだよ」
眉間にしわを寄せて、タマをじっと見つめている。
何か自分なりに考えているみたいだね。
しばらく見守る事にしよう。
小さな指が何かを探るように、狭い額をちょんちょんと突く。 陽だまりの中で、もふもふの尻尾が不機嫌そうに揺れた。
夕飯時。
すっかりジャムを気に入ったマオが、白ご飯を赤く染めようとしていて焦った。
子供の発想力は本当に恐ろしい。
もちろん必死で止めた。
さすがに無理だよね。日本人として。
〜本日の観察結果〜
猫と仲良くなる方法を考え始めた
ジャムが好物になった