マオちゃんの異世界生活 4日目
「むむむむ」
畑仕事も終わり、そろそろ朝食かな? ってタイミング。
居間ではマオが難しい顔をして唸っていた。
険しい視線の先には、ちゃぶ台の下に寝転ぶタマがいる。
どうしたんだろ?
「ぬぬぬぬ」
葛藤というか苦悩というか……。
馬謖を切る諸葛亮、みたいな?
うん、自分でも例えが良く分からない。
とにかく悩んでる様子だね。
タマが怖いとか? いや、でも昨日はそんな素振りなかったし。
「マオ、どうしたの?」
「ぬぬぬ……ぐぅ~」
話しかけても『むむむ、ぬぬぬ』と唸ったまま。
お腹の虫が先に返事してきた。
考えても仕方ないかな。まずはご飯だ。
「……朝ご飯にしよっか」
「うん。てったい!」
てったい? あ、撤退か。
タマにリベンジするつもりだったみたい。
やめといた方が良いと思うけど……まぁ好きにやらせてみるか。
とりあえず朝ご飯の準備を、
カラカラ……。
ん?
玄関の方で物音が。
ストンッ。
段ボールを置いた音だ。宅配便かな。
勝手に扉を開けるのは、まぁよくある事だけど。
でも普通は声をかけるよね。
まるで後ろ暗い所があるみたいな、
「まさか!」
気付いた瞬間に玄関へダッシュ!!
廊下に飛び出すと、目線の先には抜き足差し足で玄関から出ようとしている神様(配達員の服装)を発見!!!
逃がすかっ!!
「タマ、行け!!!」
「ニャー!」
こちらに気付いて走り出す神様をタマが一瞬で抜き去りぐるっと方向転換。その速度を全て後脚に溜め、勢いよくロケットジャンプ!
「ニャッ!」
「ふぎゃっ!!」
目の覚めるような猫パンチが眉間にクリーンヒット。
余りの出来事に神様がたたらを踏む。
今だ!!!
「よっしゃ、確保ー!!!」
「ひぇー!!!!」
十分後。
布団でグルグル巻きにされ、居間の隅っこに転がされる神様の姿があった。
「は、外してください〜! お願いしますよぉ〜!」
ふわふわの髪を振り乱して暴れている。
けど外す訳がない。
危うくマオをぶん殴らされる所だったもんな。
まったく、とんだ女神だ。
……とはいえ。
「うぅ〜、配達が残ってるんですよぉ〜。早くしないとバイトリーダーに怒られるぅ!」
あの日玄関先に置かれていた、皺の多い養育費がちらつく。
こうやって一生懸命働いて得たお金、なんだろうな。多分。
「聞くこと聞いたら解放してやるから、ちょっと落ち着け」
「……ぅぅ。分かりました。ちゃんと説明します」
さて、あとは籐子の到着を待つのみかな。
と思っていたら玄関から物音が響いてきた。
カラカラ。
「ふーた、神様捕まえたんだって? ナイス!」
「え、ええ!? 誰ですか!!??」
突然現れた部外者に慌てふためく神様。
そんなに驚かなくてもいいのに。
「こいつは伽羅蕗籐子。時々マオの面倒を見てくれたりしてる」
「……そう、ですか。少しずつ繋がりも増えているんですね」
良かったです。そうぽつりと呟く声が聞こえる。
目を向けるとほっとした表情になっていた。けど、
「あはは! なんか簀巻きにされてる!!」
「好きで巻かれてる訳じゃないですよぉ!」
罰当たりな扱いがツボに入ったのか、籐子の爆笑がしんみりとした空気を全て消し飛ばした。
あまりこういう事を説明したくはないんですが……、という前置きをしてから神様は洗いざらい話してくれた。
マオの状態に気付いた時には、もう神ですら手を出せないほど強大な魔力を持っていたこと。
異世界人との戦闘で魔力を消費させて、神の影響が届くまで弱らせたところで、その強すぎる『魔力親和性』とかいう数値を下げるつもりだったこと。
その計画が不可能になり進退窮まって、仕方なく裏ワザ的な手法でマオを俺の家に送ったこと。
その代償として、神の力をほぼ全て無くしたこと。
「……」
「……」
柳家に沈黙が満ちる。
全て語り終えた神様はもちろん、話を聞いた俺たちも言葉が出ない。
そもそも神様の仕事ってどんな感じなのか分からないし。
それに神の力が無くなるってかなりヤバイことなんじゃない?
説明を聞けば聞くほど文句が付けにくくなるなぁ。
「ぅぅ、だから嫌だったんですよ。なんか言い訳してるみたいになりますし、そもそも私に落ち度があるんですから単純に糾弾してくれていいんですよ」
「そういわれても……ねぇ、ふーた?」
「うーん」
ある程度は納得出来てしまった自分と、それでもこのモヤモヤをぶつけたい自分がいて、なんとも言えない気持ち悪さだなぁ。
「「「……」」」
そうやって俺たちが小難しい顔をしていると、さっきまで大人しかったマオがテコテコとやってきた。
「じー……」
「ぅぅ」
穴が開くほどじっくりと神様を見詰めるマオ。
見られる方は居心地悪そうにモジモジしている。
……そうだよね。
まだ幼いとはいえ、マオがどう思うかも重要だよね。
むしろそれが無いと始まらない。
だって、これはマオについての話なんだから。
「じー……」
「ぅぅぅ」
「じー……」
「ぅぅぅぅ」
「じー……」
「はぅぅ」
めっちゃ見詰めるなぁ。
しばらくして。
これでもか、と見詰めてまくった後。
マオはポケットからジャーキーを取り出した。
……そっか。
だったら、それでいいのかもしれない。
俺と籐子が柔らかく心を揺らす一方で、神様は……
「え?そ、それ犬用ですよね??や、やめ、許してー!」
ジャーキーを口元にグリグリ押し付けられ、半べそをかいていた。
「ぅぅ、味がしない……」
神様、まさかの完食。
まぁこれが贖罪ってことでいいかな?
マオはあんまり気にしてないみたいだし。
「ぐぅ〜」
「たりない?」
「い、いえ! ジャーキーはもう勘弁です!!」
マオが腹の虫に反応して二本目を取り出そうとする。
必死に辞退する神様だけど、その表情はちょっと物欲しそう。
マジか。どんだけ空腹なんだろう。
「ちゃんと飯食べてるのか?」
「大丈夫です。神なのであまり食べなくても死にません!」
……まあバイト生活しながら養育費を捻出する訳だもんなぁ。
さもありなん。なんかもう不憫だな。
籐子とアイコンタクトをとる。
彼女も同じ気持ちのようだし、もう全部忘れることにしますか。
「やれやれ。今から朝ご飯だから食べるといいよ」
「え?」
思わぬ言葉に呆けた顔になる神様。
「ジャーキーを食べたんなら、あんたもマオの友達だ。これからもちょくちょく来るといい。飯ぐらいは振舞ってやる」
「…………はぅぅ、ぐすっ」
止まっていた彼女の時間が動き出し、瞳にじわりと涙が滲む。
「えぐっ、ぅぅ。あ、ありがとうございます!!」
そう言って、かつて神だった彼女は深々と頭を下げた。
初めから薄々思っていたことだけど、この人は悪い人じゃない。
世界の全てを救うには、少し力が足りなかっただけなんだろう。
マオは、これから幸せになればいい。
決意を新たに、生活感のある台所でフライパンを握る。
開いた襖越しに居間を覗くと、さっきより顔色が良くなった神様のお腹から、一際大きな音が鳴り響いた。
ちょっと多めにご飯をよそって、おかずも多めにしてあげよう。
「いやぁ、風太さんは神様のような人ですね!(ドヤァ)」
なんかイラっとするな。
やっぱりおかずは減らしておこう。
その後、人間と元魔王と元女神でちゃぶ台を囲み、何の変哲もない塩鯖とご飯と味噌汁を食べた。
そこには魔王っぽい悪辣さも、神様っぽい高尚さもなく。
ただただ普通の世間話をした。
そして、少しまったり食休めして、神様と籐子は帰っていった。
とてもいい時間を過ごした。
そんな気がする。
その日の夕方。
神様がバイトをクビになったらしいというメールが籐子から届いた。
「うっ」
ちょっと罪悪感が強めに襲ってきた。
大丈夫かなぁ?
〜本日の観察結果〜
神様と少し仲良くなった。