マオちゃんの異世界生活 26日目
いつものアーケードに提灯が所狭しとぶら下がり、おめでたい紅白の垂れ幕がおいでおいでと揺れている。
店先のあちこちから香る美味しそうな匂い。
道行く人たちが手にするのは綿飴、唐揚げ、かき氷。
楽しい雰囲気についつい心が浮ついてしまう。
「わっ! すごいすごい!!」
独特な熱気に当てられて、マオも心を鷲掴みにされたみたいだね。
ふわふわと足取りが弾んでるし。大きな瞳もあっちへキョロキョロ、こっちへキョロキョロ。今にもどこかの屋台へ走り出しそう。
マオが迷子にならないように見ていると、隣に並ぶ籐子が微笑んだ。
「一気にお祭りらしくなったね、風太」
確かに、昨日までは相変わらずだったもんなぁ。
デパートにお客さん取られっぱなしで、活気も足りなくて。
まあ先週よりはマシだったけどね。この『ドキッ! イベントだらけの例大祭“愛と勇気と筋肉の超マーケット大戦”〜夏の陣〜』に向けて闘志を燃やし……今更だけど作戦名がちょっと長すぎるよね。会議で挙がった作戦名を全て盛り込んだ結果、こんな感じになってしまった。
まぁ、名前を決めるだけで喧嘩するのも阿呆らしいし、これで良かったんじゃないかな。
何はともあれ、この『お祭り作戦』はどうやら上手くいってるみたい。
周りを見渡せば、お祭り自体を目的に来た浴衣姿の人もいるけど、大半はデパートのために来た人ばかり。
たった一週間の宣伝で、ぽっと出のお祭りを認知してもらうのは難しいから、まぁ、仕方ないかなぁ。ビラ配りとか頑張ったんだけど。
さておき、そのあたりも黄桜さんの計画通り。
集客のための基本スタンスは、「デパートの客も商店街の客にする」らしいからね。これで買い物客の人数はデパートに追い付いた事になる。
これまではデパート内で邪魔になるから、商店街で買い物をしてもらえなかった。
でも出店での買い物なら、大抵はゴミ箱に捨てるだけ。手元には残らない。
定番のくじ引きも、ゲーム機とかの大きい物に関しては、帰宅寸前に受け取れる引換券形式にしてあるし、逆にデパート帰りの客が手ぶらになるように、要所要所でコインロッカーも置いてある。
他にもデパート客をキャッチする方策が色々と散りばめられている。対策は万全だ。
「さて、取り敢えず第一関門はクリアって感じだな」
そう言いつつ現れたのは黄桜さん。
これだけ大盛況でも、まだまだ勝てはしないらしい。
まぁ、売り物の単価はボロ負けだもんなぁ。なんせ上着一つで一万円とかするし。
仮にかき氷(四百円)で対抗するには、服が一着売れる間に二十五杯売らないといけないわけで。
「まあ、その辺りの差は常連さんとか地域の繋がりとか、あと諸々の策とかでひっくり返すしかねぇわな」
まずは例のアレだな、そう言って黄桜さんは楽しげに頬を吊り上げた。
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商店街を見守るアーケードの下、人々の笑顔が咲いている。手に手に綿菓子や水風船を持ち、ふわふわと楽しげな空気が膨らんでいる。
吊り下げられた提灯さえも上機嫌に揺れるその光景を、遠く山間の洋館から望む影が一つ。
デパートのオーナー、倉持有人だ。
時間帯は宵の口、空には青い夜色が広がり始めている。
双眼鏡を押し当てて祭りの様子を、以前とは比較にならない程の盛況具合を確認する。
「ふむ」
この程度なら勝ちは揺るがない。
彼はほっと安堵の息を漏らした。
元来、心配性な彼は人知れず気を張っていた。
故に仕込みは万全、負けうる要素は全て排除した上で勝負を挑んでいる。もはや、既に勝敗は決した状態だ。
それでも、本当に勝てるのか、何か見落としているのではないか、そんな懸念が拭えない彼は妹へと虚勢を張る一方で、ヒリヒリと心臓を焦がしていた訳だが……どうやら杞憂だったようだ。
たったこれだけの策でひっくり返るほど、洋館デパートと和やか商店街の戦力差は易しくない。
彼は肩の力を抜いて胸をなで下ろすと、外の風景に背を向けてた。自室に構えたお気に入りのオーディオセットを起動し、優雅に洋画鑑賞と洒落込むつもりであった。
壁際の小型冷蔵庫を開ける。中にはぎっしりと並べられた7UP。よく冷えたそれを一本取り出す。
左手でプルタブをパチリ、パチリ、と弾いて遊びながら、オーディオボックスを物色する。ズラリと並べられたDVDから、原色の赤と青が眩しい一枚を撰び取る。
リモコンを操作し、再生を開始する。
お気に入りのソファに座れば、全方位からアメコミ作品の爽快なBGMに包まれる。右手側に置かれたサイドチェストを開き、緑のプリングルスを取り出すと、三枚重ねでバリバリと食べ始める。
豪快に崩れる食感と刺すような味付け。それらに痺れる口内を甘ったるい炭酸が上書きする。
目前ではヒーローが握り拳で全ての敵を倒してゆく。正義の力は強く、格好良く、決して悪に屈しない。
今もまた悪の怪人を吹き飛ばし、瓦礫の山に叩き込んだ。
シンプル イズ ベスト。
至福の時だ。ふくよかな頬を緩める。
その瞬間であった。
ーーードォン!
「!?」
突如、爆発音が洋館の外で響き渡る。
画面から目を離し、また商店街を確認する。
人々が皆、何故かこちらを向いている。
何事だ? 混乱する彼を他所に、何度も執拗に爆発音は響き続ける。
その度に、周囲は色鮮やかな光に染まって……
「ま、まさかっ」
気付いた彼はベランダに飛び出した。商店街とは逆方向、洋館を挟んだ山側。計ったように木々が邪魔をする位置。色とりどりの花火が、まるで反撃の狼煙の如く打ち上げられている。
洋館の不気味さを演出する木々が、むしろ仇となっていたのだ。これではデパートから離れ、商店街近くまで行かねば花火を見ることは叶わない。更に言えば、明るい花火によって洋館デパートの持つ妖しい雰囲気も台無しとなっていた。
「ぐぬぬ……」
じわりと嫌な予感に苛まれだした彼の背後。液晶の大画面テレビには、瓦礫の中からゆらりと立ち上がる怪人の姿が映し出されていた。
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同時刻。遠くに響く花火の音を聞きながら、風太の家にほど近い森の中を散策する女性がいた。
なんの変哲もないただの森。手入れのされていない木々が生い茂り、普段なら薄気味悪さしかないその場所を。
彼女が歩いている。
たったそれだけで神聖な風景へと様変わりする。
たなびく白いワンピースは輝く朝霧を連想させ、この場を静謐な妖精の森と錯覚させられる。
それほどの隔絶した雰囲気。
零れ落ちる月明かりに照らされて、彼女は更に人間らしさを脱ぎ捨てる。
……まあ、そもそも彼女は人間ではないのだが。
森を散策する彼女の足が止まった。
目の前には、森に不釣り合いな門が置かれている。神の力を使い果たす事で生み出せる、最上位の転移門だ。女神リィンュフォルェスとマオをこの世界に運び、勇者や黄桜、侵略神もまた潜り抜けたそれである。
「あらあら、あの子ったら」
眉尻を下げて困ったように呟く。
門を消滅させる、或いは完全に隠匿せしめるのがマナーというものである。
一応、この門にも自己消滅のギミックが組み込まれているのだが……マオを転移させる事で頭が一杯となっていたために、件の女神は起動するのを失念していた。
更に言えば、その門は不完全であり、一方通行しかできない代物であった。マオの力を抑えながらの転移が可能となるように、色々なギミックを組込んだ結果である。
「相変わらず、色々と詰めが甘いんだから」
頬に手を当てて苦笑する彼女だったが、ふと、何かに気付いて悩まし気な表情に変わった。
「……何だか、嫌な気配が残っているわねぇ」
軽い胸騒ぎに、どうしようかと思案する。
やがて彼女は嘆息し、人差し指でその門に触れた。途端に外枠が崩れ去り、渦を巻くように捩れて収束してゆく。
門を自己消滅させた、のではない。
彼女の神通力によって門を根源の力に還元したのだ。
その神なる力の塊を胸元に仕舞い込むと、また悠然と何処かへ歩を進め始める。
「ふふ。世話の焼ける子ですねぇ」
どうやら門の作成者の元を訪ねるようだ。
相貌に浮かぶ呆れ顔とは裏腹に、その足取りは少しだけ弾んでいた。




