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魔王ちゃん観察日記  作者: カカカ
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幕間 とある妹の小学校生活 1日目

 

 初めて体育館を目の当たりにして、大きなカマボコみたいだなぁ、と彼女は思った。白い外壁とその周囲に舞う桜吹雪が、その印象をより増強させている。

 春の風に帽子を持って行かれないようにと、つばの広い帽子を両手でしっかり押さえる。なぜならこれは、絶対にかぶっていないといけないものだったから。

 お父さんとお母さん、それと年の離れたお兄ちゃんにいつも言われていた。お帽子しないと肌が真っ赤にかぶれるよ、と。


 ジャージを着た大人のひとに誘導され、体育館の正面扉から中へと入ってゆく。

 一番奥のステージには大きな文字で「入学おめでとう!」と書かれた垂れ幕が掲げられていた。

 友達と遊んだ経験の乏しい彼女には、入学という漢字を読める事が凄い事だという実感はなかった。なので特に思うところもなく、彼女は誘導された席へと普通に座る。

 周囲を見回すと、誰も帽子はしていなかった。これだけ人がいれば、誰か『同じ』な人がいるかもしれないと思ったのに。少し肩を落とした。

 そんな彼女の元へと若い女の人が近寄る。しゃがみ込んで目線を合わせ、優しい声音でこう言った。


「室内ではお帽子してちゃダメなんだよ?」


 幼い彼女はその一言に衝撃を受けた。

 これって、いけない事だったんだ!

 物心ついた時から日除け対策は常にさせられてきたし、絶対に必要な物だと繰り返し言い含められてきた。屋内であっても帽子はぬがない。それは彼女にとって当たり前の事だったのだ。だからこそ、幼稚園で「サンタさんはいないんだよ」と初めて言われた時と同じか、それ以上に強く心が揺らされる。

 口元を半開きにして固まる彼女と、何かしらのリアクションを待つ若い女の人。

 停滞する二人の前に眼鏡をかけた女の人がやってきた。四十歳ぐらいだろうか。落ち着いた雰囲気を持つその人は「お帽子は身につけたままで結構ですよ」と少女に微笑みかけたあと、若い女の人へと事情を説明した。

 その人は耳慣れぬ病名に少し戸惑って、それでも「ごめんなさい、先生の勘違いだったみたい」と謝った。


 結局何が起きたのか、勘違いとは何ことなのか。幼い彼女にはよく分からなかったが、それでも朧げに理解することができた。

 やっぱり自分は変わった人間なんだということを。これだけ集まっても自分と同じ人は、日光過敏症の人はいないんだということを。

 身体に似合わない大きな帽子の端を、小さな手が握りしめる。帽子の中に表情が隠れていても、その背中から漂う儚なさは隠しきれなかった。




 午前中で学校は終わり、みんながわらわらと校門をくぐっていく。

 大きな帽子をかぶった彼女は、その様子を教室から眺めていた。さっき一緒に帰ろうと誘ってくれた子達も、楽しそうに笑いながら帰って行く。

 それを尻目に机へと上体を投げ出して、ちょっぴり口先を尖らせる。

昼は光が強いから、帰る時はタクシーを呼びなさい。そう両親に言われていたのだ。ぷらぷら揺れる両足は皆と一緒に帰りたいと不満気だ。


「おまえ、まだ帰らねえのかよ」


 廊下の方から声がした。彼女が振り向くと、そこにいたのはクラスメイトの男の子だった。

 名前は……残念ながら覚えていない。ただ、自己紹介で空回りしていた事は思い出せた。

 不名誉な覚えられ方をしている彼は、つかつかと彼女の下へとやってくる。

 その勢いに何となく危機感を抱いて、そっと身を引く彼女だったが、男の子はそんな様子に気づかない。少し緊張を滲ませながら、帽子を指差してこう言い放った。


「それかぶってないと赤くなるってホントかよ」


 小学一年生に気遣いを求めるのは酷かもしれないけれど、それにしてもその物言いはデリカシーに欠けていた。


「……うん」

「えー、うそだー! しんじらんねぇ」


 この歳の男の子であれば、別段珍しくもない反応だったかもしれない。しかしこれまで同世代の子達と触れ合ってこなかった彼女にとっては、少し刺激が強すぎた。逃げるようにぐっと身を引くと、怯えた様子で俯いた。

 その反応に焦った彼は、ここで更に、大きく空回ることとなった。


「ちょっとそれ貸してみろよ」


 不安定さを孕んだ大声と共に、ひょいと帽子を取り上げたのだ。


「あ。返して!」

「やーだねっ」


 さっきまで自分のことを半ば避けていた少女が、こちらを見て必死に追いかけてくる。その事実に気を良くした彼は、さらに教室の中をぐるぐると逃げ回る。


 真昼の陽光が差し込む中、不幸な追いかけっこは続く。容赦ない紫外線に少女の白い柔肌、その裏側が熱されてジクジクと暴れ出す。

 どれほどの時間が経ったのか。男の子が我に返った頃には、少女の頬は痛々しい赤に染まっていた。網膜を守るための反応か、それとも意地悪されたせいなのか。その愛らしい瞳からはぽろぽろと大粒の涙が零れている。


「せ、先生呼んでくる!!」


 雷に打たれたように身を強張らせた彼は、帽子を投げ捨てて逃げるように走り去っていった。

 やっと帽子を取り戻した彼女はどうしていいか分からず、教室の隅でただただ膝を抱えて蹲った。




 先生が来てから先はとても目まぐるしく、大きな感情の波に翻弄される彼女は、その後何がどうなったかはよく覚えていなかった。

 ただ、お父さんとお母さんの側に立つお兄ちゃんの、静かに震える握り拳だけが印象に残っていた。


 それからだった。兄が過保護気味になったのは。




 なんだかんだで問題なく育って、今や私も中学生。

 病気との付き合い方もちゃんとわかっているし、大抵の事は一人でやれる。うちは共働きだから、家事だってほとんど私がやってる。


 こんな小学生の頃を思い出したのは、バカお兄ちゃんと喧嘩したからだ。

 ほんとに心配しすぎ。守ろうとしてくれるのは嬉しいけど……。でも片道三時間もかかる大学にわざわざ実家から通うし、卒業してからもやっぱり地元に拘ってて実家を離れないし。挙げ句の果てには脱サラして、太陽の差し込まないデパートなんか作り始めるし。ちょっとやり過ぎ。

 正直、息苦しい。私はお兄ちゃんにとってお荷物なんだって、実感させられちゃう。

 機嫌が悪い時はついつい憎まれ口を叩いちゃうし、こうやって喧嘩にだってなっちゃう。


「はぁ」


 宿題に集中できない。

 ちょっとジュースでも飲もうかな。

 鉛筆を放り投げて背伸びをする。固まった背中がぐーんと伸びて気持ちいい。


 リビングへの扉を開けると、そこではお兄ちゃんがパソコンを操作している。いや、していた。

 今は寝落ちしてるみたい。指がキーに当たって、書類に大量の「b」が並んでいる。


「……もう」


 顔の下からそっとPCを退けて、代わりにクッションを敷く。

 お兄ちゃんの対面に座って、赤ちゃんみたいな寝顔を眺めてジュースを一口。

 もっとイケメンならいいのに、とか機微を察してよね、とか色々思うところはあるけれど。


 結局のところ、

 心の底では感謝してるよ。でもね?

 一生懸命に光を遮ってくれるけど、

 実は私、太陽が好きなんだよ?

 柔らかい日差しを思いっきり浴びて、ゆっくり日向ぼっこしてみたい。


 ……まあ、でも今は、


「ん……? ああ、寝てしまったのか。クッションありがとうな」

「うん」

「……どうした、顔に何かついてるか?」

「ふん、なんでもないですぅー。こっち見んな」


 お兄ちゃんの陽だまりみたいな優しさで満足しとこうかな。

 

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