マオちゃんの異世界生活 20日目 その2
鬱蒼とした林道が多くの人たちで賑わっている。
ちらほらとデパートへ向かう人もいるが、大半は荷物を片手に帰宅するみたい。大盛況だなぁ。
でも実際にデパートを見て、割と納得させられた自分がいる。
統一された店内の雰囲気、そこに居るだけで楽しくなる高い娯楽性。加えて商品の品質も悪くない。多くの人が来るのも頷けるかな、って。
かく言う俺たちもがっつり買い物済みだし。
籐子は服を購入し、勇者は筋トレグッズ、マオは犬用ジャーキーを買い足した。
俺と黄桜さんは書店の幅広い品揃えを目にして盛り上がり、ついつい漫画やラノベを購入……生活費を切り詰めないと駄目だなぁ。
「やれやれ、敵の売上に貢献するとはのう。けしからん!」
そういう早越さんも戦闘機のプラモデルキットを小脇に抱えている。自分自身も含めて『けしからん』って感じなのかな。
「はぅぅ、これは敵を知るためなのです……単に食べたかったとか見た目が綺麗とか、断じてそういう理由では……」
小声で自分自身に言い訳する女神さん。その手にはデパートで買った和菓子が。
ライバル店の商品を研究するのは大切だと思うし、実際にそういう意図で買っていると思うけど、「美味しそう」という気持ちが拭えないんだとか。大義名分があっても後ろめたくなるあたり、純粋というかなんというか。
そんな姿を見てニヤニヤしている黄桜さんに呆れつつ、俺たちは山を下ってゆく。
木々がすっと途切れると、そこはもう夕暮れ。空はオレンジ色を通り越して、暗い青色が優勢だ。
山に半分隠れた夕日が、道の先にある商店街のアーチを照らす。その姿を前にして、俺の足が少し重くなった。
偵察結果をどう話すか、気が重い。
思ったままの事を商店街の面々に伝えるべきなんだろうか。デパートは強敵だと、今のままじゃあ勝ち目はないと。そんなの悲観させるだけじゃないか。
そこにあるはずの商店街が蜃気楼のように揺らぐ姿が脳裏に浮かび、背筋に冷えた感覚が走った。
足が止まりそうになる俺の背中を、力強い掌がぐいと押した。
「デパートの良さを伝えて、どかんと発破をかけてやろうぜ」
今にも『にひひ』という声が聞こえてきそうな、無邪気でちょっぴり露悪的な笑顔に、沈んだ心を押し上げられる。
それは楽観的な意見かもしれない。けれど不思議と納得させられる。背中に触れた熱がじわりと広がる。
確かに黄桜さんの言うとおりかもしれない。
そもそも勝手に負けたと思うなんて、俺は一体何様だ。環境に合わせて変わればいいんだ。この商店街はまだまだこれからだ。
黄桜さんと笑い合い、気を取り直してアーチを潜り抜けた俺の耳に、薄っすらと言い争う声が聞こえてくる。籐子たちも気付いているみたいだ。彼女たちが向けている目線を追うと、そこには赤と黄が映える中華な看板に「丸山飯店」の文字が躍っていた。
ここって確か、商店街のおっさんたちが溜まり場にする店だっけ。
……なんか不穏だな。
俺たちが足を止める中、眉を顰めた向田さんが喧騒の漏れる入り口へと歩を進める。
「まったく。何をやっとんじゃ」
呆れ半分といった様子でその引き戸を開け放つと、そこには
「お前、裏切る気か!」
「違うって言ってるだろ!!」
なにごと?!
目の前で「トレンドショップYAMADA」の店主と「デイリーフラワー」の店主が言い争っている。
この二人、たしか仲良しコンビだったはずなのに。
今にも胸倉に掴み掛かりそうな二人の間に、肉屋の木村さんが割って入る。
「まあまあ、そのくらいに……」
「うるせえ! お前のところはまだいいじゃねえか!! コロッケが大量に売れてるだろ」
「むっ、あんなの大した稼ぎにならないわよ。それを言うなら魚屋の太田さんなんて、空いている土地を臨時駐車場にして儲けているらしいじゃない」
「なっ、何故それを!?」
「なんだと!」
「それはひどい」
「恥を知れ!!」
言い争いが加速する。仲の良かった商店街が切り裂かれ、砂城のように崩れてゆく。
その情けない有様を前に、怒り心頭の早越じいさんが声を張り上げた。
「いったい何事じゃ。外にまで聞こえとるぞ!」
「あ、早越さん! 実は花屋と時計屋、あと何店舗かが洋館デパートに引き抜かれそうなんですよ!」
「なぁ〜にぃ〜!?!?」
やっちまったなぁ! 違うか。
ふざけている場合じゃないな。これはマジでやばい。ただでさえデパートに対して劣勢なのに、内部分裂なんてしたら目も当てられない。
皆が声を荒げて罵り合う。床を踏みつける足音は荒く、手振りも常より強く、放つ空気は嫌に鋭利。
言葉を失う。なんだこれは。
立ち尽くす俺のズボンが軽く引っ張られる。
いや、これはしがみ付かれる感触だ。
目を向ければ、マオが俯いて震えるほど身体を硬くしていた。
大人たちの喧騒に混じって、小さな小さな悲鳴が届く。
「……すて……れ……いや……」
吐き気にも似た熱が込み上げる。
誰かの声が、動きが、息遣いが。彼女の小さな肩をいちいち震わせる。
目の前の光景にマオが怯えているのは確実だ。
ちゃんとした理由はわからない。でも子供にとって、大人同士の喧嘩ってのは……。
奥歯と奥歯の擦れる音がした。あぁ、俺が歯ぎしりしたのか。不思議と平静な心を置き去りに、俺の喉は過去最大の声量を放った。
「グダグダうるせぇぞ、恥ずかしくないのかっ!!!!!」
突如割り込んだ部外者の叱責。
誰もが「学生に何がわかるんだ」と苛立つ目線を俺に向け、その足元で震えるマオの様子に気付いてバツが悪そうに目線を外した。それでもやり場のない気持ちが収まるはずはなく。飲みたくもない水を飲む人、拳を固く握る人、額に手を当てる人。皆それぞれだ。
「……言い過ぎました、すみません」
「謝るな。わしらが悪い」
早越さんが竹を割るようにすっぱりと断言した。
他の人も口々に謝ってくれる。悪い人たちではないのだ。
そうと分かってはいても、居心地の悪い空気は靄のように広がって消えてはくれない。
ざらつく沈黙が広がる中華料理屋に、何やら嫌味な声が響く。
「お邪魔しますよ」
入り口から聞こえてきた知らない声。
全員がその方向へ振り向いた。
はたして、そこにいたのは……やっぱり知らない人だった。ぷよぷよと恰幅の良い図体にニヤニヤ笑顔を浮かべている。ついさっきまで生徒会の一存でも読んでたんじゃないか、ってくらいのニヤニヤ加減だ。
まさかお客さん? いや、あの状況で入ってくる奴はいないだろう。誰かの知り合いかな?
他の面々を見回せば、数人が顔を真っ赤にして睨みつけていた。
ん……まさか、
「引き抜きの話、考えていただけましたか?」
洋館デパートのオーナー!
内輪揉めを見てニヤニヤしていたのか。さては、この状況を狙ってやがったな。嫌な奴だなぁ。第一印象最悪だよ。きっと、引き抜きの噂も自分で流したんだろう。じゃないとタイミングが良すぎる。
その腹立たしい余裕顏に対して、花屋が真っ先に啖呵を切った。
「誰がお前の傘下になんて!」
「おやおや、そんなことを言っている場合ですか? そろそろ経営も傾き始めたでしょう」
「ぐっ……」
一瞬で言葉に詰まる。
おしゃれで手頃なアパレルショップが満載の洋館デパート。その打撃を一番受けているのは、たしかに服屋や靴屋の店主たちだ。けれど、嗜好品を扱う店舗も相当な被害を受けていた。ちょっと贅沢しよう、そういう購買意欲を根こそぎ持って行かれているのだから当然だ。
でも花屋の場合は学校や会社にどさっと納入するから、大した打撃じゃないと思ってたけど……そうじゃなかったらしい。
後から聞いた話だけど、契約していた会社がデパートの所為で経営難になったらしく、取引が無くなったんだとか。そんな時に持ちかけられた引き抜きの話。
生活がかかっているし、心が揺れるのも当然だよね。
「そ、それでも俺は……この商店街でやっていく」
「ほう、ずいぶんと強気……いえ無謀ですねえ。そもそも貴方一人が断ったところで何の意味があるのですか? ほかの方々が裏切らない確証なんて無いというのに。まったく愚かな選択です」
他人を小馬鹿にしたその態度に、花屋だけでなく商店街の人間がギリと歯噛みする。
「話は聞かせてもらった!!」
「むっ?」
思わぬ声にデパートのオーナーが振り返る。
果たしてそこにいたのは、酒屋の坂木さんや時計店店主など、引き抜き話を持ちかけられた人達だった。
「確かに引き抜きは魅力的。だが断るっ!!」
ある者は腕を交差して胸を張り、ある者は左手を顏の前に翳しつつ右手を腰元に伸ばして……ってジョジョ立ちやないか! 彼らの背後にズギャーンという効果音が見えてきそうな完成度だ。
「なんだね、その変なポーズは」
うわ、あかん! 素のツッコミはあかん!!
店主たちの大半が顔を赤く染めて、プルプルと恥辱に震えている。可哀想に。
やっぱりこの嫌味オーナーとは相容れないなぁ。
「まあ何でもいいが……まさか全員が引き抜きに応じないとは。もはや商店街に生き残る目など無いと思うんだがねぇ」
「……」
言われたい放題だけれど誰も何も口にしない。
軍門に下ることはないけれど、毅然と反論することも出来ない。敗色濃厚、完全なジリ貧だった。
「そんな哀れに俯く貴方たちに、逆転のチャンスを与えてやろうと思う」
「「…………はぁ?」」
何を言い出したんだこのデブオーナー。
商店街の店主たちも呆気にとられている。
おちょくっているのか?
「なに、ちょっとしたギャンブルのお誘いだ。来週一週間で売り上げ競争をしようじゃないか。もし貴方たちが勝てば、デパートはこの地域から退却すると誓おう。ただし、私が勝てば商店街の土地は全て、私が買い取らせてもらう!」
「なにぃ!? 馬鹿にしとるのか!!」
そのあまりの妄言に、堪らず早越さんが怒声を上げる。しかし彼は余裕の態度を崩さない。
「別に勝負から逃げても良いのですよ? まあ、そうなれば商店街は次第に寂れて、いずれ自然消滅する運命だろうがね」
「ぐ、ぐぬぬぬっ!」
散々コケにされ、怒りのあまり握り拳が震えている。他の店主たちもだ。
「それに負けたとしても、ちゃんと土地代も色を付けて支払いますし、どこかで新店舗を開店するなら融資してあげてもいいのですよ?」
おっと、逃げ道も提示してきやがった。しかも、かなり魅力的。買い物に行くと「店が古くなってうんぬん」という世間話は良く店主たちが口にしていた。
挑発で冷静さを奪った上で、勝っても負けても悪くない提案を持ちかける。そこまでしてこの土地を手にしたいのか。こいつ、何を考えている……?
「このまま消えるか、勝負に出るか。
さあ選んでください!」
選べと言いながら、そこには選択肢など無い。
なにせ勝負を降りた先にあるのは、じわじわと真綿で締められるような退廃だけなのだから。
平和な田舎が否応無く闘争に巻き込まれてゆく。
「……心配ですぅ」
急な暗雲の気配を感じて、女神リィンは小さく呟いた。
「……」
それと時を同じくして人知れず、丸山飯店の外でも白い外套を羽織った人物が不安げに息を吐き出した。
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その日の夜。洋館最上階の一室にて。
恰幅のいい男と、異様な程に透き通る白い肌の少女が夕飯を囲んでいた。
ゆったりと進む食事。家族が憩うひと時。
しかし少女は、どこか落ち着かない様子だった。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「……商店街と争うの?」
その一言が空気を大きく変える。
ガタッ、と椅子が硬い音を立てる。
「まさか出歩いたのか!?」
「だって心配だったから……それに曇りだったし」
「突然晴れたらどうするんだ!」
ヒステリックに男が叫ぶ。
「運が悪ければ『幽霊が出た!』なんて言われて追い回されたかもしれないんだぞ!!」
「でも……」
「でもじゃない! そもそも無理して窓辺に立ったりしなくていいんだぞ。それなのにお前は、」
男の怒鳴り声を、少女の甲高い声が遮った。
「わ、私だってお兄ちゃんの役に立ちたいよ!!」
真摯でどこか悲痛な言葉は、
しかし男には届かない。
「……大丈夫だから、大人しく家にいてくれ。もう直ぐ、動ける範囲も広がるから」
そうじゃない。
そんなことじゃない。
けれどなんて言えばいいか分からない。何かを口にしようとして、でもまとまらない。
彼女はもどかしそうに唇を動かし、けれど何も言えない。同じく男も眉尻を下げるばかりで言葉はない。
「……」
「……」
やがて洋館デパートのオーナーと、日光過敏症であるその妹は、目線を落としてただただ食べ物を口へと運ぶのだった。




