マオちゃんの異世界生活 20日目 その1
今日も和やか商店街はとても賑わっている。
ただ、一週間前とはその方向性が違っていた。
普段の三倍近いお客さんたちが、商店街の中を通り抜けていく。
全くお店には立ち寄らない。
幽霊騒ぎに惹かれた者。
有名ブティックが目当ての者。
デパート地下の食料品を求める者。
ワイワイと楽しげな彼ら彼女らの全てが、商店街の先にある洋館デパートへと直行してしまう。
初めの頃は『むしろチャンスだ』とばかりに呼び込みを掛けていた商店街の面々も、今ではすっかり声を出さなくなっていた。
大量のお客さんに無視されるのが堪えたらしい。誰も足を止めてくれない状況に、気力を持って行かれてしまったんだろう。気の毒だけど、ただまあ当然でもあるんだよね。
これから人々で混雑するデパートに入ろうとしている人間が、わざわざ手荷物を増やすというのは考えにくいし。
じゃあ逆にデパートで買い物をした帰りならどうか、って話だけどそれも厳しい。散々お金を使った後にふらっとお店に立ち寄って買い物をする、なんて人は稀だと思うし。
さらには、それらデパートの客が押し寄せているせいで、年配の常連客たちはどうも落ち着かないらしく、商店街にやってくる頻度もじわじわと減少傾向にあったりする。
そんなこんなで金は回らず人だけが混み合って、店舗側は不安や焦りを燻らせていた。
……そんなこんなで、
「ふん、大層な店構えじゃな。すぐにでも鍍金を剥いでやるわい」
駄菓子屋のおじいちゃんこと早越さん、
「おーおー、雰囲気あるなぁ。吸血鬼とか出てきそう。もちろん美少女の真祖な」
元転移者で今は電気店アルバイトの黄桜さん、
「はぅぅ、大盛況ですね……」
元異世界の神様で和菓子店アルバイトのリィンュフォルェス、そして
「んー、きぞくのいえ?」
「これがデパートとやらか。……で、こいつをぶっ壊せば良いのか?」
「実はちょっと行ってみたかったんだよね」
マオ、ヴィレイア、籐子、俺の七人で威力偵察に来ております。
柳家の面々は「若い子の意見が聞きたい」と商店街から頼まれたので、急遽参戦する事になったんだよね。いやぁ、日頃お世話になってるし協力しない訳にはいかないなぁ。見返りに木村さんから高めのお肉を貰ったような気がするけど、そんなのとは関係なく協力する気でしたとも、ええ。ウソジャナイヨー。
「ほら、ぼーっとしてないで入ろうよ」
籐子が軽く背中を叩いてくる。
ごもっとも。ちゃんと日頃の感謝を込めて、報酬以上の情報を持ち帰らなきゃね。
そんな訳で改めて洋館デパートを見てみると、はっきり言って不気味さはかなり控えめだ。
いや建物自体は雰囲気があるんだけど、人が多過ぎて怖さが薄れてしまっている。
ただ、外からは中の様子が全く見えないってのが特徴的かな。
どの窓も黒のカーテンで閉じられ、開け放たれた正面扉の奥にはすぐに壁が立ち塞がっている。
左矢印と右矢印が描かれ、それぞれには入口、出口と書かれている。お化け屋敷さながらだ。
中は見えないけれど、それらしい雰囲気がある。
建物内は相当不気味かもしれない。
そして外側は大して怖くないけれど、違う意味で人の目を引いている。
寂れた煉瓦塀には待ち合わせをする人々がもたれ掛かり、蔦の絡む外壁を背に写メを撮る。
お化け屋敷とかは関係なく、レトロな洋館自体も魅力なんだろうね。
写メしてからのSNSに拡散、って流れは商店街には無いもんなぁ。その違いは大きいんじゃないかな?
集客力が段違いだと思うし。
「成る程ねえ。ここまでネットの影響力が強まってるとはなぁ……」
黄桜さんがぽつりと言葉を漏らす。
異世界に行っている間に色々と世間が様変わりしたんだろうね。
なんというか、まともな人で少しホッとする。普通は驚くよね。
マオは幼いから良いとして、アホ勇者はもっと異世界について驚くべきでしょ。
本当に戦いと筋トレしか頭にないもんなあ。今もありえない重さのウェイトを両手足に付けてるし。
ほんの二週間前までは超貧弱だったのに。
ちなみに、それに付き合わされた黄桜さんはさっきから回復魔法を掛けっぱなしだ。もちろん周囲にバレないよう、こっそりとやっている。かなり器用な芸当らしい。
よくわからないけど、本当にただの回復魔法なのかなぁ。
勇者の筋肉が育つスピード、半端ないんだけど。
「さて、外から見るのはもういいじゃろ。そろそろ突入じゃい」
「ごーごー!」
早越さんが長銃を抱えるようなジェスチャーをとり、マオがそれに賛同する。
敵地に赴く気持ちなんだろうね。
俺も変なこと考えてないで、気を引き締めてかからないとな。
行きなれた商店街を横文字商業施設から防衛するために。
皆で目線を交わし合う。想いは一つ。
俺たち一行は人々で賑わう前庭を後にし、正面扉のすぐ先に立つ壁の表示に従って左へと進んだ。
壁に挟まれた通路を一歩進む度に外の陽光は遮られてゆき、じわりじわりと暗闇が降りてくる。
すぐ行き止まりに達し、もう一度右に曲がる。
始めに立ち塞がっていた壁を回り込んだ、その場所には薄暗いエントランスが広がっていた。
入口と出口が完全に区切られているわけではなく、単に通行方向の整備のために表示がなされていただけのようだ。お化け屋敷と違って順路もないのだから、当然と言えば当然だよね。
通行整備に加えて、外界と洋館内を隔てる役割もあるのかな。日光はほぼ全て遮られている。
シャンデリアに取り付けられた薄暗い白色LEDだけが、広い室内を申し訳程度に照らしていた。
周囲はなんとなく見えるが、それだけだ。
目を凝らさなければ細部までは見えてこない。
「うぅ、気味が悪いですぅ」
「雰囲気あるねぇ。サイレントヒルかバイオハザードでもやってる気分になるな」
「ちょ、変な事言わないでよ!」
ビビる神様の隣で何故か楽しそうに呟く黄桜と、それに抗議の声を上げる籐子。
怖いの苦手だもんなあ。
確か小学校低学年の頃に二人で山に迷い込んで、全然抜け出せずに夜になって恐怖のあまりおもら
「天誅!」
「ぐはっ!?」
籐子に凄まじい下段蹴りをもらってしまった。なぜ考えが読まれる!?
「ほれ、乳繰り合っとらんで先へ行くぞい」
「ぞいぞい!」
「繰り合ってませんっ!!」
早越さんに呆れられつつ、案内板の方へと歩を進める。
後ろから聞こえる「いい足蹴りだな。サイレントヒルなら即死だったぞ」って呟きとか、負けじと蹴りを練習したせいでスジを痛めてのたうち回るアホは一旦スルーだ。特に後者は下手にいじると面倒そうだ。何故に自分で巻いたウェイトの存在を忘れられるのか。
ともあれ、早越さんとマオに続いて案内板の前へ。
板の枠には少し明るい照明が取り付けられ、暗闇にポツンと浮かび上がっているように錯覚させられる。
これもまた非日常を感じさせる舞台装置になっていた。
テーマパーク兼デパート、というコンセプトが徹底されている。
案内には一階と二階の見取り図、その中に各店舗やトイレなどが記載されている。
ここは見やすさ優先で、特に遊び心はない。少し日常に戻ったように感じて緊張がほぐれる。
「いんぐに? がぷ? ぐ? なんじゃい、このフザケた店名は」
なんのことかと思えば、イングとギャップとジーユーのことだね。
確かに初見では読めない……いやギャップは読めるでしょ。英語が苦手みたいだね。
あとデパートと言いつつ、店のラインナップはジャスコ系統のものが多いみたいだ。まあニーズとしてはそっちが先か。いきなりシャネルとか持ってこられても買わないよね。
ともあれ近いところから一軒ずつ巡っていくことに。
明るい案内板を離れて、また薄暗闇の世界へ。
心なしか体を強張らせて廊下を進む。
幅が広く、壁までが遠い。
その疎らな距離が不安感を増大させる。
近くを通り過ぎるぼんやりとした人影たちに幽霊の姿を重ねてしまう。
精神を削られるなぁ。
ジリジリと進んだその先、通路の左右から柔らかな光が飛び込んでくる。
尖らせていた神経が弛緩する。
これ幸いと灯りの漏れる部屋へ入った。
するとそこには、洗練されたデザインの服がズラリと並んだ光景が。
普通であれば少し照度の足りない電灯が、暗闇から来た俺たちには眩いばかりだ。
「わぁ! おしゃれな洋服がいっぱいですぅ」
「この服可愛い!!」
「お、丈夫で動き易そうだな」
「からふる!」
女性陣が一瞬で活気付く。
黒い壁とムードのある間接照明が、品の良さと安心感を演出している。
俺も何か買おうかなぁ。
……?
買う理由は特にないよね。
なんで買おうと思ったんだろう。
「程よいストレスが購買意欲を煽って、緊張の緩急が判断力を奪う。上手い仕組みだな」
黄桜さんが頻りに頷いている。
よく分からないけれど、なんか理由があるみたいだね。
危うく洋館デパートに踊らされる所だった。
そうこうしながら俺たちはデパートを巡った。
衣類を買ったり、小物を見たり、地下で食料品を買いそうになったり。あれは危なかった。危うく肉屋の木村さんを裏切る所だった。なにせすごい安かったんだもの。あれは仕方ない。結局は買っていないから許してほしい所だ。
そういう感じで敵情視察は終わり、強敵だと再認識して商店街に戻ったんだけど……。
まさか、あんな事になっていようとは今の俺には想像もつかなかった。




