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魔王ちゃん観察日記  作者: カカカ
21/28

マオちゃんの異世界生活 13日目

 

「ん! うまい!!」


 カニクリームコロッケに噛り付いたマオの一言だ。

 美味しさを全身で表現するように、両手を上げて背伸びまでしている。


 今日もまた勇者が回復魔法をかけてもらうと言うので、マオと籐子も連れ立って商店街まで付き添ってきた。

 ……そういえば、マオが居るのに元転移者の黄桜さんは魔法が使えているなぁ。魔力は吸われないのか?

 まあ問題はないし別にいいか。

 後で女神にでも聞こう。

 なんて考えている間にぺろりと平らげてしまった様子。カラになった包み紙を寂しそうに眺めている。

 あ、こっち見た。


「ゔゔぅ!」


 両腕を体の脇でぶんぶんぶんと振っている。元魔王はさらなるコロッケを御所望みたいだね。

 昼ご飯が食べられなくなるから、これ以上買ってあげるのはちょっとなぁ。

 ……ただ、これが初めてのおねだりだったりするんだよね。マオが心を許してくれているんだな、って思うとつい買ってあげたくなる。

 どうしようかなぁ。いやいやそれとこれとは


「おばちゃん、もう一個ください」

「はいよ!」


 話が違うからなぁ。

 ほいほい言う事聞いちゃうのは


「はいどうぞ」

「やったー!!」


 マオの教育上、良くないよね。

 ここはぐっと我慢して……


「うまい!」


 あれあれー、おっかしいなぁ? いつの間に買い与えてしまったんだー?


「もう。甘いんだから」


 心の中ですっとぼけてみたけど、籐子には効かなかった。そりゃそうだ。

 ジト目で窘められた。でも後悔はしてない!


「風太くんお肉もどうだい? 安くて美味しいよ」


 そう言われて冷蔵庫の中を思い出す。確か鶏肉も豚肉もまだある。ミンチ肉も少しあるな。

 同居人が増えたから消費も早いけど、しばらくは保ちそうだね。


「いやぁ、まだストックがあるので大丈夫です」

「そうかいそうかい、また無くなったらおいで。サービスしてあげるから」


 肉屋のおばちゃんこと木村さんは明るく笑った。

 ちなみに『サービス』というのはただの常套句じゃない。本当におまけしてくれる。常連さんなので。


 この店では弁当も売っていて、以前はほぼ毎日買って食べていたっけ。

 それを見兼ねて、お手軽な料理のレシピと一食分のお肉を渡してくれたんだよなぁ。おかげで今や立派な料理男子だ。


 なんて思い出に浸る間もなく、二個目のコロッケを平らげたマオは次の店へと走り出す。

 ……ってこらこら。

 慌てて両脇に手を入れ、その小さな体をひょいっと持ち上げる。


「おー! いいぞふーた、もっとやれ!」


 浮遊感が楽しかったらしい。でもお遊びで持ち上げた訳ではないんだなぁ。

 くるっと体を反転させて木村さんに向き直らせる。


「ちゃんと『ごちそうさま』しようね」

「あ、そか。 おばちゃん、ごちそーさま!」


 顔の前で両手を合わせ、そのまま頭上にピーンと伸ばす。気合いはこもってるけど、訳は分からない。

 でも何となくマオの気持ちを受け取ったらしく、


「ふふ、お粗末様でした。またおいで」


 木村さんは嬉しそうに微笑んだ。





 ぎぃぃ、と年季の入った扉が軋む。

 途端に店内から時を刻む音が溢れ出した。

 この時計店はあいかわらず雰囲気があるなぁ。


 其処此処に設置された時計達の更に奥。鈍く黒光りするカウンターに一人、神経質そうな男が控えている。

 こちらを見遣り、けれどすぐ興味が失せたみたいに他所へと目をやった。

 無愛想かつ排他的。この店、商売は成り立ってるのかなぁ?

 つい心配になる程の一種独特な空気を保っている。

 大人でもかなり入り難くて居難い店内だ。

 塵の海にでも沈んでいるかのような、薄ら寂しい退廃感がある。


「あ、あの……」


 そんな静寂の檻を裂いて、勇気を振り絞るマオがジャーキー片手に声をかける。それに対してただ無言を返す時計店の主人。


「……」

「……」


「…………」

「…………」


「………………」

「……ぅぅ、たいきゃく!!」


 あ、根負けした。

 去って行くマオをやはり無言で見送っている。

 客商売は無理でしょ、この人。

 もしかしたら『こいつらは商品を買わないだろう』って思ってるからこんな態度なんだろうか? 

 だとすると悲しい限りだ。俺、結構好きなんだけどなぁ、この店のラインナップ。どこから仕入れているのか分からないけど、高級感があるというかなんというか。


 店を出る寸前に振り返ったけど、店主は疲れたように肩を落とし拳を額に当てていた。

 子供が苦手なのかな? よく分からない人だ。





 からから、とアルミサッシの扉が小気味の良い音を立てる。


「いらっしゃ〜い」


 白い壁で囲われた空間には、所狭しと酒瓶が並べられている。

 お酒のことはよく知らないけど、かっこいいラベルの洋酒やら和紙ラベルの日本酒やらが、品種ごとに分けられる事

 なく、かなり雑多に陳列されている。

 それに反して向きは全て揃えられ、丁寧な解説ポップがそれぞれ添えられている。

 適当なのか熱心なのか。


 それら商品棚の奥、店と住居を繋ぐ扉の前には、よれた(・・・)Tシャツと短パンというだらしない服装の女性が一人。パイプ椅子に逆から跨り、背もたれに顎を乗せてくつろいでいる。この店の主人、坂木さんだ。

 その手には当たり前のように酒瓶が握られている。

 柔らかな癖っ毛が潤んだ唇に張り付いているけど、大して艶めかしくはない。

 何というか、ダメな大人を絵に描いたような人だ。


 そんな酔っ払いをスルーして、数々の酒瓶に熱い視線を向けるマオ。


「わぁ! じゅーすじゅーす!!」


 残念ながらジュースでは……いや、果汁ジュースでもあるのか。発酵して(くさって)るけど。

 キラキラと輝く瞳を見遣った坂木さんは、にっこりと微笑んだ。


「おいで、おチビちゃん。一口分けてあげよう」

「のむ!」


 おいこら腐れアル中め、面倒なこと言いやがって。

 マオの瞳が更に輝きを増している。

 全く。

 子供だけ飲んではダメな物、なんてどう説明すればいいんだよ。

 ……まぁ、とりあえず止めないとね。


「いやいやダメだから」

「「えー、なんで?」」


 マオが小首を傾げた。

 その背後で坂木さんも首を傾げている。

 なんでやねん。


「まあ冗談はさておき」


 あ、まだ理性はあったのか。


「一杯どうだい柳少年?」

「さておけよ、冗談」

「わはは」


 楽しそうに手元のグラスを呷る坂木さん。

 ダメだこりゃ。教育にも悪そうだし、さっさとお暇しようかなぁ。

 と思う間もなくマオが動く。


「これをやる。だからじゅーすをけんじょーしろ!」

「お! いいもの持ってるねぇ、おチビちゃん。交渉成立だ」


 って、早速教育に悪い!


「はいどうぞ。ぐいっと飲み干しちゃえ」

「わーい!」

「こらこらこら、それは」


 ごくり。


 ……飲んじやったよ!!


「うえー、にがい……」

「安心したまえ柳少年。そいつはノンアルコールの麦ジュースだ」


 中途半端に理性のある酔っ払いって、かなりタチが悪いな。

 大人になっても酒は飲まないようにしよう。

 呆れる俺の真正面。ドヤ顔の彼女は今し方手に入れた犬用ジャーキーを一口かじった。


「……ん? 味がしない??」

「飲みすぎたんじゃないですか?」

「そうかなぁ」


 言いつつ、ぱくりぱくりと食べ進める。

 内心ではニヤニヤしながら酔っ払いを見守る。

 してやったり。

 ナイスだマオ。さすがは元魔王。程よい仕返しになった。


「そういえば、さっきは時計屋に行ってたみたいだね」

「ええ、まあ」


 この店はちょうど時計屋のお向かいさんだ。

 どうやら俺たちのことが見えていたみたいだね。


「どうだったかな? 言葉を交わすことは出来たのかい?」

「いやあ、無理ですよあれは」

「まあ、だろうね。あれは無口で寡黙、貝のような男だから」


 わけ知り顔で酒を呷る。

 実は恋仲だったり? んなわけないか。


「坂木さんはあの人と仲いいんですか?」

「いんや。一言喋ったことがあるくらいかな」

「そうですか」


 仲良くなるとっかかりが得られるかと思ったけど、そう上手くは行かなそうだ。


「ただ……」

「……ただ?」


 空いたグラスに手酌した坂木さんは、揺れる水面を見つめて言った。


「あれは優しい男だ。踏み込んでみてあげるといい」


 その横顔には幽かな色気が宿っている気がした。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 その後も毎日商店街に通い、マオはいろんな人と少しずつ仲良くなっていった。

 肉屋では新商品のコロッケを味見し、駄菓子屋ではメンコやベーゴマで勝負し、時計屋でも話しかけてみれば一応言葉は帰ってきた。ポツポツとではあるけど、人の良さは伝わってくる。無事ジャーキーも渡せたし、もしかしたら本当に無口で優しい人なのかもしれない。


 そんな柔らかな日々を手にする一方で……比例するように、商店街の活気は失われていった。

 まるで、他人の魔力を吸い尽くす存在だったマオを嘲笑うかのように。


 

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