マオちゃんの異世界生活 13日目
「ん! うまい!!」
カニクリームコロッケに噛り付いたマオの一言だ。
美味しさを全身で表現するように、両手を上げて背伸びまでしている。
今日もまた勇者が回復魔法をかけてもらうと言うので、マオと籐子も連れ立って商店街まで付き添ってきた。
……そういえば、マオが居るのに元転移者の黄桜さんは魔法が使えているなぁ。魔力は吸われないのか?
まあ問題はないし別にいいか。
後で女神にでも聞こう。
なんて考えている間にぺろりと平らげてしまった様子。カラになった包み紙を寂しそうに眺めている。
あ、こっち見た。
「ゔゔぅ!」
両腕を体の脇でぶんぶんぶんと振っている。元魔王はさらなるコロッケを御所望みたいだね。
昼ご飯が食べられなくなるから、これ以上買ってあげるのはちょっとなぁ。
……ただ、これが初めてのおねだりだったりするんだよね。マオが心を許してくれているんだな、って思うとつい買ってあげたくなる。
どうしようかなぁ。いやいやそれとこれとは
「おばちゃん、もう一個ください」
「はいよ!」
話が違うからなぁ。
ほいほい言う事聞いちゃうのは
「はいどうぞ」
「やったー!!」
マオの教育上、良くないよね。
ここはぐっと我慢して……
「うまい!」
あれあれー、おっかしいなぁ? いつの間に買い与えてしまったんだー?
「もう。甘いんだから」
心の中ですっとぼけてみたけど、籐子には効かなかった。そりゃそうだ。
ジト目で窘められた。でも後悔はしてない!
「風太くんお肉もどうだい? 安くて美味しいよ」
そう言われて冷蔵庫の中を思い出す。確か鶏肉も豚肉もまだある。ミンチ肉も少しあるな。
同居人が増えたから消費も早いけど、しばらくは保ちそうだね。
「いやぁ、まだストックがあるので大丈夫です」
「そうかいそうかい、また無くなったらおいで。サービスしてあげるから」
肉屋のおばちゃんこと木村さんは明るく笑った。
ちなみに『サービス』というのはただの常套句じゃない。本当におまけしてくれる。常連さんなので。
この店では弁当も売っていて、以前はほぼ毎日買って食べていたっけ。
それを見兼ねて、お手軽な料理のレシピと一食分のお肉を渡してくれたんだよなぁ。おかげで今や立派な料理男子だ。
なんて思い出に浸る間もなく、二個目のコロッケを平らげたマオは次の店へと走り出す。
……ってこらこら。
慌てて両脇に手を入れ、その小さな体をひょいっと持ち上げる。
「おー! いいぞふーた、もっとやれ!」
浮遊感が楽しかったらしい。でもお遊びで持ち上げた訳ではないんだなぁ。
くるっと体を反転させて木村さんに向き直らせる。
「ちゃんと『ごちそうさま』しようね」
「あ、そか。 おばちゃん、ごちそーさま!」
顔の前で両手を合わせ、そのまま頭上にピーンと伸ばす。気合いはこもってるけど、訳は分からない。
でも何となくマオの気持ちを受け取ったらしく、
「ふふ、お粗末様でした。またおいで」
木村さんは嬉しそうに微笑んだ。
ぎぃぃ、と年季の入った扉が軋む。
途端に店内から時を刻む音が溢れ出した。
この時計店はあいかわらず雰囲気があるなぁ。
其処此処に設置された時計達の更に奥。鈍く黒光りするカウンターに一人、神経質そうな男が控えている。
こちらを見遣り、けれどすぐ興味が失せたみたいに他所へと目をやった。
無愛想かつ排他的。この店、商売は成り立ってるのかなぁ?
つい心配になる程の一種独特な空気を保っている。
大人でもかなり入り難くて居難い店内だ。
塵の海にでも沈んでいるかのような、薄ら寂しい退廃感がある。
「あ、あの……」
そんな静寂の檻を裂いて、勇気を振り絞るマオがジャーキー片手に声をかける。それに対してただ無言を返す時計店の主人。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「……ぅぅ、たいきゃく!!」
あ、根負けした。
去って行くマオをやはり無言で見送っている。
客商売は無理でしょ、この人。
もしかしたら『こいつらは商品を買わないだろう』って思ってるからこんな態度なんだろうか?
だとすると悲しい限りだ。俺、結構好きなんだけどなぁ、この店のラインナップ。どこから仕入れているのか分からないけど、高級感があるというかなんというか。
店を出る寸前に振り返ったけど、店主は疲れたように肩を落とし拳を額に当てていた。
子供が苦手なのかな? よく分からない人だ。
からから、とアルミサッシの扉が小気味の良い音を立てる。
「いらっしゃ〜い」
白い壁で囲われた空間には、所狭しと酒瓶が並べられている。
お酒のことはよく知らないけど、かっこいいラベルの洋酒やら和紙ラベルの日本酒やらが、品種ごとに分けられる事
なく、かなり雑多に陳列されている。
それに反して向きは全て揃えられ、丁寧な解説ポップがそれぞれ添えられている。
適当なのか熱心なのか。
それら商品棚の奥、店と住居を繋ぐ扉の前には、よれたTシャツと短パンというだらしない服装の女性が一人。パイプ椅子に逆から跨り、背もたれに顎を乗せてくつろいでいる。この店の主人、坂木さんだ。
その手には当たり前のように酒瓶が握られている。
柔らかな癖っ毛が潤んだ唇に張り付いているけど、大して艶めかしくはない。
何というか、ダメな大人を絵に描いたような人だ。
そんな酔っ払いをスルーして、数々の酒瓶に熱い視線を向けるマオ。
「わぁ! じゅーすじゅーす!!」
残念ながらジュースでは……いや、果汁でもあるのか。発酵してるけど。
キラキラと輝く瞳を見遣った坂木さんは、にっこりと微笑んだ。
「おいで、おチビちゃん。一口分けてあげよう」
「のむ!」
おいこら腐れアル中め、面倒なこと言いやがって。
マオの瞳が更に輝きを増している。
全く。
子供だけ飲んではダメな物、なんてどう説明すればいいんだよ。
……まぁ、とりあえず止めないとね。
「いやいやダメだから」
「「えー、なんで?」」
マオが小首を傾げた。
その背後で坂木さんも首を傾げている。
なんでやねん。
「まあ冗談はさておき」
あ、まだ理性はあったのか。
「一杯どうだい柳少年?」
「さておけよ、冗談」
「わはは」
楽しそうに手元のグラスを呷る坂木さん。
ダメだこりゃ。教育にも悪そうだし、さっさとお暇しようかなぁ。
と思う間もなくマオが動く。
「これをやる。だからじゅーすをけんじょーしろ!」
「お! いいもの持ってるねぇ、おチビちゃん。交渉成立だ」
って、早速教育に悪い!
「はいどうぞ。ぐいっと飲み干しちゃえ」
「わーい!」
「こらこらこら、それは」
ごくり。
……飲んじやったよ!!
「うえー、にがい……」
「安心したまえ柳少年。そいつはノンアルコールの麦ジュースだ」
中途半端に理性のある酔っ払いって、かなりタチが悪いな。
大人になっても酒は飲まないようにしよう。
呆れる俺の真正面。ドヤ顔の彼女は今し方手に入れた犬用ジャーキーを一口かじった。
「……ん? 味がしない??」
「飲みすぎたんじゃないですか?」
「そうかなぁ」
言いつつ、ぱくりぱくりと食べ進める。
内心ではニヤニヤしながら酔っ払いを見守る。
してやったり。
ナイスだマオ。さすがは元魔王。程よい仕返しになった。
「そういえば、さっきは時計屋に行ってたみたいだね」
「ええ、まあ」
この店はちょうど時計屋のお向かいさんだ。
どうやら俺たちのことが見えていたみたいだね。
「どうだったかな? 言葉を交わすことは出来たのかい?」
「いやあ、無理ですよあれは」
「まあ、だろうね。あれは無口で寡黙、貝のような男だから」
わけ知り顔で酒を呷る。
実は恋仲だったり? んなわけないか。
「坂木さんはあの人と仲いいんですか?」
「いんや。一言喋ったことがあるくらいかな」
「そうですか」
仲良くなるとっかかりが得られるかと思ったけど、そう上手くは行かなそうだ。
「ただ……」
「……ただ?」
空いたグラスに手酌した坂木さんは、揺れる水面を見つめて言った。
「あれは優しい男だ。踏み込んでみてあげるといい」
その横顔には幽かな色気が宿っている気がした。
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その後も毎日商店街に通い、マオはいろんな人と少しずつ仲良くなっていった。
肉屋では新商品のコロッケを味見し、駄菓子屋ではメンコやベーゴマで勝負し、時計屋でも話しかけてみれば一応言葉は帰ってきた。ポツポツとではあるけど、人の良さは伝わってくる。無事ジャーキーも渡せたし、もしかしたら本当に無口で優しい人なのかもしれない。
そんな柔らかな日々を手にする一方で……比例するように、商店街の活気は失われていった。
まるで、他人の魔力を吸い尽くす存在だったマオを嘲笑うかのように。




