マオちゃんの異世界生活 12日目
三時のおやつも食べ終わり、エアコンの効いた二階の自室でまったりラノベを読む。
至福だよね。
パラパラと本をめくる音だけが空気を揺らす、なんて状況なら完璧だったんだけどね。
でもそうじゃないんだよなぁ。
下の階からマオと籐子、そして勇者の明るい声がぼんやりと聞こえてくる。
この前に買った服を取っ替え引っ替えして、ファッションショー的なことをしてるみたい。
楽しそう。
いや、まあ至福の時間ですよ? 一人になる時間も最近はなかったし。うん、寂しくない寂しくない。
……なんか読む気がなくなっちゃった。
仕方がないからネットサーフィンでもしようかな。
スマホを取り出し、何気なく開いたネットニュース。
さーっと流す見出しの中に、見覚えのある地名が通り過ぎる。
「ん?」
改めて見直してみると、やっぱり亜綱市の文字が。
こんなど田舎に面白い出来事なんて、そうそう無いと思うんだけど。同名の違う市かなぁ?
でも県内に同名の市なんて無いし。
そこに踊る見出しはこうだった。
【お化け屋敷とショツピングモールの異色コラボ!? ニューコンセプトの商業施設がアツい!】
うーん、やっぱり違う場所の話かなぁ? ショッピングモールなんてものがこの土地に存在する訳がない。でも最寄駅を紹介する写真を見る限り、これは間違いなく我らが亜綱駅だ。
腑に落ちないなぁ。
そうは思いつつも記事を読み進める。
不気味な洋館をそのまま活かした外観。照度が落とされた薄気味悪い館内。
その奇抜さが話題を呼んでいたが、さらにオープン早々で幽霊の目撃情報があったらしく、一部ではかなり注目を集めているんだとか。
目撃者曰く、ネットで見て面白半分にやって来たのだが、その余りに不気味な外観を見て「やっぱり帰ろう」と思い直したらしい。
そこで彼はふと視線を感じ、何気なく見上げた洋館の最上階。テナントも存在せず、買い物客が立ち入れないそのフロアに、全身真っ白な人影が。
恐ろしくなった彼は矢も盾もなくその場から逃げ去った、と書いてある。
……ただの見間違いか、単なる従業員だったのか。
普通なら問題になるけど、この場合はむしろ功を奏して大きな反響を呼んだ訳か。
もしかしたら話題作りのために、幽霊役の人を仕込んだのかもね。
さらに記事を読み進めるとテナントの紹介が。
各部屋には誰もが知っている有名店がずらりと配置されている。
正直なところ地元民としては、幽霊云々よりもそっちが驚きだった。
「おっ、ついに亜綱にもウニクロがっ!……ん?」
紹介記事の末尾、そこに記載された住所に既視感を覚える。どこだっけなぁ。
よく行く場所な気がするんだけど。
……あ、思い出した。
商店街のすぐ近くだ。
うーん。大丈夫かなぁ?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
全長約150メートル、通りの左右に二十店舗ずつが建ち並ぶ『和やか商店街』。
その中程にある中華料理屋『丸山飯店』。
油でベタつく床と手書きのメニュー。
少し黄ばんだ壁とそれなりに清潔なテーブルたち。
店の奥にはブラウン管のテレビが置かれ、野球中継が放映されている。
汚くはないが綺麗とも言い難い、そんな良くある町の飲食店といった風情だ。
昭和然としたどこか懐かしい店内。テレビの見やすい一等地に置かれた赤い円卓には、商店街の店主たちがずらり集っていた。
「それではこれより、第一回『洋館デパート対策会議』を始める」
そう言い放ったのは、どこぞの司令よろしく両肘をついて、口元を隠している安山電機店の主人、安山元夫だ。
ただ、会議の始まりを告げるバリトンボイスは周囲の喧噪に撒かれて消えてしまった。
騒がしい理由は喧々諤々の論争によるもの、ではない。雑談が盛り上がっているのだ。
みな上機嫌に顔を赤らめ、わいわいガヤガヤと楽しそう。要は酔っ払っていた。
真昼間でありながら、青島ビールをしこたま飲んだ状態。なんとも自堕落な絵面だった。
ちなみに対策会議は二時間前から既に行われている。そして安山が会議開始の宣言を行ったのは本日五度目である。
対策会議とはなんだったのか。
そんな混沌とした店内で、ただ一人シラフを保っている中華料理屋店主、丸山が円卓中央に杏仁豆腐を追加した。
「皆さん飲み過ぎじゃないかい?」
そう言ってビール瓶を次々と片付けてゆく。
「邪魔すんじゃねぇやい! 俺たちゃ客だぞぅ」
駄菓子屋の名物じいさん、早越椋男が威勢良く言い放つ。
クダを巻く他の男たちも同調し、心の友を奪われてなるものかと手を伸ばす。しかしながら中華鍋に鍛えられた丸山の腕を阻める者は一人も居なかった。
代わりに出されたお冷やをちびちび飲み、軽く正気を取り戻した彼らはプロ野球の話に興じ始めた。
その表情に大した憂いはなく、この集まりもはっきり言ってただの飲み会だ。
『商店街には固定客が多いし、これまで通り誠実に一所懸命な商いをしていれば問題ない』
それが彼らの総意であり、
そして残念ながら間違いでもあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
商業施設として滑り出し良好な例の洋館、その最上階。今尚カーテンが締め切られ、陽の光を頑として拒絶するその屋内。事務所として使われる一室にて。
経営主である恰幅の良い男、餅山十蔵が見慣れない通信機器で何者かと連絡を取っていた。
「どうやら順調そうだな」
「はい。融資していただき、ありがとうございました」
トランシーバーのような機器の向こうから、尊大な響きを持つ声が響く。どうやら、この施設の開業資金を融資してきた者が電話相手のようだ。
「テナント企業も人気店ばかりらしいな。やるではないか」
「いえいえ、それもこれも元手ありきですよ。
……今更ですが、あれだけの金額をタダ同然で融資して貰って……その、本当に良かったんでしょうか?」
その問いかけに、通信機器の先で笑みを深める気配が漂う。
「無論だとも。私は貴方の心意気に感銘を受けた、だから金を融通してやったのだ」
言葉自体は粋で伊達。
しかしその声はどこか寒々しい。
「であるからして、資金を返してもらう必要はない。時折、進捗をそれで報告してくれれば十分だ」
そう囁かれ、安堵する経営主。その手に収まるのは薄暗い部屋の中でも尚暗い通信機器。
融資元の男から渡されたそれは、直通のホットラインだと教えられていた。事実としてその男にしか繋がらない謎のトランシーバー、その背面。
本来ならバッテリーがあるべきスペースには、丸められた千円札が数枚収まっているだけなのだが、
望外の資金を与えられた彼がその事に気付くのは、
まだまだ先の話だった。




