マオちゃんの異世界生活 11日目
朝食も終わって、ゆったりラノベを読んでいる時だった。脳筋勇者の声が居間に響き渡る。
「見よ、この筋肉!!」
寝間着姿(籐子のお古)でポージングを決めている。
腕の筋肉を見せ付けているつもりかもしれないけど、今にも衣類を弾け飛ばしそうな、胸に実る脂肪の方が圧倒的に目立ってる。
そもそも、たった二日で筋肉が増える訳ないよね。
でも本人的には実感があるらしく、今日も筋トレに精を出していた。
「ふぅうう! キレてるぅ!!」
自画自賛の声量が大きすぎる。その所為でラノベを読む集中力がガンガン削られて……本当に声がデカい所為ですよ? 震える双丘がデカい所為じゃないよ?
魔獣のクロに目線を向けると、耳を垂れて迷惑そうな表情をしていた。うんうん、うるさいよね。
完全に無視してブルーベリーに水を遣るマオと、タンスの上で優雅に眠るタマが羨ましい。
あ、ちなみに籐子は実家に戻ってます。まぁ流石にね。ずっと外泊は無理でしょ。おかげで安心して勇者のマッスルポーズ見放題だぜ、ひゃっはー!
と思っていたら、いつの間にか腕立て伏せを始めてしまった。背中しか見えないね。
てか……ちょっと煩悩を払ったほうがいいかもしれない。ヴィレイァさんと籐子が泊まり始めてから、ちょっと良くない感じだ。
「98、99、100!! よし、おっちゃんの所までランニングだ!!!」
腕立て伏せを終えて、なお元気な……え、百回?
「まおもいくっ!!」
浮かんだ疑問がマオの元気な声に流される。
一昨日に商店街へ行ってから、どうやら相当気に入ってるみたいだね。あそこの付近に住んでる、おじいちゃんおばあちゃん達に優しくしてもらったのが、かなり嬉しかったみたいだね。
人間が怖かったはずのマオが……。
「なぁ、マオ。 おじいちゃんおばあちゃんに会うの、そんなに嬉しい?」
「うん! ころっけ!!」
食べ物目当てやん。
でもまぁ、十分な前進だよね。
てか、他人からほいほい物をもらっちゃ駄目だって、ちゃんと教えとかないと。
「コロッケを貰うのはいいけど、誰かに何かをしてもらったら、ちゃんと『ありがとう』を言うんだぞ?」
「わかった」
「それと、貰った分は何かを返さなくちゃいけない」
キョトンとした顔で返された。
ちょっと難しいかな?
「……? ころっけ、はんぶんこするの?」
「いや、違うものを返すんだよ。お互いに助け合うのが田舎だからね」
「??」
かくんと小首を傾げた。伝わってないね。
うーん、どう説明しようか。
具体例のほうがいいかな?
「例えば、田中さんにジャムを貰ったとします」
「じゃむ!!」
「すると俺は、後で『ありがとう』の気持ちとしてお野菜を持っていきます」
「いらなーい」
ぐぅ! 素直な言葉が刺さる。
いや、子供だから美味しさが分からないんだ。
俺の野菜は迷惑がられる品物ではない。大丈夫なはずだよね……多分。
てか本題はそこじゃない。
「気持ちが大切なの。自分にできることをして、感謝を形にする。わかる?」
「んー、なんとなく?」
大きくなるにつれて、分かるようになるかな。
取り敢えずこのくらいにして。
「じゃ、行ってきまーす!」
こっちの対処が先かなぁ。
アホ勇者を単独で野に放つわけにはいかない。
今すぐ引き止めて、みんなで出かけよう。
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分厚い雲が空を覆い、眩しい太陽を遮ってしまっている。過ごしやすいけれどちょっと物足りない。
そんなほんのりと暗い雰囲気の中を歩いて来た訳だけど、商店街の入り口に来た瞬間にそれらは全部吹き飛ばされた。
各店舗の呼び込みがアーケード内を明るく照らし出しているみたいだ。相変わらず盛況だね。
「おや、マオちゃん。こんにちは」
買い物中だったお婆さんから声がかかる。
「今日も元気じゃなぁ。ええことじゃ」
和菓子屋のベンチで緑茶をすするお爺さんが眼を細める。
あちこちから孫扱いのマオ。田舎では若い世代って珍しいからなぁ。その上、西洋的な目鼻立ちとくれば注目を集めるのも宜なるかなって感じだね。
とか考えてる間に、マオが肉屋のおばちゃんの元へ。
またコロッケを貰いに行ったのかな?
ちょっと注意して……いや、違うかな。
後ろ手にジャーキーを持ってるし。
「あらマオちゃん。今日はどうしたの?」
「おばちゃん、これあげる!」
「お姉さんね。ん、これはジャーキー?」
「これでなかまになるの!」
「あらそう、ありがとうね。お姉さん嬉しいわ」
おばちゃん、いやお姉さんに仲間の証受け取って貰ったマオはご機嫌な様子で、次なるお店へと突撃していく。
うん、今日は有意義な一日になりそうだ。
ガチャ、ギィィ。
焦げ茶色の扉が軋む。外の喧騒が嘘みたいだ。
ゆったりと舞う塵芥と、多様な種類のアンティーククロックが室内を占めている。
子守唄のような秒針のリズム。室内の空気が眠りについている、そんな感じがして入店を尻込みしてしまう。
マオも何かを感じたのか、坂野時計店と書かれた看板の下をくぐる事が出来ないみたいだ。
そんな俺たちの正面、来店客に一瞥もくれることなく新聞紙を読み耽る店主のおじさんがいた。
細身で少し神経質そうな風貌。許可なく店に入れば怒鳴られるのではないかと、そう錯覚させられるほどに素っ気ない接客態度だ。
正直なところ俺も話したことがないから、彼がどんな人か分からないんだよね。
まるで時が止まったみたいなマオと店主の睨み合い、片方は新聞見てるけど、が続く。
幼いなりに忍耐力のあるマオは、さすがというべきか10分ほどそうしていたけれど。
ゴーン、ゴーン。
くるっぽ!くるっぽ!
突如鳴り響いた鳩時計に驚き、限界を迎えた。
「た、たいきゃくっ!」
子供らしいモッチリとした走りで店前から去っていった……おっと、追わなきゃ。
「すいません、失礼いたしました」
時計店の店主に一礼したけど、やっぱり微動だにしない。
俺も若干苦手だなぁ、この人。
「仲間だぁ? なってやってもいいが、儂との勝負に勝ってから言いな」
ジャーキーを差し出された駄菓子屋の店主が放った一言だ。
現在の状況としては、駄菓子屋の店内に入って店番をしていたお婆さん(店主の奥さん)にジャーキーを渡して、そのやり取りを聞いていたんだろう、さも偶然やってきた風で現れたお爺さんにもジャーキーを渡そうとした、今ここ。
この人は商店街でも有名な『名物お爺さん』だからなぁ。
癖は強いけど、稚気に溢れる人だったりする。今の一言も、童心に帰って遊びたいけど素直に言うのは恥ずかしい、という気持ちからの一言かな。
その証拠に、長年連れ添っているお婆さんが愛らしいものを見るような、母性に満ちた視線をお爺さんに向けている。ラブラブだなぁ。
まぁともかく。
そんな訳でお爺さんの取り出したベーゴマで勝負する事になったんだけど、
「んっ! んん! ふんっ!!」
マオが何回投げても上手く回らない。
まぁ、ちょっと難し過ぎるよね。
「違う違う! こうじゃ、こう!」
怒った風の語気だけど、声はとても楽しそうだ。
負けず嫌いなマオも挫けることなくレクチャーを受けている。この様子なら、すぐに仲良くなれるかな?
3時間後。
「ぜぇ、ぜぇ」
「ふぅ、ふぅ」
肩で息をする二人の姿があった。
頑張りすぎでしょ! 見てる方としては、まあ微笑ましくて飽きなかったけど。駄菓子屋のお婆さんなんて、3時間前よりも少し若返ってる気がするくらいだ。
それはともかく、当人たちは満身創痍だ。
しばらく睨み合い、そして同時に言い放った。
「「おぼえてろよ!」」
本当に負けず嫌いだなぁ、二人とも。
そんなこんなでいろんな店を周って、少しずつ他人と触れ合って。
そんなマオの背中を見ながら、俺は柳家に拾われたばかりの頃を少し思い出した。
周りとのギャップが許せなくて、荒れていたっけなぁ。まあ過去の話だね。今はマオを見守る時間だ。
一つずつ着実に。生き延びる為ではなく、幸せになる為に歩んで欲しい……みたいな感じかな。
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分厚いカーテンに遮られ、異様な雰囲気を醸し出す洋館の中。重厚感が寧ろ不気味な廊下の左右。
ずらりと並ぶ樫の扉は開け放たれ、その奥には光量の少し物足りないLED照明が取り付けられている。
そして各室内には、衣類や宝石類、食料品や雑貨などなど。種類豊富な物品が並べられていた。
各室を見回る恰幅のいい小男が満面の笑みで両手を広げ、そして振り返る。
「どうだ、完璧だろう!
気に入ってもらえたかな?」
「……」
その男の後ろ、水彩画的な色合いの外套を纏った人物は胸元に手を当てて、小さく一度頷いた。