マオちゃんの異世界生活 9日目
衣類が圧倒的に足りない。
食料も心許ない。
あと勇者が朝食の時に皿を割った。
そんなこんなで俺と籐子とマオ、そしてヴィレイァさんの四人はショッピングへと繰り出していた。
今は柳家から歩いて小一時間ほどの近場にある、「和やか商店街」を目指している途中。
住宅地(と言ってもかなり疎らだけど)の舗装された道路を歩いている。
でも初のアスファルトを見ても信号機を見ても車を見ても、完全にいつも通りなマオとヴィレイァさん。
マオはまぁ、産まれてからずっと古城で一人暮らしだった訳で。
だから何もかもが目新しくて、興味津々な態度だ。これは分かる。今もあちこち道草しまくってる。いつも通りだね。
おかしいのは勇者ヴィレイァさんだ。
まったく反応が無いというか、完全に無関心だ。都会じゃないからそこまで驚く要素が無い、ってのもあるけど……それにしたって反応が無さ過ぎる。
どんだけ戦闘狂なんだろう。
今だって筋トレによる筋肉痛のせいで、よちよち歩きを余儀なくされている。
まぁ、魔力に頼った生活で筋肉があまり鍛えられてない勇者がいきなり筋トレをしまくれば、どうなってしまうかなんて分かりきっているよね。
だから「ちょっとずつトレーニングした方がいいよ」ってちゃんと止めんだけどなぁ。
多分自室でこっそり励んでいたんだろうね。
そんな訳で彼女は今、ひょこひょこと太腿の筋肉を庇う様に小股で歩いてる。ペンギンみたいでちょっと可愛いけど、流石に飽きてきた。あと湿布臭い。
まぁ時間はあるし、別に急かしたい訳ではないんだけど……マオの様子が気になるんだよね。
実は住宅地に入ってから、少し落ち着きがない。
人が多く住んでいるような場所は、まだまだ苦手なのかもしれない。
他人と接することにも慣れてきていると思ったんだけどなぁ。まだ早かったかもしれない。
少し不安になって籐子に目線を送ると、彼女は軽く笑って肩をすくめた。
「もう、なんて顔してんのよ」
笑われるほど表情に出ていたらしいね。
なんとも気恥ずかしい。
でも相談はしないとね。
「今日は引き返した方がいいかな?」
そう訊くと、彼女は微笑ましそうに目尻を和らげた。
とめどなく放出される姉力を前に、自分が彼女の弟になったかのような錯覚を覚える。
「大丈夫大丈夫。人見知りな子だったらそんなもんだって」
一番下の弟がそうだからね、と少し困り顔を作る。
それを聞いて、すっと心が軽くなる。
マオと弟は事情が違う、とか反論はいくらでも出来るんだろうけど、不思議と「だったら大丈夫かな」と思っている自分がいる。
「それに、私達でちゃんとフォローしてあげればいいじゃん」
「確かにね……ありがと、籐子」
「う、うん」
本心からの感謝に照れたのか、頬を染めて目線を外されてしまった。
でも本当に籐子の言う通りだ。マオは普通の女の子として育てる、がスローガンだもんね。
さっきの考えは『逃げ』だったかもしれない。
……あ、そうだ。
マオに注意しとかないといけない事を思い出した。
そわそわと周囲を見回しつつ、道端でダンゴムシを突くマオに声をかける。
「なあ、マオ。ちょっといいか?」
「だめ。いそがしい」
おや、反抗期かな。
「このもんすたーつついたら、ちょっとだけまりょくふえる」
「あ、なんだ」
反抗期じゃなくて一安心。
……え、ダンゴムシってそんな生物だったの?
「あ、マブュカト! こっちにもいたのか!!」
ヴィレイァさんだ。
そう言うなり、ダンゴムシに飛びかかる。
やおら掴み取って手の平に乗せ、コロコロと転がし始めた。何してんねん。
と思っていたのも束の間。ダンゴムシから砂鉄のような鱗粉が舞い上がっては、ヴィレイァの身体へと吸収されてゆく。
「きたきたきたきたー! あとは回復魔法で筋肉痛を……って魔法使えねぇー!!!」
え、何事? 完全に置いてけぼりの気分だよね。
とりあえずこの人は魔法の使えない脳筋だったことが確定した。
「うぎゃぁ!! き、筋肉が痛いいい!!」
筋肉痛なのにそんだけ動いたら、そりゃあね。
……てか、おバカ勇者に構っている場合じゃなかった。
改めてマオの方に向き直る。
「なあ、マオ」
「ん?」
次なるダンゴムシを探して四つん這いになった彼女が声だけで返事した。
「人前で魔獣を出さないように気をつけろよ?」
「ん……? わかったー」
盛大に首を傾げている。
絶対分かってない。
「本当に分かってる?」
「すごくわかったー?」
何故に疑問系……。
俺もクビを傾げてしまう。
「あ、いた!」
どうやらダンゴムシを見つけたみたいだ。そっちに興味津々になってしまう。
うーん、大丈夫かなぁ。