マオちゃんの異世界生活 8日目 その2
濡れシャツ姿の女騎士を見て、キレた後のこと。
マオと戦うために柳家へ入ろうと暴れるふしだら騎士を引きずって、籐子はにわか雨のように忙しなく自分の家へと帰っていった。
完全に置いてけぼりだね、これ。
どうしよう。
マオと顔を見合わせる。
眉の少し垂れ下がった、なんとも言えない表情をしていた。
そりゃそうだよね。
過去のトラウマに立ち向かって、必死に干し肉投げてたのが全部うやむやになったし。
「……」
「……プリン食べたいか?」
そう訊くと、少し唇を尖らせた。
拗ねたのかな。子供扱いするなってこと?
あ、でも頷いた。
こんなに幼くても女心は複雑みたいだ。
取り敢えず、とびきり美味しいプリンを作って労ってあげようかな。
一時間後。
カラメルとバニラビーンズをたっぶり入れた、特製プリンの出来上がり。
ちょっと時間がかかってしまった。
手を動かしたほうが気も紛れると思ってマオにも手伝ってもらったんだけど、火も使うし包丁もあるしで全然目が離せない。
当然のように作業も遅れるよね。プリンにも結構すが立っちゃったし。
でも、途中で味見したり卵液作りを手伝ったり。
料理に対して興味深々でした。
気を逸らす目的は果たせた感じかな?
そろそろ冷えた頃合いだろう、と冷蔵庫からプリンを出したタイミングで玄関から声が。
「ふーた、入るよ!」
「うぅ……」
ちょい怒り気味な籐子と、呻き声?
騎士どうした。
まぁ、ひとまずプリンを四つ用意しておこう。
「全くもう! これだから男は!!」
「くぅ……なんだこのヒラヒラは……」
怒っているけど何故か涙目な籐子と、彼女が可愛さに惹かれて買ったものの、冷静になったら着るタイミングが無いことに気づいたフリルドレスを纏って、恥ずかしそうに内股気味で身悶えする騎士さんが、それぞれドシドシおずおずと居間に入ってきた。
「おぉ!」
かなりイメージが変わるなぁ。
金髪美少女とフリルって最強コンボなんじゃなかろうか。
髪も綺麗に整えられてポニーテールになっている。
頬が少し上気してるところを見ると、多分お風呂に入れてあげたんだろうね。
……騎士さんを凝視していると、なぜか籐子の青筋が増えた。
取り敢えず落ち着いてもらおう。
「まぁ、座って話さない? マオと作ったプリンもあるし」
マオをダシに使うような一言に「キッ!」と睨みを効かせてくる。
それでも不安げな幼子を前にして、籐子は姉気質を取り戻したみたいだね。
優しい表情でマオを褒め始めた。
……まあ俺を見るときは、まだ目が険しいけど。
なんでそんなに怒ってらっしゃるの?
分からなければ、聞けば良いよね。
「ところで、なんでそんなにキレてるの?」
「……。 ……だって胸が」
え、胸? そう言われて異世界騎士の該当箇所に眼を向ける。
フリルで巧妙に隠されているが、そこには今にも布を引き裂きそうなほど無理やりに詰め込まれたメロンが二つ、確と存在していた。
対して籐子の方に目線を向けると、おそらく同じサイズのTシャツは、なんというか、まあ、生地に負担のかからない優しい状態だった。
胸囲の格差社か……
「ふーた、殴るよ?」
真顔が怖い。
すぐさま目線をそらす。
普段は優しいんだけどなぁ。
この手の話題は鬼門だったみたいだ。
「おほん。さて本題に入りますか」
「………………まったく。次は無いからね?」
地雷を踏み抜かれても、なんだかんだで許してしまうあたり、籐子の包容力はかなりの物だ。
さておき金髪美少女に視線を向ける。
……ちゃんと胸じゃなく目を見てるよ?
「では改めまして、俺は柳風太といいます」
「うん、トーコから聞いた。私の名はヴィレイァ、勇者だ」
「「えっ!?」」
マオの討伐に関わったどころか、完全な敵だよね!
ってか何で籐子も驚いてるの!?
「いや、名前しか聞いてなかったから……」
「そっか……」
マオの様子をちらりと伺う。
さっきはいきなりの事で混乱してたのもあると思う。その勢いでがむしゃらに勇者と対峙してたのかもしれない。
でも、今は冷静に向き合うことを強いられてる。
両手は硬く握り締められていた。指先が少し白くなっている程に。口元も引き絞られている。
けれど頑として力強いそれらとは対照的に、瞳は不安げに揺れていた。
親に捨てられ、魔獣に物を盗ませて生活し、多くの大人から敵意と怖れを向けられてきた。
でもそんな風には見えない程、今の状況に馴染んでる。積極的に、他の存在と関わろうとしている。
この子は凄い子だ。
向こうで色々あっただろう事は想像に難くない。
生み出した魔獣はきっと誰かを害したんだろう。
魔力を吸われて倒れた兵士達もいたんだろう。
あるいはマオ自身が人を殺めているかもしれない。
でも、それがどうした。マオなんて生まれて来なければ良かったって、そう言うのか。
そんなの俺が絶対に容認しない。こいつは生きていただけだ。望まれていようがいまいが関係ない。
もしこいつの手が赤く染まっていたとしても、
数多の理不尽に曲げられる事なく、真っ直ぐ強く在るマオの生命は、絶対に貴い。
みっともなく荒れていた、いつかの自分に見せてやりたいくらいの、立派な生命だ。
だからちゃんと教えてあげないと。
罪の背負い方を間違えちゃいけないって。
今のお前は間違ってないって。
「マオ、大丈夫だ」
「……?」
今にも涙が零れ落ちそうな震える瞳を見据えて、硬く閉じた拳に柔らかく手を添える。
「俺も、籐子も、クロも、神様も、きっとタマだって。みんな、お前の仲間だ」
「っ!」
「この世界に来て約一週間。お前が精一杯生きて、誰かに求められた証なんだよ」
俺を見詰めるその瞳にほんの少し、温かな色合いが混じる。
それでも揺れる瞳はまだ恐怖を映す。
きっと幼いながらに理解しているんだと思う。これから普通の生活を続けるうちに、自分のした事が何なのかが、否応無く突き付けられ続けるってことを。
でも、それでいいんだと思う。
……身勝手で無責任だろうか? でも他の選択肢が思い付かない。今大事なのは、マオに下を向かせないことだ。
だから目を見て言い切った。
「お前が苦しくなったら、俺たちが支えてやる。だから胸張って前を向け」
「ふうた……」
ちょっと難しすぎたかもしれない。でも何かは感じ取ってくれたみたいだ。
マオは目元を袖でガシガシ拭くと、ビシッと背筋を伸ばした。
なんとか持ち直した、かな?
……あとは勇者を説得するだけだ。
俺も改めて背筋を伸ばした。
「単刀直入にいきます、ヴィレイァさん。魔王を見逃してやってくれませんか」
「うん、いいよ」
「そうですよね。 でもこの子は、こっちの世界に来てから………………ん?」
今なんて言った?
「……え、いいの?」
「うん」
「そんなにあっさり?」
「うん。はっきり言って興味ない」
「え〜」
それは勇者としてどうよ?
「私は強い奴と戦いたかっただけだし」
「え〜」
ただの戦闘バカやん。
「作物が盗られて村人たちが困ってはいたけど、雑魚魔獣しか増えてないからそれ以外は大した被害じゃないし」
「え〜!」
話が違うぞ、神様!
人々が絶望するどころか、回復屋と蘇生屋はむしろ喜んでいたくらいだそうだ。
なんかもう色々と台無しだった。
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七時間後。
俺たちは四人で飯を食っていた。
あまりの美味さに喜色満面なヴィレイァさん。
その無邪気さに毒気を抜かれた様子の籐子。
そして、意外と普段どおりに食べているマオ。
思ったより穏やかな晩御飯になって一安心だった。
……もうね。さっきまではヤバかったからね。
あの後、勇者が俺たちの強さをしつこく聞いてくるから、筋トレの本を渡してみたら……
「おー! この発想はなかった!! この辺が胸筋か??」
とか言いながら鏡の前でいきなり脱ぎ出すし。
籐子が必死に止めて一悶着あるし。
筋トレ以外の本(格闘技術の指導書とか)を目当てに俺の家に居候するとか言い出すし。
ヴィレイァさんを見張るために、籐子も泊まるとか言い出すし。
気が付いたらいきなり家の中でタマと模擬戦をおっ始めるし。
まぁ、緊張の糸が切れて微睡むマオに気付いて、二人とも静かにしてくれたけど。
その寝顔に癒されたところで、ヴィレイァさんの胃袋が空腹を訴えて、今に至ります。
うん。マオ様々だね。
明日はジャムたっぷりのパイでも焼いてあげようかな。
〜本日のマオちゃん観察結果〜
少し過去と向き合った。
勇者と和解(?)した。