マオちゃんの異世界生活 8日目 その1
早朝。
柳家前の畑にて。
夜に雨が降っていたのか、しっとりとした空気が薄暗く周囲を包んでいる。
「うーん」
陽があまり登ってないから、農作業も比較的やりすいんだけど……なんかジメジメする。
あんまり頑張る気も起きない。
もう終わりにして、ちょっと二度寝しようかな。
そう思い立って手短に作業を終わらせ、ちゃっちゃと農具を片付けようと、
「ぅ、ぅぅ……」
「……」
農具入れのあたりから呻き声が聞こえてきた。
え、なに今の。超怖い。
いや、きっと気のせいに違いな
「うぅぅ……」
「……」
割とはっきり聞こえた。
聞こえたくなかったなぁ。
幽霊とかそういうの苦手なんですけど!
ん? よく見ると人が倒れてるな。
なぜか鎧を身に付けている。
とりあえず実体感はあるから、幽霊的なやつじゃなさそう。
……いや、これはこれで怖いな!
目鼻立ちの綺麗な女子に見えるけど、完全にヤバい人だよ。金髪のウィッグも本物にしか見えない。
何で畑の脇でコスプレ??
さすがに関わり合いたくないなぁ。
「ぅぅ……重い」
「いや脱げよ!」
まずい。
つい不審者に突っ込みを入れてしまった。
「む、そこに誰かいるのか! ちょっと助けて」
ほら気付かれた。
「重くて動けないから、鎧を外してくれないか」
「……はぁ」
うーん、放っておくのは可哀想かな? もしかしたら本当に脱げなくなって困ってるのかもしれないし。
「どこから外すんですか、これ?」
「まずは脇腹あたりの……」
指示されるままカチャカチャと鎧を外す。
一枚一枚が重くてヤバい。
マジの金属鎧だった。気合い入りすぎでしょ。
30分後。
「……ふぅ。やっと取れた」
結構な重労働だったなぁ。
雨が降っていた時から倒れてたみたいで、鎧の中に水が溜まりまくって余計に重かった。
もはや眠気も飛んで、二度寝する気が起きないね。
そんな俺をよそに、身軽になった騎士(?)は良い笑顔を浮かべている。
「いやぁ、助かった。礼を言う」
まだ身体が怠いのか、ゆっくりと立ち上がる。
「っ!?」
一目見て驚愕した。
だって肌着一枚にハーフパンツ姿だし。
雨水に濡れている所為で、生地がピッタリ張り付いて身体の線が丸見えだし。
しかも、ちょっと透けている。
っていやいや、もうちょっと見られる事に気を配ろうよ!!なんで普通に仁王立ちしてんの!?わざとなの?そうなの?!くっ、やぶさかではない!!
なんて思っていたら、盛大な腹の音が。
「うーん、腹が減った。ちょっと食べ物を恵んでくれないか?」
無頓着な上に図々しいな!?
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なんだかんだで断り切れず、結局家の前まで連れてきてしまった。
まあ、おにぎりでも握って食べさせれば満足するだろう。
「ちょっと食べ物を取ってくるから待ってて」
「うん、分かった」
そんな軽い気持ちで引き戸を開けてしまった。
「あっ!?」
「な!? お前は!!」
扉の先、廊下に偶然いたマオと謎のコスプレイヤーが相見える。
……え、知り合い?
まさか異世界の人?
「くく、あははは! まさか本当にこの世界にいるとは思わなかった!! さあ、勝負だっ!!!」
突然笑い出した騎士が家の中に踏み込み、ってコラコラ。
すかさず右腕を掴んでその場に留める。
「む、離せ!」
ぐいっ、ぐいっ、と軽く反抗してくるが、もちろん手は離さない。
いや表情からすると本気で抵抗してるのかな?
でもあんまり力強さは感じない。なんか幼稚園児くらいの膂力……あ、そういえば異世界人ってそうだった。魔力が無いと超弱くなるんだっけ。
「むっ、何故止める! てかチカラ強過ぎないか!? 大鬼くらいの強さはあるぞ」
いや別に化け物級ではないですよ? 体育の成績はいつも平均点だしね。
一方、マオはいつの間にか姿を消している。
……まぁこの異世界騎士が魔王討伐に関わってたなら、嫌な記憶の権化みたいなもんだしなぁ。
とりあえずややこしくなりそうだから、ちょっと籐子に助けを求めよう。
ちょくちょく頼って申し訳ないけど、でも同時に二人も面倒を見きれる自信がないんだよね。
早速メッセージを送信。
「あ! おっちゃんが持ってた異世界の道具!!」
おっちゃん?
「そっか……ここはおっちゃんの故郷か」
「? あぁ、向こうに転移した人のことかな」
二〜三人くらい居るみたいだから、その内の一人なんだろうね。
どんな生活を送ってたんだろう。
ちょっと気になる。
「あ、それよりもお前! なんで魔王を匿ってるんだ。 幼子が好みか?」
それはない。
その証拠に、さっきから濡れシャツに強調されてる双丘が気になって仕方ない。
ハリがあって形がいいなぁ。
……おっと、いけない。失礼だな、俺。
「いやいや。女神さまに頼まれたんだよ」
「へぇ、女神と知り合い……もしかして、お前も神の一柱だったりするのか?」
「いやただの人間、」
ペチペチペチ!
「わぷっ!」
唐突に騎士の顔面へとジャーキーが飛来した。
「えい! えい!! 仲間になれ!!!」
マオだ。
ペット用の干し肉を遮二無二投げ付けている。
いやドラ◯エじゃないんだから。
「や、止めろ魔王!」
堪らず両腕でガードする騎士。
顔面は守られたが、がら空きとなった胸にぽよんぽよんと突き刺さっては弾け飛んで行く。
眼福だけど、凝視するのは如何なものか。
仕方ないからチラ見くらいに止めておこう。
うん、それがいい。
そうして煩悩にちょっと敗北した俺に、絶対零度のナニカが降り注ぐ。
「ねぇ、ふーた。こっち向いて?」
ぞわっ!
感じたことのない雰囲気。
声は籐子のそれだけど、決定的に何かが違う。
それはムーミンへの語りかけと一線を画していた。
「えっと……籐子、さん?」
「ん? なぁに?」
目が、目が笑ってない。
「え、えっとですね? この人も異世界人らしくってですね?」
「へぇ、そうなんだぁ……」
「……」
「……」
だ、誰か助けてー!