幕間 女勇者の魔王不在生活 7日目 その1
「ちょっと魔王をなんとかしてきます。これしか方法が無くって……ごめんなさい」
という意味深な神託から一週間。
異世界は未だに混乱の渦中にあった。
普段ならば神官たちにノリノリで応えるはずの女神が、どれほど祈りを捧げようとも全く返事がない。
さらに時を同じくして、魔王も忽然と姿を消している。
まさか相討ちになったのではないか。
いや、魔王を倒した後で迷子になったんだ。
いやいや、少しバカンスに出かけているだけかも。
様々な憶測が飛び交う中、関係各所は大わらわ。
猫の手も借りたい日々が続いていた。
王宮では方々から問い合わせが殺到し、
「あぁ、女神様よ! 一体何処へ!!」
「嘆いている場合じゃないですよ、執務長官! 女神様失踪に関連する新しい問い合わせが来ております。これがその資料となりますので、ご確認ください」
天井を仰ぐ男の前に、一抱えはある書類の束を置く秘書官。
「うっ、こんなに沢山……」
「まだまだありますよ(ドサッ。ズドン。ドシン!)」
「………………ちょっと女神様を探してきます」
「逃がしませんよ!?」
種々雑多な折衝に追われ、執務官たちは顔が真っ青になっていた。
神殿では昼夜を問わず祈りが捧げられ、
「女神さまぁーー↑↑」
「「「「「「マ・ジ・女神ッ!!」」」」」」
魔力によって光る謎の棒を一心不乱に振り回す男たち。
「おい新入り! 腕の振りが甘いぞ!!」
「す、すいませんマドカ大神官さま!」
「馬鹿野郎、親衛隊長と呼べ!! 何度も言わせんな!!!」
「は、はい!!」
若手神官を叱咤する大神官、あらため親衛隊長。
転移者である彼は人知れず顔をしかめる。
(まさかリィンさんが居なくなるとは……。あの人の一所懸命さに惚れ込んで、ずっと崇拝を続けるために俺は……)
「くっ、リィンュフォルェスさまぁ!!! とどけぇ!!!!」
「「「「「「おぉぉぉ……!」」」」」
アイドルオタク歴二十年の古強者が打つ渾身のオタ芸に、すべての神官たちは思わずどよめいていた。
魔導研究院では神の失踪について学術的に、
「まぁ、あれだ。いつものことだろ」
「そうだな。居てもいなくても研究に支障はないし」
「うむ異議なし。はい解散! 各自の研究に戻れ」
検証を重ねることはなく、平常運転だった。
そうして女神の不在が異世界を揺るがす(?)中、別の理由で急激に暇を持て余す人間がいた。
女勇者、ヴィレイァである。
もちろん魔王が居なくなったからといって、普通は暇になったりしない。
魔王が居らずとも魔物は依然として存在しているのだから、勇者は当然のように王宮付きの戦力として各地に駆り出される。
というか今まさに、彼女とその他の兵士達は人里近くに出た魔物の群れを、根こそぎ掃討している最中だった。
農村付近の森とはいえ、魔物が出るため長らく手入れされていない。
鬱蒼と茂る緑が陽光を遮り、自然の障害物が行く手を阻む。
その不自由な環境の中で重く厳めしい騎士鎧を纏う勇者。
十代後半の若い身空でありながら、民の為にと輝く金髪を振り乱して懸命に剣を振るっているはずの彼女が、暇であるはずがないのだが……。
フォレストウルフが一体現れた!
「ん」
ズシャッ!
勇者は適当に剣を振った。
フォレストウルフは真っ二つになった。
オークが三体現れた!
「とぉ」
ごぱぁん!
勇者は面倒くさそうに剣を薙いだ。
オークたちの腹が真横に裂けた。
サイクロプスが十体現れた。
「え〜い」
ズォォォァァアア!!!
勇者は無造作に剣を突き出した。
なんか凄い剣圧がサイクロプスたちを地面ごと消し去った。
終始この有様だった。
要するに張り合いが無さ過ぎて、もはや暇なのだ。
勇者についてきた兵士達は開いた口が塞がらない。
「ヴィレイァさん、半端ねぇ」
「これで魔王に勝てなかったとか、信じられん」
「てか、この任務に俺ら必要無かったんじゃね?」
「「確かに」」
そうして兵士達が駄弁っている間に粗方の魔物は肉片と化していた。
心底つまらなそーにあくびをする勇者に、かつての覇気と凄烈な美しさはない。
「ん〜、どうしたらいいかなぁ…………」
拗ねたように口を尖らせ、人差し指を顎先に据える。何かを思案しているようだが、
「あ、そうか。弱くなればいいんだ」
何か良案を思いついたのだろうか。
怠そうなオーラがみるみる消えてゆく。
楽しそうな笑顔を浮かべて剣を地面に刺すと、おもむろに防具を脱ぎだした。
ガシャリ、ガシャリ、と小手や鉄履が脱ぎ捨てられるたび、硬く身を守る鋼板の下から少女らしい柔らかな肉体が剥き出しとなってゆく。
「「「おぉぉ!!」」」
胸当てから形の良い双丘が転び出たあたりで、周りの兵士達から歓声が上がる。
……が、すぐに声色が変わった。目線も勇者の肢体ではなく、その背後に向けられている。
「「「ぉぉおお!??」」」
勇者の斜め上、ちょうど太陽を遮るように巨大な影が飛来したのだ。
空を覆う長大な体躯、光を吸い込む黒い鱗、愉悦に歪む禍々しい顎。
そして、こちらを見下ろす妖艶な凶眼。
厳然たる魔物最強種、ドラゴン。
中でも高い狂暴性と異様なしぶとさで、その名を天下に知らしめるブラックパールドラゴンだった。
「「「なんで装備、脱いでんだよー!!!」」」
兵士達から悲鳴が上がる。
ついさっき、ストリップショーを止めなかった事は完全に棚上げしていた。
恐慌状態の一歩手前である彼等を、しかし勇者は見向きもしない。
無手かつ麻の肌着一枚となった彼女は瞳を爛々と輝かせて破顔した。
「ナイスタイミング!!」
「ギャオオオオオオオー!!!」
化け物同士の激闘が、今はじま……
「うぉりぁーー!!!」
「ギョアバッ?!」
魔力により強化された拳が黒龍の大腹に突き刺さる。様子見のつもりで放ったストレートが、莫大な破壊力を内臓から脊椎、そして後背へと突き抜ける。
「ガァ!!」
白目を剥き、吐血しながら地に伏す巨龍。
その一方では拳を突き出し、笑顔を湛えたまま硬直している勇者。
ゆっくり拳を下ろして、立ち尽くす。
次第に表情が崩れてゆく。
そして、徐に地団駄を踏み出した。
「つーまーんーなーいー!!!!!」
勇者ヴィレイァは魔王という唯一無二の目標を失い、かなり迷走していた。
……ちなみに、勇者がひとしきりジタバタした所為で、森を越えて村近くまで地割れが発生したけれど、それはまた別の話。