マオちゃんの異世界生活 6日目 その2
「ただいま」
ガラガラと引き戸を開ける。
ここ数日では珍しく、家の中はすごく静かだった。
マオはまだ寝てるのかな?
物音を立てないように靴を脱ぎ、抜き足差し足で廊下を進む。居間をそっと覗き込むと、そこにマオは居なかった。
「あれ?」
どっかに出て行ったのかな。
でも籐子から貰った子供靴は玄関にあったし……いや、異世界ではずっと素足で過ごしてたんだっけ。
もしかしたら、靴を履かなかったのかもしれない。
不安になってきたな。
「マオー!」
「ワオーン!!」
クロが遠吠えで返事してきた。
「ワオーン!ワオーン!!」
あー、スイッチが入っちゃった。
野生の血が騒ぐのかな?
「ワオーン!ワオーン!ワオーン!」
「うるさい!!!(ベチッ)」
「バゥ」
あ、マオの声だ。
一緒に居るみたいだね。
取り敢えず、声のする二階へ向かうことにした。
無駄に段差の大きな階段を登り、両親の寝室改めマオの部屋へ……行こうと思っていたけど、書斎でマオが寝転がっているのが見えた。
軽く換気しようと思って扉を開けてたんだよね。
本がグシャグシャになっていないか心配になったけど、そのへんは全く問題なかった。
乱暴に扱ったりはせず、普通に植物図鑑のページを眺めている。
……え、なんでまた植物図鑑?
まさかのチョイス。
でも確かに、他の本はどう見たって子供向けじゃないか。表紙の色合いも黒とか茶色ばっかだし。
「あ、ふーた!」
なんて思ってたらマオが俺に気がついた。
ん?なんか不思議そうにしてる。
どうしたんだろ。
「これもねこ? しっぽだけなの??」
そう言いながら図鑑を小さな手で叩いている。
なんのこっちゃ、よう分からん。
そのペチペチ叩かれている部分には、ある植物の写真と『狗尾草』の文字。
そして、その俗称が書かれていた。
あーなるほど、そういうことね。
うん、丁度いいかも。
「近くに生えてるから、見に行こうか」
それを聞いたマオは瞳をキラリと光らせた。
柳家から歩くこと一分。
部屋着(Tシャツに短パン)のままで出てきた俺の横には、ジャーキーをフル装備したマオと、尻尾を振ってうずうずしているクロ。
まあね。目の前にぶら下げられたらね。
ジャーキー食べたいよね。
でもマオが怒るから我慢してるみたい。
今日も健気だなぁ。
そんな二人と一匹で畑に到着。
いやぁ、野菜たちは今日も元気に育ってるなぁ。
今朝も見たばっかだけど、やっぱり畑は最高だぜ!
「あ、やさい!」
「ふふん。俺が丹精込めて……」
「いくぞ、くろ!!」
「ワン!」
得意気に語ろうとしたところを遮って、マオとクロが畑に突撃して行く。
そして手当たり次第に収穫をって、おいコラッ!!
「はいストップ!」
「うわっ、なんだよ!?はなせ!!」
「クゥーン」
首根っこを捕まえて両方とも確保。
手足を振り回して暴れるマオとは対照的に、クロは早くもゴメンなさいモードにはいってる。
こら、上目遣いを止めなさい。
叱りにくくなるでしょ。
「だれかわかってんのか!まおうだぞ!!」
逆にこっちはやりやすいね。
これまでマトモに人と関われなかったとか、そういう背景を考えるとなんとも言えないけど……まぁそれはそれとして。
ここは「今」に対して怒りますよ。なにせこの子は魔王じゃなくて、ただの「マオちゃん」だからね。
「おい!くびいたい!」
「あ、ゴメンゴメン」
謝りつつ地面に下ろした、瞬間また野菜をもぎ取りにダッシュ!
はい、その動きは読んでましたー。
すぐさま脇に手を入れて、ひょいっとマオをすくいあげる。
「ぬぅううう!!」
「人の物を取っちゃダメでしょ」
「そんなことない! やさいはやさいだし!!」
ドユコトー。
「俺がここまで育てた物なの。わかる?」
「でも、おそとのやさいだし!」
あー、家にないから誰の物でもないと。
タマとの戦い以降、他人の物を獲ることはなくなったと思ってたけど……根本的な部分を理解出来てないのかもしれない。
「……。 なぁ、マオ」
「なんだよ!」
キッと睨みつけてくる。
でも次の一言で一転、目を輝かせた。
「自分でジャム作りたくないか?」
「じゃむ!!」
諸手をぴょんと挙げて喜びを表現するマオ。
嬉しいと本当にあげちゃうものなんだね。初めて見たかも。
「じゃあ、作り方を教えるから野菜は勝手に取らないように」
「むむむ……わかった」
と言いつつ俺の腕をペチペチと叩いてくる。
言葉と身体が一致してないぞー。
「さて、それよりも今は猫じゃらしだな」
「!! そうだ、さいきょうせいぶつ『ねこ』はどこだ!」
そこまで強くはないよ、ねこ。
いや、ネコ科のライオンを含めれば最強と言えなくもないか。百獣の王だし。
「ほら、あれが猫じゃらしだよ」
柳家の後ろに広がる林とは逆方向。
玄関側と畑を撫でるように引かれた砂利道の傍で、緑色のフサフサが何本も風に揺られている。
「ぬぬ。むれなのか」
「むれ? あぁ、群れか」
敵は多数だと判断したらしく、素早くジャーキーを手に身構えた。
その動きにクロの目線が引っ張られる。
食べたそうに尻尾が揺れる。
でも飛びつかない。偉いなぁ。
そんなことを考えていると、マオが真剣な表情で問いかけてくる。
「やつらは、じめんから『んばっ!』ってくるやつだな?」
可愛らしく飛び跳ねながら『んばっ!』を表現するマオ。でも悲しいかな、よく分からん。
「え、何が?」
「『なにが?』じゃない! まじめにやれよな!」
「お、おう」
いや怒られても困る。分からんものは分からん。
「しっぽたべにきたやつを『んばっ!』してたべるの!!」
「あー、そういうこと」
この風に揺れている猫じゃらしは、あくまでも尻尾。本体は地中で息を潜め、近付いてきた生物に襲いかかって食べちゃう訳ですな。
「成る程ね……って、いやいや」
なんでやねん。
そんな奇天烈生物、見たことないわ。
「ん? ちがうのか??」
「これは普通の植物だから」
「えー!!!」
大袈裟なほど驚いたマオは、ガックリと肩を落として寂しそうにジャーキーを見つめた。
……どうやら、その奇天烈生物を仲間に加えたかったみたいだね。
猫じゃらしは仲間にならなかったけど大丈夫。
他の使い道があるからね。
マオに猫じゃらしの使い方をレクチャーして、何本か持って帰ろうと思います。
これでタマとマオが更に仲良くなる、かな?
三十分後、居間にて。
タマと楽しく遊んで、めでたしめでたし……と思ってたんだけどね。
「ぬわぁー!」
持っていた猫じゃらしを強奪されたマオが、畳の上に転がされていた。
もちろん犯人はタマです。
ダメだったかぁ。
ちなみに、強奪した猫じゃらしは俺の下に逐一持ってきてくれます。
ネズミとかを捕らえた時と同じノリだね。『こんなの獲ったよー』っていう報告みたいな感じ。
可愛いなぁ。
それはともかく、おかげで猫じゃらしはマオ→タマ→俺→マオ……以下無限ループ。
マオが持ったら五秒くらいで猫じゃらし取られてるから、それはもう圧倒的な回転率。
百回以上はたらい回しにしたかな。
そろそろ飽きてきたなぁ……でもマオは依然やる気満々。
負けん気が強いね。
将来は大物になるかも。
まぁ既に大物だったか。なんせ元魔王だし。
とか思いつつタマに渡された猫じゃらしをマオに渡そうとした時だった。
ポトッ。
ついに茎が折れてフサフサが畳に落ちてしまった。
線香花火みたいで、なんかちょっと悲しい。
ともあれ、これで最後の一本が殉職されました。
「ゔゔぅ!!」
マオ、涙目。
だけどもう無いから仕方ない。
さあ、夕食の準備をしますか。
夜ご飯の後。
居間にて。
「えい! てやっ!」
一人でエア猫じゃらしをするマオの姿があった。
……明日の朝は、畑仕事ついでに何本か採ってこようかな。
〜本日のマオちゃん観察結果〜
初めてお留守番をした。
「猫じゃらし」を装備した。