プロローグ 〜魔王ちゃん、お届けにあがりました〜
俺はいつの間にか、真っ白な空間に立っていた。
おかしい。
駅前のケーキ屋「高取」で売ってる高取プリンを食べる寸前だったはずなのに。
あのカスタードがとろっとろの絶品プリンを、
一日限定三十食しか出ないあの稀少なプリンを、
今まさに食べようとしていたはずのに!!
どこに消えた!
ふざけるな!
てか、どこだよここ!
うん、そうだよね。
冷静に考えるとプリンどころじゃないね。
どこだよここ!
『ここはアストラル界です。球群世界の子、柳風太よ』
うわ、なにこの声!どっから聞こえてんの?
スゴイ違和感あるんだけど。
『貴方の意識に直接、言語情報を投影しているのです』
えっと、つまりテレパシーってこと!?
何というか、余裕がある大人の女性って感じの声(?)が脳に響いてくる。
なんか凄い状況に放り込まれてるぞ!?
『貴方にはこれから、わたくしの擁する波練世界へと転移し、混沌を産み出す魔王を討伐して頂きたいのです』
うわ、急展開!
最近流行りの異世界転移!!?
「……いやいや」
普通に考えたら夢だよな、これ。
うん、そうだよな。
段々と冷静になってきたぞ。
……でも。
あくまで仮の話だけど。
もし転移が本当だったら、ここは大きな人生の転機だよね。
「……」
だから念のため、そうあくまでも念のために、夢だと思わずにちょっと本気で考えてみよう。
異世界に行くべきかどうかを。
「えーと、神様、でいいんですよね?ちょっと聞きたいことがあるんですが、よろしいですか?」
『えぇ、構いませんよ』
神様のゆったりした口調が響いてくる。
声の印象からすると『頼りになるお姉様』ってイメージだけど、実際はどんな神様なんだろう。
こっちを騙す気満々の悪神ってパターンもあるし、結構重要なことだよな……。
まぁ、それは考えてもどうにもならないか。
とにかく情報を集めないとね。
「えっと、自分以外の物も一緒に転移、って出来ますか?」
『はい。衣服や所持品なら一緒に転移しますよ』
「あ、そうではなくてですね……飼い猫と、あと出来れば畑も一緒に転移したいんですけど」
俺は猫を飼っている。
今年で2歳になるアメリカンショートヘアのタマ。
エサをあげないと当然死んじゃうし、かといって家の外に逃がしても生きていけるかどうか……。
人間の年齢に換算すれば22歳に相当するけど、これまでずっと家猫だったからなぁ。今更ノラ猫社会には順応できないと思うんだよね。
あと畑だって、やっと上手く野菜が育つ様になったばかりだ。
片田舎である亜綱市に一人暮らしすることになった時、庭を畑にすれば食費が浮く!と思って始めたんだけど。
はっきり言って超甘かった。あの時の俺を殴り倒したいくらいだ。
あちこち耕して、色んな苗を買ってきて。
収穫が楽しみだなー、なんて気楽に育て始めたら大半が枯れるし。
なんとか生き残った葉物野菜も大雨で流れちゃうし。
ジャガイモが上手くいったと思ったら、次の年には全然育たないし。
その頃は連作障害とか知らなかったんだよね。
インターネットに頼りながら試行錯誤を繰り返して、三年目にしてやっと少しコツが分かってきた。
そんな血と汗の結晶、手塩にかけた畑を手放すのは流石にナシだ。
だから、どっちも異世界に持ち込みたいんだけど……。
『……残念ながら、どちらも転移不可能です』
うーん。
それはキツイなぁ。
猫と畑を斬り捨てるのは頂けない。
異世界に興味はあるんだけどなぁ……。
それに、周りの人も心配するだろうしなぁ。
親はまぁ、あんな感じだから大丈夫なんだけど、高校のクラスメイトとかご近所さんとかに迷惑がかかるだろうし。
うん。その辺も聞いてみよう。
「ちなみに、異世界へ行ってる間はこっちの世界の時間が止まってたりしますか?……っていうか、戻ってこれるんでしょうか?」
『時間は、残念ながら無理です。しかし球群世界への召還は、魔王を倒した後に可能ですよ』
居心地がいいから帰らない、という選択も可能です。
神様がそう付け加えた。
時間経っちゃうかぁ。
すっごい急いで魔王倒して戻ってきたとしても、『失踪事件だ!』って感じで結構大事になってそう。
うーん、異世界には行ってみたかったけどなぁ……仕方ない。
「……せっかくですけど、異世界転移は遠慮しておきます」
『本当にいいのですか?』
「はい。大丈夫です」
『……本当の本当にいいのですか?』
「え、ええ結構です」
ちょっとしつこいなぁ。
『日本の中高生が一度は夢見る、あの異世界ですよ?』
おっと、グイグイ来るぞ。
『い、今ならもれなく魔法が使えるようになりますよ!』
いやいや。通販番組じゃないんだから。
『しかも人気の高い風魔法ですよ、風魔法!』
「うっ」
それは、まぁ使ってみたいかな。
『お試しで使ってみますか?物凄いですよ。手から突風が出せるんです!人間大の魔物が1メートルは吹っ飛びますよ』
「……」
なんかパッとしないなぁ。
「他にはどんなことが出来るんですか?」
『え?』
「ん?」
まさかそれだけ?
『……』
「……」
マジか。てかその程度の魔法を貰っても、魔王とやらに勝てる気が全くしないんだが。
こっちの訝しげな視線に気付いたのか、慌てて言い訳を始める神様。
『あ。だ、大丈夫ですよ?魔王は確かに強大ですが、それはあくまで波練世界での話ですから』
「ん?どういうことですか」
このキャラが崩れまくっている神様が言うには、波練世界の生き物は球群世界の生き物より肉体が弱いらしい。
大半の生き物が筋力ではなく、魔力で肉体を強化する方向で長年進化を遂げてきた結果だそうな。
しかも魔力で強化したとしても、波練世界の大人の身体能力は球群世界の小学生レベルらしい。
つまり屈強な戦士(中学生レベル)ですら、魔力が無くなってしまえば赤子同然になってしまう世界な訳で。
しかも魔王(高校生レベル)は周囲の魔力を全て吸い尽くす存在らしい。
なるほど。そりゃ勝てないわ。
そこで異世界人を送り込み、魔力を吸い尽くして高笑いする魔王にグーパンチを入れて欲しい、と言うのが神様の考えだそうです。まぁ弱点を突いた良いアイデアだよね。
……魔力吸うんだったら、風魔法の意味無いじゃん。
まぁ、別にいいけど。
要するに、自分みたいな普通の男子高校生でも、異世界に行けば魔王に匹敵する肉体なんですよーってことね。
確かに異世界も面白そう。
「……」
けど、手塩にかけたインゲン豆や茄子が収穫できる喜びとは比較にならないだろうな……。
うん。断ろう。
「なかなか面白そうですね、異世界」
『っ!で、では異世界に転移……』
「でも、お断りします」
『ガビーン!』
リアクション古いな。
神様のイメージがさっきから崩れまくってるんだけど。
今となっては最早、天然系のほわほわOLと化しちゃってます。
初めに感じた大人の雰囲気は何処へやら。
とか失礼なことを思っていたら、ボソボソと神様のテレパシーが聞こえてきた。
『……さい』
「ん?」
『異世界転移して下さい!この通りですからぁっ!!』
どの通りだよ。姿見えてないから。
てか、めちゃくちゃ必死だな。
なんか申し訳ない気持ちになってしまう。
「えーっと、この世界の人なら誰でも大丈夫なんですよね?なら他の人をあたってくれませんでしょうか」
『もう無理なんですよぉ!これがラストチャンスなんですぅ……うぇぇぇん!!』
必死に泣き落としで説得しようとしているのか、もしくは破れかぶれになっているだけなのか。
それは幼稚園児並みの大号泣だった。
ちょっと引くわー。
『ぅぅ。魔王が産まれて以来、私の世界は大変なことになっているんです。みんな「魔王倒せない!魔獣強すぎ!もう駄目だ!」って諦めちゃって……。だから球群世界の神様に無理言って、最大10人まで人間を召喚してもいいって話になったんです』
なるほど。そんな取引があったんだね。
で、ラストチャンスってことは俺が10人目。まぁ、焦るわなぁ。
……っておい、あと9人はどうした!まさか魔王に殺されたのか!?
『1人目はとにかく強い人がいいと思って、総合格闘技の世界チャンピオンをこのアストラル界に呼んだんです』
「あのムキムキのアメリカ人選手!」
最近日本のテレビでもよく出演してる、あの人ね。
見た目はゴツいのに対応が紳士過ぎる!と話題になっていて、最近はよくテレビに出演している。
……え?あの人が失敗したの??
じゃあ俺なんて余計に勝てないでしょ!
って、あれ?
おかしいぞ。
あの人昨日も生放送に出演してたな。
『まずは波練世界の一部であるこのアストラル界に呼んで、本人の了承を得るのが決まりなんです。だから召喚回数を1回使って来てもらったんですが……』
あー、もしかして説得に失敗したのかな?それなら納得。
でもあの人なら、真摯に頼めば魔王退治やってくれそうなのに。
まあ、テレビのイメージだから分かんないけど。
『そしたら、ここに来た途端「宇宙人め!俺をどうする気だ!!F◯CK!!!」って騒ぎ出して、どんなに説明しても収まらなかったので帰ってもらいました』
「あぁ、なるほど……」
なんというか、すごいアメリカ人っぽいな。
それは仕方ない。
『その失敗を活かして、次は時空に関する研究をやっている人に来てもらったんです』
まぁ、それなら少しは信じてもらえる……か?
『説得は難航しましたが、一応は信じてもらえて、こっちの世界にも来てくれたんです!』
「おー」
やるなぁ、神様。
なんだかんだで俺も話に乗ってる訳だし、意外と説得が上手いのかもしれない。
『けど召喚されて早々、王立図書館と魔導研究院に入り浸ってしまって……。彼のおかげで魔法技術はかなり進歩したんですが、魔王は完全スルーでした』
「あらま」
その後も色んなタイプの人を召喚するも、尽く失敗。
試行錯誤を繰り返した結果、俺が召喚されたという訳だね。
なんで俺?
しかも、勧誘には結局失敗してるし。
『もう後がないんですよぉ!お願いですから、チョチョっと行ってサクッと魔王を倒して下さい!なんでもしますからぁ!!』
「うーん……」
助けてあげたいけど、もしも異世界に行ってしまえば、その間に猫も畑も全滅だしなぁ。
「すいません。無理です」
『そこをなんとか……』
「なんともなりません」
『ま、魔法に加えて可愛いヒロインも付けます!』
「だから無理ですって」
『一人じゃないですよ?ハーレム状態ですよ!?』
「結構です」
『お、お金もいっぱい!』
「遠慮します」
『名誉!!』
「間に合ってます」
『ルックス!!』
「大丈夫です」
『世界の半分!!』
「いりません」
お前が魔王やないか。
『ぅぅぅ……』
この辺りで報酬の上乗せも限界らしく、今や泣きそうな唸り声が脳内に響くのみ。
『ぐすっ。こうなったら……』
「な、なんですか?」
『魔王を送りつけてやるんだから!!!』
「逆ギレ?!」
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「っは!」
目の前には見慣れた小型テレビ。脇に置かれたビデオデッキの上には猫が丸まっている。そして俺が座るちゃぶ台には高取プリンが置かれていた。
辺りを見回せば、古めかしい壁掛け時計が指し示す時間はちょうど十七時。縁側から射し込む夕陽が室内をオレンジ色に染めている。
それは学校から帰ってきた後のよくある風景だった。
白い空間などどこにも無く、脳に響く神様の声も存在しない。
どうやら意識が飛んでたみたいだね。
白昼夢ってやつかな?
とりあえず、面白い夢だった。
あれだけインパクトがあれば、そのうち夢の続きが見られるかもしれない。
結構楽しみだ。今日は早く寝よう。
「さて!」
それはともかく、今はプリンだ。
瓶に入った濃厚カスタード味が俺を待っている!
高揚感に導かれ、プラスチック製の蓋に手をかけたその時。
「ピンポーン」
「………………はぁ」
このタイミングで来客かぁ。
高取プリンに後ろ髪を引かれまくりながら、俺は仕方なく玄関へと向かった。
ガラガラ、と引き戸を開ける。
「お届けものでーす」
「ご苦労様です」
いつも通りにダンボール箱を受け取って家の中に。
ずっしりと重たいそれをひとまず廊下に……あれ?
そう言えば、何か頼んだっけ、俺?
ライトノベルはついこの前届いたし、昨日頼んだDVDボックスはここまで重たくない。
配達間違いかな?
そう思って振り向くと、配達員さんは影も形もない。
ハンコも貰わずにどこいった。
「ていうか……」
……あの配達員の声。
さっき夢に出てきた、神様の声に似てなかったか?
ガサゴソ!
「!?」
ダンボール箱がひとりでに動いた?!
ゴトゴト動き続けるその箱から目が離せない。
まさか、いやいやそんな訳が……。
ガタゴト。
「……」
ガサゴソ。
「……(ゴクリ)」
ガタッ……。
不意に動きが止まった。
時計の音が嫌に大きく聞こえてくる。
呼吸が知らず知らずのうちに浅くなり、口内が次第に乾いてゆく。
強い緊張とともにダンボールを見守る中、『ぐっ』と箱が内側から押し上げられる。
押さえつけていたガムテープが悲鳴をあげ、ダンボールの上蓋がどんどん膨らみ、限界を超えたテープが引き裂かれ。
そして、
ついに魔王は解き放たれてしまった!
「がおーーーー!!!!」
「ひぃっ………………え?」
はたして。
中から出てきたそれは。
ボロ布を羽織った全裸の幼女だった。