EP1-1 教会の術騎士と相棒のウィス
まだ若干の寒さが残るその日。マーナ・ラーナはパンとシチューを頬張っていた。
ライアス王国は大国であり、ここは地方領主の治める町にある酒場兼宿屋。そんなところでの食事ある。さぞ立派な物を食べているように思えるがそんなことはない。ここムーゼルクの町はライアス王国の辺境にある小さな領地に過ぎず、目立ったものなど特産品のスターポティと美味い水だけだった。
その二つがシチューの質を僅かばかり上げているのは間違いなかったが、それでも大量に頬張りたくなるほどの味ではない。所詮安酒と軽い食事を提供するだけの場末な宿だったが、腹を空かせているのかマーナの手が止まる気配はない。
マーナを様子を窺っている人間は四人いた。一人は病気がちな両親に代わり店を切り盛りしている少年のニコ。こちらはマーナの食欲に驚いていた。美味い不味いは別として、彼女は既に五人前は食しているからだ。
残る三人はというと、腰に剣を据えた下卑た笑みを浮べている男達だ。全員がレザー製の安っぽい防具に身を包んでいる。
「ようお嬢ちゃん。こんなやっすい飯しかださねえ所じゃなくて良い所行かねえか、俺たちゃこの町長いからよ。色々知ってるぜ」
チンピラ然とした格好で以下にもチンピラな発言を男はかます。が、マーナは興味がないらしく一切の反応を示さなかった。
「おいおい無視かよ。そりゃひでーんじゃねえか? なあお前達」
仲間に同意を求め、男達は一方的に盛り上がり始める。彼等の中では既にマーナが着いていく事が確定しているようだったが、彼女はその意を介することはなくマイペースに食事を続けている。それどころか、盛り上がる三人を他所にニコにお代わりを要求する始末だ。
要求されたニコももう慣れたのか、少々飽きれた顔をしながらもマーナの要求に応えていく。そして、盛り上がる三人に視線を向ける。
「あんた達見たとこ傭兵だろ? この姉ちゃんに手を出すのはやめておいた方がいいと思うけどね」
男達はニコの言葉が理解出来なかった。ポカンとしている隙に「痛い目を見ても知らないよ」と言い残したニコはカウンターへと引っ込んでしまっており、理由を問い詰めることは出来そうになかった。
何の意味もないこと言葉だとは思えない。別段腕が立つわけではないが長年傭兵業をやってきた彼等は、こういった忠告を無視することは危険を招くと考え改めてマーナを観察し始めた。
食事の量……まずこれは驚異的だといっていい。自分達三人がかりでも敵わない。
では他は如何だろうか? 腕は細く武器は携帯していない。格好はポケットの多いジャケットに短パン、皮製のロングブーツと動きやすそうではあるがそれ以上何かがある訳ではない。唯一変わったところといえば、やや緑がかった髪だろう。肩にかかる程度の長さしかないにも拘らず、その先端部分を赤いリボンで結んでいる。
「なあ……俺の見間違いか? あのリボンが宙に浮いてるように見えんだが」
「馬鹿だなお前は。そんなことがあるわきゃねえだろう」
「いや俺も浮いてるように見える。つーか……髪が途中から透明になってるんじゃねーかなーと思うんだが如何よ?」
三人は顔を合わせ、もう一度ラーナに視線を向けた。注目すべき点はリボンだった。
髪の毛の先端を結んでいるんだと言われれば納得出来なくもない、かといってあれは中に浮いているんだと言われれば明確な肯定や否定が出来るわけでもない。一番納得出来る答えは、男達の一人があげた髪が途中から透明になっているのではないか? という意見だ。
透明な髪の毛。いや髪に限定された話ではない。体の一部が透明がかっている人間。その意味を知らぬほど男達は無知ではなかった。
「あ、あーいやその。今回はご縁がなかったということで!」
疾きこと風の如し。男達の行動は早く、カウンターに酒代を叩きつけて宿から飛び出した。釣りはいらんと言わんばかりに、金は多めに置かれている。
三人と入れ違うように黒いロングコートに黒いズボンという全身黒ずくめの青年が宿へと入ってきた。腰には刀身のない金色の剣柄と細身の剣が下げられている。胸元には金色の十時飾りが添えられており、それはライアス王国が国教と定めているシリント教の関係者……それも高位の立場にあることを示していた。
「おはへひー(おかえりー)、おひょはっはへ(遅かったね)」
ここまで食事の手を一切止めようとしなかったマーナがようやく反応を示した。
「ここの司祭様に捕ま……て、マーナ? その大量の皿は一体」
「おにゃかへってりゃ(お腹減ってた)」
「せめて飲み込んでから喋れ。行儀が悪い」
マーナがテーブルに置かれたパンとシチューを纏めてかき込んだ。今口に含んだ分だけ飲み込めばいいだろうと、アルトは心の中で突っ込みを入れながらはカウンターへと足を向けた。
「すまない。先に渡した分では足りなかったろう?」
「大体半分ってとこだよ」
「そうか。ここは宿もやっているようだが一泊どの程度になる?」
「宿かい? それなら食事なしで……」
ニコが金額を提示すると、アルトは財布からその金額の六倍をカウンター席の上に置いた。料理代も含まれたそれはニコからするとちょっとした大金だった。
「とりあえず三日。二部屋頼みたい」
それに驚いたのはニコだ。
アルトは教会の関係者である。胸元の十時飾りが金色であることが、彼が決して下っ端ではなく高い立場にある事を示している。先に逃げた男達が察したとおりの〈ウィス〉であるマーナ、そのパートナーであるというならば彼の身分は一つだけだ。
贔屓目に見てもボロ宿と称するしかない。こんな安宿に止まるような人物では決してはない。
「ウチみたいなとこでいいの? 町の中央に行けば貴族様御用達の宿だってあるし、教会に行けば歓迎されると思うけど。兄ちゃん、術騎士なんだろ?」
何かあってからでは遅いとそう提案するニコであったが。
「相方が仰々しいのは嫌いでね」
アルトは困ったように言った。
チラリと目を向けた先では食事を終えたマーナがお腹を摩っている。テーブルの上にはパンくずや僅かに零れたシチューが点在しており、とてもではないがマナーのいい食べ方だったとは言い難い。ニコはその様子に成程と納得した。
「分かったよ。食事は追加料金払ってくれれば出すから宜しく。これ鍵ね。部屋は二階の一番奥とその手前だから」
「ああ。三日間宜しく頼む」
鍵を受け取り、マーナのいる席へと移動する。
「お帰りー、アル。何話してたの?」
「暫くここで世話になる事にした。これが鍵だ」
「そうなんだ。まあ……教会よりいいかな。スターポティのシチュー美味しかったし」
「それは良かった。明日から調査を始めるから今日はゆっくり休めよ」
「分かってますー。アルこそしっかりと休まないとダメだからね」
一見するとなんでもないような普通の会話。しかし、彼等の間には意味のあることだ。
ウィスはかつて奴隷として作られた一族。その生まれ故に彼等彼女等は呪いを持っていた。主人、相棒、呼び方は様々だがそうと定め契約を結んだ相手からの許可や命令がなければ十全に動くことが出来ない。そんな……厄介な呪いが。
EP1-1を読んで下さり有難う御座います。
EP1は全6、7話の予定です。週一の投稿(土曜22時)を予定しておりますので宜しくお願いします。




