こんな夢を観た「ネコとプランクトン」

　荒川土手を散歩していると、川端で三毛ネコがしゃがみ込んでいた。

　何をしているんだろうと思い、そっと近づいてみると、水に顔を近づけて、しきりにニャアニャアと鳴いている。まるで、おしゃべりでもしているようだ。

「何してるの？」わたしはネコの隣にかがんで聞いてみた。

　ネコは振り返ると、「ニャニャアッ！」と答える。言葉こそわからなかったけれど、なぜだか意味がわかった。

　彼女はプランクトンの一種である、ワムシと話をしているのだ。

　川の中をよくよく見ると、確かに小さな生き物の姿があった。体がほとんど透けているので、いっそう見づらかったが。

　ネコが「ニャア～ニャンニャ」と言うと、ワムシは体をひねったり、くるくると回ってみせる。声を持たないこの微生物は、ボディ・ランゲージで意志を伝えているのだ。

「君たちは仲がいいんだね」わたしは感心して言った。

　ネコは「ニャンッ」とうなずき、ワムシも前のめりに回転して同意する。

　ポケットにクッキーが余っていたことを思い出し、２匹に分けてやる。ネコはほとんど一口でペロッと食べてしまったけれど、小さなワムシには、砂粒ほどに砕いたかけらでさえ、手に余るようだった。

「もっと細かくしてから投げてやればよかったね」とネコに声を掛けると、そう思う、というように「ニャッ」と鳴いた。

　ネコとワムシは、お互い、その日にあった出来事を話しているらしかった。

　このネコは基本的に野良だったが、毎日必ず立ち寄る家があるという。ご飯をもらったり、あごの下をなでてもらう。今朝は、市販のカリカリに、ツナ缶も付いてきた。その後、空き地へ行き、他のネコ達にそのことを報告したら、たいそう、うらやましがられた、とワムシに語る。

　一方のワムシは、川底まで沈んだり水面近くまで浮かび上がったりするのが、何より愉快なのだと、水を揺らしながら言う。知り合いのミジンコは泳ぎが得意で、「向こう岸まで旅をしてくる」と言い置いて、ついさっき出発したそうだ。次に会えるのは、たぶん４、５日先になると思う……。

　これらの会話を、わたしは決して耳で聞いたわけではない。ネコ語はちんぷんかんぷんだし、ワムシのジェスチャーにしたって、よほど目を凝らさなければわからない。

　それでも彼らの話が伝わるのは、おそらく２匹の間に結ばれた絆によるものだろう。本当に大切なことは、言葉などではなく、心の波動で響き合うものだ。

　三毛ネコとワムシ。種こそ違えど、友情は固く、信頼は厚い。人間同士でさえ、これほどの間柄をわたしは見たことがなかった。

「さてと、そろそろ帰ろうかなっ」わたしは立ち上がった。

「ニャアー」ネコは鳴き、しっぽをぱふんっと軽く振る。

　みなもに、小さな小さな波紋が広がった。あんまりかすかだったので、もう少しで見落とすところだった。ワムシが飛び跳ねたのだ。

「うん、さようなら。またねっ」わたしもあいさつを返す。　

　土手を登って、２匹を振り返る。まだ、おしゃべりを続けている。

　いいなあ、あんな関係。

　わたしはうらやましくてしかたがなかった。