最終戦の行方はどこへ?
ハロウィン当日、終業の鐘が鳴った。由奈は机を片付け、席を立った。同僚に挨拶をしながら帰り支度。
もう、さすがに隠しものは無いだろう。今日は甘いモノもしょっぱいお菓子も買ってあるのだ。いや、今日が本番なのだから、何か重要なものが隠されているかも知れない。油断は禁物。
今日は、凪子は由奈が帰る頃にアパートにやってくる。この日のこの時間を空けるために、凪子はシフトを変わってもらい、連続でバイトしていたのだ。
由奈が帰ると、凪子がドアの前で待っていた。
「おそーい」
「ごめん、仕事の後片付けがさ」
「後片付けがだめなのは、仕事に限った事じゃないじゃん」
「ま、そっか」
鍵を開けて部屋へ入る。
この数日間の攻防戦のおかげで、部屋はほどよく荒れていた。由奈がかぼちゃのスープを作る間に凪子が片付けと飾り付けをする算段だ。上着を脱ぐと、凪子はさっそく動き出した。
由奈は着替えて、キッチンに入る。かぼちゃを一口大に切って、コンソメ入りのお湯でゆっくり煮る。その間に、冷凍した茹で鶏をレンジで解凍してレタスを洗ってちぎり、パプリカを切る。解凍した鶏肉をほぐしてレタスを合わせて、クレイジーソルトとアボガドオイルをかけてざっくり混ぜた。切ったパプリカをトッピングしてラップをかけ、冷蔵庫に入れる。レタスのサラダは冷えてる方が美味いものだ。
その間に、凪子はあたりに広げられた新聞を手際よくたたんで積み上げ、散らばった洗い物を洗面所へ運び、洗い終わった服の山はさくさくとたたんで積み直す。
由奈は大鍋に湯を沸かして、スパゲティを一人分茹で始めた。スナック菓子が山ほどあるのだ、麺は一人分で充分お腹は満ちるだろう。冷蔵庫からたらこを取り出すと、皮を剥がして麺と混ぜるべく準備する。
凪子は次に、買い物の袋を開け、飾り付けアイテムを取り出した。
剥がした商品ラッピングは、散らばらないよう、仕分けて積み上げる。一通り開け終わると、ラッピングを一気に捨てにかかる。包装容器は可燃・不燃ではなく再生紙と再生プラスチック。
そうこうしている間に、かぼちゃが柔らかくなってきた。スープにするためには、かぼちゃをペースト状にしなければならない。由奈はハンドミキサーを取り出して、ここに罠があったことに気付いた。磨り潰し用のアタッチメントがない。あれがなければ、かぼちゃの煮物コンソメ風味のできあがりになってしまうではないか。
「凪子、今日のトリックはどこに仕掛けたの?」
「え? なんのこと?」由奈の質問に、凪子は心底不思議そうな返事を返した。
「ミキサーのアタッチメント。あれがないと、スープが作れないよ」
「私、知らない」
「うそ、他の誰が隠すのさ?」
「でも知らないもん」
しばしの沈黙。
「由奈、あんたまた大事なものを変なところに置いたね」
「それはない! あれは絶対元の場所に──」
言いかけた由奈は、そのアタッチメントを最後に使った後、自分ではしまっていないことに気付いた。
最後に使ったのは、一昨日、バナナアイスを作ったときだ。あの時はミキサーの先をすすいで、アタッチメントを外して洗い、水切りかごに入れた。その後、食器を洗って片付けたのは凪子だ。
「やっぱり凪子じゃない!」
「知らないよ、隠してないもん」
ハンドミキサーのアタッチメントを巡って騒動が始まった。何しろ、二人ともどこに置いたか全く記憶がないのだ。
「物は勝手に消えないよ」
「そんなの、この部屋の惨状をみれば分かるよ」
「そういうことじゃなくて、あれが無いとスープが作れないって言ってるの」
「だから隠してないってば」
再びしばしの沈黙。二人は無言で顔を見合わせた。そして、
「探さなきゃ!」
同時に叫ぶと、二人はあたりを捜し出した。たった今凪子が整えたはずの部屋が、短時間でまた荒れて行く。食器を棚から出して奥を確かめ、たたんだ服を開いて振り、積んだ新聞の間に挟まっていないか確かめるが、どこにもアタッチメントは無い。
ここで凪子が、恐ろしく基本的なことを訊いてきた。
「それ、どんな形してるの?」
いま訊くか、それを? 由奈は一瞬あっけにとられて凪子の顔を見た。さぞかし間の抜けた、ポカンとした顔だろうと自分でも思う。
「あ、ああ、えーとね」
間の抜けた顔のまま、由奈は別なアタッチメントを取り出した。本体に取り付けるための軸を中心に細いS字型を描く、刃のついた小さな金属片。アタッチメントを見た凪子の顔が、わずかにこわばった。
「これは、肉・魚用。小骨を砕けるように、刃になってるけど、野菜ペーストを作るのは、ここが平らになってて、羽が3枚になってる……」
そこで由奈は凪子の表情の変化に気付いた。こわばった凪子の顔は、少しだけ血の気が失せたように見える。
「凪子? どうしたの?」
「……探すの、止そう」
「かぼちゃスープは?」
「それで代用できないかな?」凪子は由奈の手の平を指さした。肉用のアタッチメントが、そこで光っている。
「凪子、なに隠してるの?」
「いや、べべべべ別になにも、ほら、探すのも手間だしさ、早く食べたいなって」
「やっぱり隠したんだ! 出せ、出すんだ!」
「隠してないよ、捨てただけで」
言ってしまってから、凪子は慌てて両手で口を塞いだ。
漫画か、おまえは。由奈はそんなことを思って、それから
「捨てたぁ? ちょっとどういう事?」
「何だか変な物があると思って」
「人の物を勝手に捨てるな!」
さすがに怒った由奈は凪子の胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「だって、由奈、いらない、モノ、何でも、取って、おくじゃないー」
凪子は揺さぶられて、言葉が切れ切れになっている。
「それでも、一応訊くのがルールでしょう、他人の物を捨てるときはっ!」
由奈は凪子を揺さぶりながら、
「どこに捨てたの!? 吐け、吐くんだっ!」
「刑事ドラマかー、先に、手を離してよー」
解放された凪子は胸元を押さえてぜいぜいと荒い息をしていた。
「どこに捨てたの?」由奈は訊いた。金属ゴミならもう出してしまった。まずい。
「燃えないゴミ」凪子が答える。
燃えないゴミは、バナナアイスの日からまだうちにある。見つけるのに時間はかからないだろう。
ただ、問題が一つ。その中には、肉や魚を包んだラップとか、洗って資源ゴミに出すのが面倒だったコンビニ弁当の器とか、よろしくない臭いのするものが多く捨てられている。
「よし、漁って」由奈は、厳かに凪子に言った。
「私がぁ!?」
「誰が捨てたと思ってるの? 私は、かぼちゃの煮物でも全然構わないよ」
実に珍しい事に、勝者は由奈だった。明日は、赤い初雪が降るかも知れない。
その後、ややしばらくの時間を経て、アタッチメントは救出された。凪子は、手についた臭いを気にして、三度手を洗い直した。
結局、ハロウィンパーティーは、荒れた、飾り付けのされない部屋で行われた。いつもの光景。食べて飲んで取り留めのないおしゃべり。
いつもと違うのは、その後盛大に部屋の後片付けが行われたことである。凪子は労働させられたと文句を言い、由奈は自業自得だと応じる。由奈は監督しているだけだった。そもそも、凪子が部屋を片付けるという約束だったのだ。約束は守らせなければね、と由奈は勝者の余裕で思うのだった。
トリック・オア・トリート。
ハロウィンに甘い物をもらったら、そこで悪戯してはいけないと凪子はしみじみと学んだのであった。その学習が何の役に立つかは、二人の与り知らぬところである。
「 」文庫 2013年ハロウィン企画投稿作品を大幅改訂。
お口に合えば幸いです。