第四話
学校が終わると、私は裕美と帰るために教室で待っていた。
菜湖はバスケ部の練習が毎日あり、いつも忙しそうに鞄を持って駆け足で部室へ行ってしまう。そういえば、再来週は試合があるとか言ってたっけ。
裕美はというと、今日もある男子生徒に呼ばれて屋上へ行ってしまった。一つ年上の先輩らしく、裕美はその人がこの教室に来たとき、また自分かと言いながらものすごい勢いで睨み付けていた。あんな冷酷な目で見られても何とも思わない人がこの世にいるのかと思っていたが、男子生徒は別らしく、飽きもせず裕美に告白しまくっている。振られても猛アタックする男子もいるらしく、裕美は心底呆れている。
ぼんやりと窓を見ていると、しばらくして裕美が帰ってきた。あの冷たい目が抜けきれていない日は、大抵性格が最悪な男子に告白されたときだ。
「遅くなってごめんね。あの男子しつこくって。本当にありえないわ。何が『俺様と付き合ってもいいぜ』……よ。気持ち悪いったらありゃしない。どうしてこう、私には白馬の王子様が現れないのかしら」
ふーっと息を吐き出しながら裕美は言った。裕美と私はいわゆる帰宅部で、毎日一緒に下校している。窓から吹き込む蒸し暑い風が、二人の髪をねっとりと揺らす。だんだんと赤みを帯びてきた空は、絵の具で描いた線のような薄い雲を浮かべていた。
「じゃあ帰ろっか」
私がそう言うと裕美は頷き、私たちは教室を出て校門を抜け、並木道を歩いて行った。道行く人が裕美の姿を二度見して行く。もう慣れてしまった、日常の光景だ。
バス停に着くと、ちょうどバスが止まっていた。私たちは急いで乗り込むと、空いている車内の一番奥の席に座る。決まって座る、二人の指定席だ。
他愛もない話をして自分たちが降りる停留所に着くのを待っていると、いつの間にか車内は込み合っていた。特に花街西病院前の停留所で乗り込んでくる人が多いらしい。年配の方が大半を占めている中で、一人だけ若い人が乗っている。目をよく凝らすと……
「か、奏人さんだ!」
私は思いっきり裕美の話を遮って叫んでしまった。奏人さんはヘッドフォンをして、本を黙々と読んでいる。車内にいる人達が私たちを横目で見た。幸い本人には気付かれていないらしく、奏人さんが本から顔を上げることはなかった。
「どの人よ!」
裕美は周りの人達にすみませんという風に私に変わって会釈をすると、静かな声で言った。でもいつもより鼻息が荒く、興奮しているのが分かる。
「あ、あそこの人。ほら、ヘッドフォンして本読んでる人」
そう言ったときちょうどバスが停留所に着き、車内がさらに混んできて、奏人さんは前の方に押しやられて見えなくなってしまった。どうやら背広姿の人に隠れてしまったみたいだ。
「えーどこよ、いないじゃない」
「さっきまで見えてたんだよ。残念、奏人さん見れなかったね、裕美」
「残念すぎて言葉も出ないわ」
そう言いながらもまだ諦めていないらしく、車内を見渡していく。でもやっぱり奏人さんを見つけることができず、裕美はとうとう諦めたのか、またお喋りを始めた。……全然話せてるじゃないか。
私たちは自分たちが降りる停留所に着くと、バスを降りた。もうすっかり空は見渡す限り濃い橙色で、住宅地を歩く私たちには影が付きまとっていた。
私は裕美と別れると、家の玄関を開けて、自室に向かった。家には誰もいなくて、しんみりとした静かさが漂っている。
「今日も疲れたなーっ」
私はベッドに突っ伏すと、枕に顔を押しつけた。窓から入り込む夕日が眩しい。近くにある公園から小学生ぐらいの子供たちのはしゃぐ声が聞こえ、世間話をするご近所さんの声もちらほらと聞こえてくる。なんだか懐かしいような、思わず微笑んでしまうような夕方が私は好きだ。
「奏人さん……か」
明日も会えるかなといつの間にか思っている自分に気付かずに、私は深い眠りに落ちていった。奏人さんが白馬に乗り、姫になっている私に手を差し出している夢を見て、寝ながら私はぷっと吹き出した。
今回はなんだかほのぼのとした話でしたね。花那と裕美の日常の一部に奏人さん登場!の巻でしたね(笑)想像しながら書くのが楽しかったです。