第三話
並木道を抜けると、学校に着いた。何とか遅刻はしなかったものの、校門に立っている体育の先生に少し睨まれる。私は腕時計を確認すると、息を思いっきり吐き出した。チャイムが鳴る一分前に長針はスラリと数字を指し示している。……ちょっと今回は危なかったな。今度からはもう少し早起きをして家を出ようと決心するものの、校門をくぐり抜けてしばらくすると、私の頭からその決心はすっかり消えてなくなってしまっているのだ。
教室に入ると、もう菜湖と裕美は椅子に座って楽しそうに喋っていた。
菜湖は中学二年からの友達で、それからというものずっと同じクラスだ。見るからに運動部っぽいショートヘアで、バスケ部に入部している。ずいぶんとバスケが上手いらしく、学校内ではちょっとした有名人。
そして裕美はというと、自分の名前の「美」に負けていない黒い長髪の美人さんで、父親が医者のお嬢様。家に噴水があるとか、ないとか。今年になって仲良くなった子だ。毎日男子に告白されていたせいで、男子に対しては冷凍庫のように冷たい目を向ける。でも、そこがドストライクな男子は山ほどいるらしい。
「花那ー!今日も遅刻したのー?」
教室に大音量で響く菜湖の声。クラスメイトの何人かは驚くように振り向いた。
「今日もって……私まだ三回しか遅刻してないんだよ!?」
「それ多いよ、花那」
そう言いながら、菜湖は口を大きく開けて笑う。
「菜湖、うるさいわよ」
裕美はそう言うものの、ふつふつと笑いを堪えている。
私は机に鞄を置くと、お菓子を持ったまま二人の方へ足を進めた。暗黙の了解というやつで、二人は私の目の前で手をヒラヒラとさせる。私は二人の手に一個ずつチョコを乗せた。
「花那、今日何だか嬉しそうな顔してるね」
菜湖が口の中のチョコを噛み砕きながら言う。裕美はその様子を見て、眉間に皺を寄せた。
「え、そうかな」
「うん、だって花那ってすぐ表情に出るもん。中二のときからずっとそう」
「花那、何かあったの?」
裕美も興味があるらしく、好奇心旺盛なまん丸い目をこちらに向けてくる。ま、眩しい……。
ついにぽっきりと折れてしまった私は、奏人さんとの出来事について話した。話している間、二人が妙に静かなのが怖い。話し終わると、私はチョコを口に放り込んだ。
やっと二人が口を開いたかと思うと、同時にとんでもないことを言いのけた。
「「白馬の王子様みたい!!」」
私はチョコを喉に詰まらせ、大きく咳き込んだ。二人はその様子を見て、ニヤニヤと不気味な笑みをこぼす。
「動揺しちゃって~かーわいいっ」
菜湖が私の頭を乱暴に撫でながら言う。
「ど、動揺なんてしてないよ!」
「そうかしら~。白馬の王子様を見た瞬間に、姫は恋に落ちてしまうものよね~」
裕美はのんびりと羨ましそうに言う。大体、あの人は白馬にも乗っていなかったし、私は姫じゃない!何を訳の分からないことを言ってるんだ。
「もういい!話した私が馬鹿だった!もう一生お菓子あげないからね!」
私が頬を膨らませて言うと、自分の席に着いた。後ろの方からはごめんね~やら悪かったやら、謝罪の言葉が聞こえてきた。ちょうどそのとき、先生がガラリという音と共に教室に入ってきて、クラス内は静まり返る。
私が奏人さんのこと好きだって!?そりゃあ痴漢されているところを助けてもらったのは感謝しているけれど……。相手のこと何も知らないままで好きになるわけないじゃない。それに、もう会えないかもしれないんだし……。
私は納得すると、教室の窓から外を見た。木には二匹のスズメが、ゆったりと雲が流れる空の下で仲良く鳴いていた。
友達二人にからかわれちゃってますね、花那(笑)
菜湖と裕美の設定を考えている最中、楽しかったです。