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第二話

バス停に着くと、やはり長蛇の列ができていた。背広姿のおじさんや、OLらしいお姉さん、そして学生……。もう見慣れた人達がだるそうにバスを待っている。中年太りのおじさんは、団扇を取り出して扇ぎ始めた。私は荒い呼吸を繰り返しながら、列の最後尾にすかさず並ぶ。制服が肌に張り付き、どっと汗が噴き出してくる。肩ほどの高さで切り揃えられた髪は、すっかり鶏のとさかができあがっていた。せっかく直してきたというのに。


 手で髪を撫でつけながらバスを待っていると、青い澄んだ色をした長方形の大型バスがしばらくして到着した。プシュ~という、まるで息を一気に吐き出したかのような音と共にドアが開く。人が吸い込まれるようにして、次々とバスに乗り込んでいった。私もその一人。


 いつも通り人で埋め尽くされた車内は、クーラーがついているのにも関わらず、ムワンッとした熱気に包まれていた。当然席に座れるはずもなく、私は立ったまま。乗客との距離が近く、汗ばんだおじさんの後ろ姿がすぐ鼻の先にあった。私は少し移動した。


 バスに揺らされていること数十分して、自分のお尻に誰かの手が当たった。初めは偶然に当たったものだと思い、気にも留めなかったが、その行為が何度も繰り返されてくると、嫌な予感がした。


 その嫌な予感はまんまと的中した。スカートに手が入り込んできたからだ。手が滑るようにしてスカートの内部に侵入し、太ももを撫で始めた。私の背中に、ひんやりとした冷や汗が伝う。これは……非常にまずい。


 私は嫌で嫌で堪らなく、相手に尻アタックをしようとした瞬間


「おい!何してんだ!」


と、大きな罵声が車内に響いた。相手の手がスカートからするりと抜ける。後ろを振り返ると、無精ひげをまばらに生やした、明らかに四十代後半だと思われる男性が立っていた。私の顔を見ると、ビクリと肩が跳ね上がった。さっき私に痴漢をした人、この人に間違いない。


 すると、ヘッドフォンを耳からはずし、首に掛けている黒髪の青年がこの男性の手首を鷲掴み、思いっきりひねった。男性は情けない声を洩らし、その場にうずくまる。


「次のバス停で降りろよ、いいな」


青年はそう言い放つと、その男性は一生懸命首を縦に振り続けた。

 

 次のバス停に着くと、青年は手首を掴んだままバスから半ば引きずり降ろし、男性を置いてバスに再び乗り込んだ。車窓を見やると、男性が一目散に走り去って行く後ろ姿が目に映った。思ったよりずいぶんと小さな背中だった。


「大丈夫?」


サラサラの黒髪を少し整えながら、青年が私に尋ねた。あ、お礼言わなくちゃ。


「はい、大丈夫です!ありがとうございました!」


私がニッコリと微笑むと、青年はほっとした様子で


「そっか」


と言った。高校生だと思われる青年からは、ほのかにチョコレートの匂いがした。


「あ、あの……」


「ん?何?」


「チョコレートって……美味しいですよね!」


ほぇ?私、何言ってるんだ?緊張で思考回路が正常に作動していない私の脳は、ぐるぐるとおかしな方向に回っていた。青年はぷっと吹き出すと


「君、面白い子だね。チョコレートは確かに美味しいけど……何で急に?」


「えっと、あなたからチョコレートの香りがしたからです!」


青年は勢いよく目を大きく見開き、私の顔をじっと見た。まつ毛長いなぁ。青年がゆっくりと口を開き、言った。


「鼻、良いんだね」


「あ、それよく友達に言われるんです。少々皮肉も込めて」


「君、名前は?」


「咲く『花』に、刹那の『那』で花那(かな)です。山川花那(やまかわかな)


青年は少し考えると、わかったというように頷いた。


「僕は宮西奏人(みやにしかなと)。演奏の『奏』に、一般人の『人』。奏人でいいよ」


「あ、はい!……二人とも『かな』って入っていますね」


「あ、そうだね」


二人は顔を見合わせて微笑した。車窓からは風景が流れる様が綺麗に見えた。あと三つ目の停留所で降りなければならないようだ。


「歳は?」


「あっ十六です」


「そっか、僕は十七」


高一には見えない風貌で納得がいく。私より一つ年上だった。ということは、学年も一つ違うわけか。そういえば、奏人さん制服着てないな。


「奏人さんって、その……学生さんですか?」


「あーうん。一応そうだよ」


一応という言葉に引っかかりを覚えたが、はにかむ奏人さんにそれ以上のことは聞かなかった。初対面なので、図々しいと思われるようなことはしたくなかった。


 しばらくすると、バスは私が降りる停留所にゆっくりと減速しながら到着した。私はバスから降り、窓を見やると、ヘッドフォンを装着し、本を読んでいる奏人さんが見えた。すると、奏人さんは本から目を上げ、こちらを見て微笑み、手を遠慮がちに振った。私がお辞儀をし、手を振り返すと、ちょうどバスは発進して、陽光を全面に受け止めながらだんだんと遠ざかり、小さくなっていった。


 チョコレートの香りがする奏人さんは、本当に良い人だった。


 私は学校にスキップをしながら向かった。すれ違う学生は、誰もが私を不審な目でジロリと見ていた。でも、そんなことはお構いなし。学校へ続く並木道を軽やかに進んでいった。


 

素敵な青年が突如として登場しましたね~!いやはや、行動力すごいです、かっこいいです(笑)

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