第一話
ピピピッ……ピピピッ……
延々と鳴り続ける可愛らしい音は、自分がお嫁さんになって幸せな暮らしを送っている夢をまだ見ている私の耳に、まったくと言っていいほど届いていない。階下から私の名前を大声で呼ぶ母親の尖がった声が、ご近所にまで響いている。その大声で、数羽のスズメが一斉に身を震わせて飛び立つ。そんないつも通りの平凡な朝は、スクランブルエッグの匂いで始まるのだった。
「いい加減起きなさい!」
母親に怒鳴られて布団を一気に剥がされた私は、呻きながらまた布団に潜り込もうとして、布団すら無くなったベッドの上で手を空中に彷徨わせている。布団が取られていることに気付くと、母親を睨み付け、何とかベッドの上に正座する。それがいつもの寝起きスタイル。自分でもこれはどうにかしなくてはと思うほどに、高校生にもなって親に起こされないと起きれないという情けないスタイルであった。まぁ時間が解決してくれるだろうと中学一年生の頃に思っていたが、その考え方は高校生になってやや崩れかけている。
さて、正座したのはいいのだが、私は再びうとうとし始める。それを見た母親は私の部屋のドアを全開にして、バターの香りがほのかにするスクランブルエッグの匂いが私の鼻孔に容赦なく入るようにする。すると不思議なことに、半分閉じかけて白目だった私の目がパチリと完全に開き、黒目がひょっこりと姿を現す。そして何も言わずに階段を勢いよく降り始めるのだ。
思ったのだが、不思議なことは何一つとしてなかった。私はただ食いしん坊なだけなのだ。
階段を降りてすぐのところにダイニングがあり、そこで父親と妹が朝食を摂っていた。父親は新聞に夢中で、私のことなんかお構いなしに読みふけっている。それに対して妹はというと、私の顔を見た瞬間ぶっと吹き出して、腹を抱えて爆笑しているではないか。笑ったとき、何か黄色いスクランブルエッグのようなものが妹の口から飛び出たのを私は見逃してなかった。それより人の顔を見て笑うなんて失礼な奴だなと思っていると、妹は苦しそうに腹を抱えて、
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
とニヤニヤしながら話しかけてきた。中学一年になったばかりの妹は何かと忙しく、最近ほとんど話せていなかったので、向こうから話しかけてきたことが少し嬉しかった。
「なに、実南?」
と私が微笑みながら言うと、
「お姉ちゃん……髪型、鶏のとさかみたいになってるよ」
と言い、爆笑しながらテーブルをバンバンと叩いた。本当に失礼な奴だと内心で舌打ちをした。すると、妹に甘くて姉に厳しい父親は新聞紙から顔を上げ、
「花那。そのみっともない髪をどうにかしてきなさい」
と妹の行動については一言も発さず、また新聞を読み始めたではないか。私はため息をつくと、洗面台に行き、鏡を見た。私の頭にはなんと黒いとさかが付いていた。くしで髪をとかすと、簡単にそのとさかは崩れた。正直言ってあっけなかった。
私は朝食やその他諸々のことも済ませ、玄関で靴を履いた。玄関の扉を開くと、陽光が全身に降り注ぎ、私の身体を一瞬白くする。陽光でしょぼついた目をこすりながら、私は外への一歩を踏み出した。
「今日も暑いな……」
と独り言を言った後、バスの時間に間に合うために全力でスカートをひるがえしながらバス停に向かって走り出す。太陽は今日も私を暑苦しく見下ろしている。
花那の寝起きスタイルは、実は私のスタイルと一緒なんです。
いやぁ~恥ずかしい限りです(笑)